第40話 次の宿問題

「おう、兄ちゃん頑張ったなあ、名前は何ていうんだ?」

「あざーす! 省吾って言います。ご指名いただければ優先して来ますよ」

「ほんとか? こういう依頼で指名依頼なんて出来るのか?出来るならやってやるけど」

「出来ますよ。宜しくお願いします」


 おしおし、低ランクでの指名はみんな念頭に無いんだろうな。魔石磨きのお爺さんのように依頼完了書に「明日は指名依頼で」と記載してもらう。これはいい感じに収入アップを見込めそうな気がしてきたぜ。


「いやあ、始めはスパズが来たって言うからちょっと不安だったんだがな、蓋を開けてみれば他の連中の倍の収穫量だろ? 大したもんだ」

「スパズとか辞めてくださいよ~、あんなの都市伝説ですから。魔法の得意属性が無いってだけの話でしょ? 俺はバリバリやっちゃいますからね」


 ボストンさんは、恰幅のいいウェスタンなおっさんだった。まさに農場主の名に恥じない見た目で、怒らせるとラリアットとかやられそうだ。俺の仕事っぷりに感心して昼飯をおごってくれると言う。


 トゥルが目を丸くして見てるので、軽くウィンクして昼飯を奢ってもらいに行った。




 ギルドは昼をちょっと過ぎた時間で緩やかタイムだった。受付は女性が2人。水色の髪のあの子と、もう1人ははじめて見た気がする。栗毛のほんわかした感じの子だった。むむむ……どっちも捨てがたい。ここは並んでる人数で……水色3の栗毛4。水色だ!


 しかし、すぐ順番が来ると思っていたが、こちらの列は依頼完了のドロップ品の査定などの受付をしたりして進みが遅い。前の冒険者の受付が長引いている間に隣の列は全て捌けていた。


「もしよろしかったら、こちらにどうぞ」


 そう声を掛けられたら断る道理も無い。笑顔で返事をして完了書を提出した。


「明日の指名依頼も受けたので、ついでに明日の分も受付してもらっていいですか?」

「指名ですか?」


 ちょっと驚いたように手元のファイルに目を通す。


「ショーゴさんすごいですね、先日も指名を受けたんですね」

「え? 僕の名前知ってるんですか?」

「あ、ここに書いてあるので……」

「あ……」


 冒険者1人1人のファイルを指差される。

 ちょっと恥ずかしいフライングをしてしまった。しかし栗毛の少女は気にする素振りも見せずにニコニコと対応してくれるのでなんか癒される。



「ホントにすごいですよ。スパズなのに頑張っているなんて」


 ん?


「それでは受付も完了しましたので明日も頑張ってくださいね」

「お、おう」


 ……あれ? いやまあ……罪悪感ない感じなのか?

 ま、まあ、若い世代は言葉の意味も解らず使ってるに違いない。可愛いから許しちゃう。




 次の日も西門に行くとトゥルが紙の札を持って立っていた。


「おはようさん、トゥルは長くこの仕事やってるのか?」

「ああ、夏の間はボストンさんの所で大体やってるよ」

「そっか、俺も芋ほりあるうちは毎日来ようかな。ていうかおはようって言われたら、おはようって返そうぜ。」

「あ、ああ、おはよう」


 その後昨日と同じように農場に行き、芋ほり作業を始めた。何となくトゥルが昨日より頑張っている気がする。やっぱ前例を見せると違うんだろうな。仕事が終わった後に再び指名依頼をしてもらった。


「やっぱショーゴの頑張りに感化されたんかな? トゥルも今日はいつもより頑張ってたな」

「そりゃ目標があると違いますよ、頑張って指名依頼もらえればそれだけ実入りが良いですからね、どうです? トゥルも指名依頼したら」

「何? 指名すると報酬高くなるのか?」

「依頼主の払う額は変わらないですよ、冒険者が個人で仕事を取ってきたと見られるから、ギルドが差し引く仲介手数料が減るだけなんです」

「そうか、なるほどな。確かにやる気のあるやつは指名依頼した方が依頼受ける冒険者も増えるってわけか。いいぞ。トゥル! 完了書もってこい、明日は指名してやる」


 声を掛けられてトゥルは目を輝かせて嬉しそうな顔をしている。特にこいつはこの農園に入り浸ってるみたいだからかなり違うだろうな。


 あと2日程で芋は終わるらしい。その後は再び耕して違う作物の作付けを始めるらしくそっちの方は他の依頼の兼ね合いで決めるか。




 何だかんだで芋掘りの4日間はあっという間だ。トゥルも指名依頼を継続してもらえているようで、前より大分俺に気を許してくれるようになったと思う。最後の日には一緒に昼飯にも行った。


「そう言えば、冒険者ってほとんど宿に住んでいるもんなのか?」

「そこら辺は人それぞれだね、部屋を借りてたほうが安上がりだから、僕はそうしているけど。しょっちゅう遠出する人なら宿の方が安いのかもね」

「なるほどね、やっぱり借りようかな。そう言うのどこで聞けばあるん?」

「僕は冒険者ギルドの物件借りてるからギルドで聞いたけど。普通は家屋商にでも聞くのかな?」

「え? ギルドで部屋貸してくれるの?」

「あ、でもそれEランクス以上にならないとギルドは貸してくれないから、ショーゴはまだ無理だよ?」

「へ?? トゥルEランクなの?」


 意外なことにトゥルはDランクだった。なぜ外の仕事に出ない? と聞くと「合わないから」と言う。ひたすら毎日低ランクの依頼を続けているうちに勝手にランクは上がったと……もったいなさ過ぎる。俺だったらすぐに魔物の討伐依頼とか受けるけどなあ。


 それから、安宿も何件か教わった。Gランクだと身元保証が弱いから貸部屋は難しいかもしれないと言う理由だ。朝食付きの安い宿があれば良いのだが。




 ギルドで報酬を受け取ると、ひとまずホテルに戻り入浴を済ます。依頼には午後の仕事も有ったが、居酒屋のフロアの手伝いなど夜遅くまでになりそうなのが多い。あまり目ぼしいのも見つけられず、あとホテルで二泊しか出来ないことを考えて依頼を受けるのを辞めておいた。


 少しぶらぶらと街を歩いて見ようと思ったのだ。


 まずは鳥避けを仕掛けたホテルに行きフロントで鳥避けの調子を聞いてみる。笑顔の支配人が出てきて今のところ満足行く結果になっているようで安心した。ついでに宿泊料金を聞いてみたが、一番安い部屋でも1000モルズ弱はするようで、次の宿泊先候補にはならないな。


 しっかし広いな、こんな立派でデカイ壁で囲まれているけど、千葉にある夢の国くらいあるんじゃないかな。これで二番目の都市っていうから、王都はもっとデカイのか……でも中世の町並みを歩く感じでウォーキングを趣味にしていた俺にはとても楽しい。


 特に襲われる女性にも会う事は出来ず。イベントが発生しなかったなあ。なんて思いながら新しく見つけたジロー屋で夕飯を食べてホテルに帰った。ちょっとこのお店はイマイチだな。




 ホテルに戻ると再び風呂に入り。さっぱりとしたところで寝る前に久々に剣を抜いてみた。


 何となく戦闘から遠ざかって魔力斬とかの感覚が薄まるのが怖かったんだ。剣を構え、ゆっくりと魔力を逃さないように流していく。うん、悪くない悪くない。そのまま少しづつ魔力を補充しながら維持を続けていく。


 子供の頃、幼馴染で禅宗の寺の息子が居たんだ。そいつに付き合ってよく座禅会とかに参加したことがあったんだが。剣を正眼に構えこうやって気持ちを集中していると、あの時の座禅をしていたときのような瞑想に入る感覚に似ているように思う。近所の老人たちとやっていた太極拳に站樁功と言うのがあり、それを立禅と言うのがあったが、何となくそんな感じなのだろう。気持ちが良くてそのまま一時間以上構えたままで立っていた。


 気が付くと剣を構えたままうつらうつらと眠気に襲われだしたので、そのまま剣を終い眠りに着いた。


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