第55話 巻き込まれて依頼

 家具が揃うとずっと我が家感が増す。だいぶ値引きはしてもらったが中古で2万モルズを越える一品だ。悪いはずが無い。ソファーの革をやさしく撫でながらうっとりと悦に浸っている。


 うん、後は簡単な料理が出来るようにした方が良いかな。でも冒険者家業をしてると作る時間がなかなか取れないかもしれない……とりあえず今は外食メインでいいか。


 考えれば考えるほどウキウキしてしまう。



 帰る家があるって言うのは本当に良いものだ。もちろん同じフロアのお隣さんには焼き菓子を買って挨拶に行った。上と下の階の人はは悩んだが、お隣さんが挨拶されることに結構驚いている感じだったので、そこまでは良いのかなと止めておいた。お隣さんは20歳前後の好青年で、大手商会になると人材もそれなりのが集まるんだろうなと感心する。



 そして俺は少しづつ調理器具を集めたりしながら、毎日の依頼をこなしていった。


 本当はお風呂でも有ればもっと良かったのだが。そこまでの贅沢は言うつもりはない。シャワーを浴びて、サクラに座って窓の外を眺めながらゆっくりくつろぐのが俺の日課となった。


 サクラ? ああ。あのソファーに名前を付けてみたんだ。よりサクラと親密に成れるようにね……うん、ちょっと病んでるね。ハーレムどころかヒロインすら居ないんだもの。





 それから2週間ほどして、依頼の完了数ももうじき30になろうと言うのに、なかなかランクが上がらない。指名もバンバン受けているから評価的には悪いはずはないんだが……明日にでも聞いてみるか。



「そうですね、実績としては十分かと思います。会議の方に上げておきますね」

「おお! よろしくお願いいたします!」


 依頼受付じゃなく質問だけだったので、男性職員の列に並び聞いてみた。おお。期待できる返事が来たじゃないか。


「あれ? ショーゴさんのランクアップは一昨日私が上げておきましたが」


 突然隣の席の青い髪のお姉さんが話に入ってきた。

 おお。もう既に審査開始済みですか。しかも青髪のお姉さま。俺のこと気にしてくれてるんすか!! ……ん? しかし男性職員の表情が微妙だ。


「え? おかしいな。Gランクの昇格の認可は時間のかかるものじゃ無いんですが」


 ん??? どういう事? ……ちょっと嫌な予感がよぎる。



 取り敢えず、調べておいてくれると言うことで、依頼を見に掲示板に戻ろうとした時である。他の受付で大声で怒鳴る冒険者の声が聞こえてきた。


「おいおい、良いじゃねえか。俺ら3人できっちりCランクは有るんだぜ?」

「いやしかし、依頼者からは4人でと依頼が出されていますので」

「だけど、もう出発の日にちだって決まったんだぜ。今更1人足りないって言われてもこっちも困るし、向こうだって困るだろ?」


 おや、何やら揉めてるねえ。他人の揉め事はちょっとウキウキしちゃうぜ。話を聞いていると4人パーティーの依頼を受けた冒険者パーティーのメンバーが直前で1人抜けて依頼主の希望の人数を満たせなくなってしまったらしい。それにしても声のデケえオヤジだ。


「おいザンギ。もう諦めろよ。ひゃっはっは」

「うるせえよ、じゃあおメエが違約金出してくれるんか!?」

「何言ってやがる。お前がちゃんとしねえからラスタが抜けたんだろ?」


 周りで話を聞いていた冒険者もヤジを飛ばす。


「おい誰か明日からの護衛依頼、1人臨時パーティー組まねえか!? 前衛後衛どっちでも良い!」


 突然募集し始めるも誰も手を挙げない。護衛依頼か。そりゃ突然遠くに出かけるんだし、いきなり言われてもなかなか乗れないよな。するとおっさんと一緒に居た20才くらいの若者がこっちを指差す。


「おじさん、あのGランクの子ランクアップしたくて交渉してたよ。外の仕事やってみたいんじゃない?」

「ん?」


 へ??? 俺???


「よし、背に腹は変えられないな。坊主どうだ?護衛依頼のノウハウも教えてやるぞ」

「え? 俺っすか???」


 周りの冒険者達もリアクションに困ってる。実はアジルの件以来ちょっと腫れ物に触るような扱い受けてるんだよな……なんとなくだが。


 対応していた職員が慌てる。


「ちょっと、ザンギさん、彼はGランクですよ!」

「なーに良いじゃねえか。パーティー参加に規定はねえだろ?今の3人でもCランクの貢献度はあるんだ」

「いや、しかしですね……」



「おい、ザンギ。そいつはアジルをやったガキだぜ。大丈夫か?」


 ん? どんどん人が出てくる……俺の都合は??? って……まじか狂犬じゃねえか。


「あ? ロームじゃねえか、久しぶりだな。アジルの話は聞いたが、ホントにこいつか?」


 おいおい、おっさんジロジロ見過ぎだよ。


「どうやったか解らねえがな。ホントらしいぜ」

「まあ、アイツ等危ねえ奴らだったからな、少しは平和になってよかったぜ」


 むう。一応アジルの仲間じゃ無さそうだな。なんか凄い笑顔でこっち見てる。


「それなら尚更戦力になりそうだな。名前は何ていうんだ? 話が聞きたい。取り敢えずちょっとこっちへ来てくれ」

「え、あ、省吾です」


 まあ話だけでも。とザンギさんとやらに近づく。


「ちょっと、ザンギさん」

「こっちは募集要項通り4人で行くんだ、駄目なら違約金はギルドで負担してくれるんだろうな?」

「いや……それは……」


 おーい。職員さん超困ってんじゃん。


「でもCランクの依頼ですよね、Gランクの僕なんかが良いんですか?」

「大丈夫大丈夫、こんな護衛、俺ら3人居れば問題ないから。旅行気分で付いてくるだけだ」

「ていうか、護衛って何処まで行くんですか?」

「おお、言わなかったか? シュワの近くにあるエルフの集落だ」

「エルフの???」

「お~、興味ありそうだな。行ったこと無いのか?」

「はい、初めてです。遠いんですか?」

「いや、そんなでもないぞ、往復で10日も有れば行ってこれるさ」


 10日か、結構かかるな。依頼10個増やせるんじゃね? エルフの集落は凄い気になるがやっぱ無しだな……そんな事を考えているとザンギは紙に何かを書き込んで、職員に渡す。


「よし、臨時パーティーの登録は済んだ、明日の朝鐘がなったら北門集合な」

「え? は??」

「よし、ザック、準備あるから行くぞ」


 そのままザンギさんとザックが脇目も振らず去っていく。


 え?


 はい?


 困って職員さんの方を見る。


「あの……これって決定なんですか? 良いんですか?」

「……仕方ありません。気をつけて行ってください」

「気をつけてって、俺、全然説明受けてないんですが」


 簡単な説明をしてもらう。比較的大手のブライト商会が年に1回エルフの集落に行商を出すという。こっちから売り物を持っていき、帰りにエルフの集落の品物を仕入れるという、昔で言う鋸商いのような物らしい。少し大きめの隊商に成るため商会自体の警護団も居ると言うからかなり大掛かりな感じがする。


 持ち物など聞いてみると、こういった護衛の場合大抵は食事は自前持ちになるという。色々準備しないとな。話を聞いているとちょっとづつワクワクし出す。


「何日か、かかりますが、依頼の実績は1件分なんですか?」

「Cランクの依頼になるから、どうなんでしょう。低ランク依頼よりは実績は確実に多いとは思いますが」



 ううむ。良いか。楽しそうだし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る