第72話 帰宅して 1
次の日の朝にはだいぶ匂いは無くなっていた。いや。匂いになれただけなのかも知れないが。自分のベッドで目覚める朝は最高だ。うん、ポジティブに行こう。
お湯を沸かして、お茶を入れる。
ソファーに身を沈め、開けっ放しの窓から聞こえる町の喧騒に耳を向ける。ゲネブに帰ってきたんだなあとしみじみと感じる。今日は1日のんびり過ごそうか。
昨日は、周りが寝静まる頃に。ズタ袋に入れた鳥を街のゴミ捨て場まで捨てに行った。聞いた話だと集めたゴミもスライムなどに消化させるというが。日本と違ってごみ収集の日が適当なのでしばらくあそこら辺は匂うとか噂が出るかも知れない。
ちょっとだけ罪悪感。
お昼ぐらいまでグダグダしたりして。久しぶりのゲネブでジローを食べることにした。店はあの本格派の店だ。たしか「カネシ」って名前だったな。また来ますって言って何度か行ったが、流石に護衛依頼で随分間を空けてしまったが実際あそこが一番ジローっぽいからな。お気に入りではあるんだ。
「いらっしゃい」
少し時間が早かったからか他の客は居ない。地球と違って食券の自販機等無いので、口頭で注文する。
「普通盛のボアダブル。ヤサイ カラメで」
「ニンニク入れますか?」
「いや、そのままで」
麺をゆでながら、オヤジが聞いてくる。
「久しぶりだな」
「護衛依頼で一ヶ月ちょっと街の外に出ていたんですよ」
「なるほど。それは、ご苦労様」
やがて出てきたジローをすする。ちなみに俺は天地返しをしない派だ。
ジローの上にトッピングされたヤサイは、出来たジローの上にヤサイをたっぷり載せるので、野菜に味がついていない。そのため、食べる前に麺を下から持ち上げ野菜を麺の下に入れることでスープにヤサイを浸す状態にする。麺とヤサイの位置をひっくり返すことから「天地返し」と言われる。他にも醤油ダレがスープによく混じっていないケースが多いため混ぜるためと言う話もあるが。
しかしこの食べ方は近年広まった食べ方で、昔からのジロリアンを気取る俺にはミーハーに見えてしまうのだ。同じロットの客が天地返ししていれば、作業が終わる前には麺をあらかた食べ終わってる。下から食べていけば自然に野菜はスープに沈んでいく。個人的にはナンセンスな食べ方だと思うんだ。
「で、どうだい。少しボアのスープの取り方とか変えてみたんだが」
「旨いっすよ。充分完成された味ですよ」
「ホントにそう思ってるのか?」
「思ってますよ。だからこうして帰ってきて一番に食べに来るんじゃないですか」
「それは嬉しいがよ、でもちょっと無いか? 改良の余地」
ううむ。まあ。いっか。
「んとですね。もしかしたらグルタミン酸があった方がいいかな?って」
「ぐ、ぐるたみんさん?」
ジローってのは化学調味料。つまりグルタミン酸を大量に入れて完成する。そんな化学調味料は恐らくこの世界には無い。サトウキビから作られるって話も有ったけど、そんな植物あるのかも分からないしな。抽出の仕方も分からない。あとはグルタミン酸といえば昆布か。ゲネブは海が近いんだよな。たしか。化学調味料じゃないのであの味を出せるか不安だが。
「昆布ってあるのかな? 海草で厚めで幅広のやつって無いですかね」
「うーん。サラダに入れたりするやつかな?」
「それを乾燥させたのって売ってます?」
「聞いたことねえな」
ううむ、まず昆布の入手から厳しいのかね。だが『あすなろ亭』で細切りの昆布っぽいのが乗ったサラダを食べたような気もする。他の客が入ってきたタイミングで、今日は1日暇なので店主に探してみると言って店を出た。
漁港はゲネブの西門から出てしばらく行くとあるらしく、新鮮な魚介類は割と取れるようだ。その近辺で採れてないか? という目論見だが実はあまり自信はない。イメージとして利尻昆布とか寒い地方で採れる気がするからだ。温暖なゲネブでは望みは薄い。
とりあえず鮮魚店に行ってみる。乾物屋は確かドライフルーツとかしか置いてなかったしな。
「そりゃ、ケルプの事か? その隅に積んである奴はどうだ?」
店の隅の方に何種類かの海草類が売っている。その中でまさに昆布っぽい海草が積んであった。何でも養殖しているらしい。店主に味見したいと言うと少し切って渡された……。
「あ、これっす。これ! でも一本の長いのでは無いですか?」
「長げえのだと売りにくいからな、仕入れてすぐ切っちまうんだ」
「ううむ、まあ良いのかな? じゃあこれください」
思いのほかあっさりと見つかったは良いが、生昆布だ。干さないときっと出汁にはならないよな。そう思い、とりあえずへのベランダに干してみることにする。
家に帰り、昆布をベランダに干すととりあえずやることが無くなったのでギルドに向かう。テレビもスマホも無いようなこの世界じゃ休日の過ごし方が良く分からない。何か趣味でも考えたほうが良いのだろうか。
前回の魔石磨きから結構時間が経ってるため指名が入ってないか聞こうと思ってギルドに向かうのだが、ギルドに行くとリンク達がいた。
「おお。兄ちゃん久しぶりだなあ? Bランクの魔物倒したんだって? すげーな」
「んん? なんでそんなの知ってるんだ?」
「なんかザンギ達が大声で武勇伝話しててさ。兄ちゃんの話もしてたぜ?」
おっふ。ザンギ達は飲んだくれてこんな所に来るとは思わなかったけどな。朝帰りのついでか? まあ、こういうのが宣伝になってランクアップに繋がれば話としては旨いよな。
ふと掲示板を見ると見慣れぬ掲示が貼ってある。
――ギルド内のロッカーは空き待ちとなります。
ん? ロッカー? ……まさか。
「なあ、リンク。このロッカーってなんだ?」
「兄ちゃん1ヶ月居なかったもんな。最近街にロッカーって場所が色んな所に設置されてさ。何でも荷物を入れておけるんだって。宿生活の冒険者多いだろ? 依頼で出かけるときとかに持っていけないもの入れておくんだよ。先週辺りにギルドも2階の使っていない部屋にロッカーの部屋ができたんだよ」
おおう。俺がランゲの爺さんに言ったやつじゃねえか。流石に仕事早えーな。リンク達は自分たちの家があるからそんなの使わないよと言ってたが、この分だと広がりそうだな。あ、そうだ。魔石磨きはどうだろう。いつもの男性職員が居たので並ぶ。
「はい、指名が入っています。護衛依頼でしばらく居ない事をお伝えしたら、帰ってきたら商業ギルドの方に連絡を入れるように言われてます」
「あ、了解です。僕が行ったほうがいいですか?」
「お願いします。別件で商業ギルドから通知があるようですので直接行って貰うのがいいと思います」
「わかりました。所で……ランクアップの方は……」
「はい……ギルド長の認可がまだ下りなくて。申し訳ないのですが」
……まじか。あの腐ったみかんヤローが。今度直接交渉したほうが良いのかな。
商業ギルドに行くと、いつものお姉さんが対応してくれる。
「依頼の受諾ありがとうございます。ランゲ様に伝えておきますね」
「はい、あとなんか通達事項があると聞きましたが」
「通達事項ですか? 少々お待ち下さいね」
お姉さんがファイルを開いて調べている。やがて何かを見つけたようで中で仕事をしている人にファイルを見せて何か伝えていた。話しかけられた職員が、ああ~。と言った感じでコチラを見た。なんだ?
「通達事項はランゲ様の件ですので、明日直接お聞きしたほうが早いと思いますが、どうでしょうか」
「えーと……良くわからないですが、それでいいならそれでお願いします」
帰宅して干してあるケルプの様子を確認してみる。まだ半乾きと言った感じか。でもなんとなく雰囲気は出てきてる感じがする。干しっぱなしで良いのか解らなかったので一度取り込んで部屋に入れる。
ふむ
そういえば、しばらくスキルチェックしていないな……
Bランク相当と言われるホーンドサーペントも倒したんだ。なんか出てないか? そう思いソファーに座り目を閉じる。何気にスキルが増えてきたので新しいのが出てるのか良くわからない。一つ一つ見ていく
……あるじゃないか。<強回復>か。
なんか、自己回復が強くなりそうなやつだな。死ににくさばかり上ってる気がするが。これはこれで嬉しい。MPの回復も早まるのだろうか。
ん? もう1つある……<速視>か。動体視力の事か? いや。元々俺は目は良い感じなんだよな。今まで敵の攻撃が見えなかったことが無い様に思う。地の力が強かったんだろうと思う。だけど、今回弓を撃ちまくってたからな。自分の弓の軌跡を目で追っていたのがきっかけだったりするのだろうか。
それでもだいぶ強くなってきたんじゃないか? 武力的なのがなかなか育ってないが、ちょっと良い気分だ。
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