第48話 嵐の後の草むしり

 

 ギルドの建物に入るととたんに注目が集まるのを感じる。

 そうか、警備団がギルドに情報取りに行ってたもんな、そりゃ漏れるか……素知らぬ顔をして、いつものように掲示板を眺め始めた。


「この野郎っ、よくも平然とアジルさんの鞄を提げやがって!」


 アジルの仲間か?若めの冒険者が我慢できずに詰め寄ってきた。俺は平静を装ってゆっくりと振り向く。


「これ? ああ……俺を殺そうとして返り討ちにされたバカの持ち物ですよ」

「なっなんだとぉ!」

「ちゃんと確認したんですよ、警備団の人に。死体には所有権は無いから自由にしていいと」

「貴様っ……」

「いや、僕は被害者ですよ? なにか勘違いしていませんか?」

「てめえスパズの癖にっ! お前なんかにアジルさんがやられるはずは……」

「口に気をつけてください。もう一度スパズって言ったら俺は許さないですよ」

「んぐ……」


 こいつ地元ヤンキーの先輩を尊敬してやまない将来不安な子供みたいだなあ。誰か教育してやった方が良いんじゃないか? 俺たちのやり取りでギルド内は完全にシラケきっている。皆がこっちを向いて注視していた。胃が痛いから辞めてほしいんだよな、こういうの。


 目の前の若者がプルプルと震えている。怒り心頭ってやつだな。そろそろ手を出してきそうじゃないか?ほら。


 若者が俺を殴ろうと動いたとき、受付の方から怒声が飛んだ。


「辞めないか!キルド内の揉め事は禁止してるはずだぞ」


 見ると受付から例のギルド長が不機嫌そうな顔でこちらを向いている。

 おう……ギルド長かよ。たまには仕事するんだな。


「おい、そこのスパズ、話を聞くから部屋に来い」


 て……相変わらず腐ってるな。こういう奴ムカついてたまらないんだが。


「すいませんがお断りします」

「なんだとっ!」

「既に今回の騒動は警備団の方で処理済みですので、詳細を聞きたければそちらへどうぞ」


 もう何度も同じ話するのも面倒くさいんだよな。特にこいつはちゃんと聞きそうもない。

 まあ、断って納得する玉では無さそうだが。


「アジル達はCランクの稼ぎ頭のパーティーだったんだ、ギルドで聞く権利はある」

「そもそもあんな問題のある人間を使い続けるギルドに問題が有るんじゃないですかね? 何度も言うように被害者ですよ。俺は」

「そもそもGランクがCランクを殺すなんてことはあり得ないんだよっ」

「そうですか? ランクはギルドでの在籍期間で変わるんですよね? 強さじゃないと思っていましたが」

「んぎぎ」

「じゃあ今日の依頼受けたいんで、良いですかね」


 そう言うとそのまま掲示板の方を向く。向いたが良いが、実は心臓がドキドキして掲示板に集中できない。ドシドシと怒りを感じる足音を立ててギルド長が2階に上がっていくのがわかった。


 うう……もう何でも良いや。俺は適当に草むしりの依頼票を剥がして受付に持っていった。




「兄ちゃん、そんな丁寧に一本一本抜かなくても、鎌でサッと刈り取ってくれれば良いぞ?」

「でも、雑草って根を残すとすぐにまた生えてきちゃうんで、こうやって抜いたほうが後々楽ですよ?」

「そうなのか? いや、それならそれで助かるが、時間かかるぞ?」

「最近ちょっと嫌なことがあったんで、こうやって抜いてると気が紛れるんです。明日も来ますから気にしないでください。あ、報酬は今回の一回分で良いんで」


 東の地区のちょっとグレードの高そうな住宅街の庭で草むしりを続けている。鎌は用意されていたが、草抜き用の道具が無かったのでアジル達のナイフを使っている。子供の頃よく庭の雑草むしりやらされたなあ、なんて思い出を楽しみながらの作業は気晴らしにはちょうどよかった。


 なんだかんだで少しお金にも余裕が出来たというのも有るが。




 お昼はちょっと時間を貰ってジローを食べに行く。先日マンドレイクを採取に行くときに見かけて気になってた新しいジロー屋だ。西の区画のラーメン屋の似つかわしくない場所にあるんだ。それで店名が「カネシ」ジロリアンには無視できない店名だ。


 しかし、この出来栄えには少し驚く。だいぶそれっぽい。そこも豚骨風だったので恐らくボアを使ってスープを取っているのだろう。きっとジローは通常は豚骨……いやボア骨というのか? ただやはりこの世界に醤油は無いのかもしれない。ベースの醤油ダレの部分に魚醤を使っているのか少し癖が強い。他の客が居なかったのでちょっと店長に聞いてみると、やはり魚醤の様だ。


「俺はなあ、ジローが好きで好きで堪らなくてな、過去の勇者が残した資料を集めまくって再現したのがこのジローだ。皆燃やされちまってなかなか資料がねえんだよ、だから相当苦労した一品なんだぜ。どうだ、旨いだろ」

「たしかに何件か回ったけど一番ジローっぽいですね」

「ん? 一番ジローっぽいとはどういうこった?」


 げっ。口が滑ったか。


「あ、いや、僕のイメージしてたジローに一番近いって感じで」

「……そう言えばお前も勇者と同じ黒目黒髪だな……なにか知ってるのか?」

「な、何にも知らないっすよ。黒目黒髪も偶然ですから」

「なあ、頼むよっ。何か知ってるんだろ?」

「ま、また来ますからっ。僕仕事に戻らなくちゃいけないんです。また来ますから」


 そう言うとお金を渡して逃げるように店から出た。

 でもちょっぴり揺らぐ、もっと旨いジローが食えたらって願望は永遠なんだ。




 雑草むしりの仕事に戻ると、再びチマチマと雑草を抜いていく。3時くらいになるとそろそろ今日は終わりにしなと言われる。


「それじゃ明日も鐘がなった後くらいに来ますから」


 そう言うと、家主に明日の分は別で払うから完了書をよこせと言われる。しかし自分でやりたくてやってるからと断るが、向こうもそれはマズイと譲らない。折衷案として、今日の半額の依頼料で指名依頼にしてくれるようにと言ってみた。実は庭が広いので明日で終わるか怪しいとも話し。指名依頼でギルドの仲介手数料が減って実入りが増えるから十分だと言うとようやく納得して貰った。


 完了書を持ってギルドに向かった。



 ギルドに戻るとなにやらゴブリン討伐に行った冒険者たちが帰ってきたところらしく、ザワザワと群がっていた。集団の真ん中でスキンヘッドがさも大手柄のように討伐の話をしている。上位種が居たんだ、それを俺がバッサリ。なんて感じだ。ちょうど良かった。俺はこっそりと受付で手続きをしてもらい、そのまま商業ギルドに向かった。



 商業ギルドでマンドレイクの買取をお願いする。受付の女性はマンドレイクの本を貸してくれた人だった。冒険者ギルドと比べて対応相手が荒っぽい人間が少ないんだろう。商業ギルドの受付の雰囲気は少し柔らかくて助かる。


「しかし、よく見つけましたね、困っていましたので本当に助かります。それも3本も。鑑定に回しますので少々お待ち下さいね」


 鑑定を待つ間にロビーのソファーに身を沈める。ああ……これは良いな。具合いい。今日は結構疲れているからな……うん……目を閉じると……やばい……



 zzz



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