第32話 初めての依頼
冒険者登録を済ませ、気を取り直し掲示板を見る。なんとなく周りの視線を感じるが無視だな無視! だ。受付に近い方はかなりランクの高めの冒険者向きの依頼のようだった。なんかすごそうな討伐依頼等が並んでいる。どうやら入口側の方が低ランクの依頼が並んでいるようだ。
Gランクは一番隅にあるこの掲示板か? しかしこの低ランク用の掲示板は他の掲示板より明らかに依頼が多い気がする。みっちりと依頼票が重なるように張り出されていた。掲示板の前に依頼を選んでいる若者が居たので話しかけてみた。
「やあ、今日冒険者登録したばかりの省吾っていうんだ。よろしくな」
突然声をかけられて一瞬驚いたような顔をするが、話しかけたのが俺だと知ると少し表情を緩める。先程の騒ぎで俺がスパズだということを見てたんだろう。ちょっとオドオドとした口調で気弱感をにじませながらちょっと強気な対応をしてきた。
「あ、ああ。スパズなんだって? 君」
うわあ、なんか小物っぽいのにスパズって言われるとちょっとムカッっとするな。
俺は余裕を崩したくないので、一瞬帽子を取ってみせた。
「ああ、まあスパズって言い方は好きじゃないがな。黒目黒髪でダブルブラックとでも言ってくれれば良いんだが」
「そんな言い方聞いたこと無いよ」
会話はこうやって強気にイニシアチブを取っていかないとな。
「今作った言葉だからな。登録したばかりでGランクらしいんだけど、Gランクはここからしか選べないのか?」
「うん、ランクの上の人達はこんな実入りが少ない下働きみたいな仕事しようとしないから、去年くらいからFとGは、ここからしか選べなくなったんだ」
「うーん、まあ最初はしょうがないか。それにしても溜まってるなあ。みんなどんどんランク上がっちゃうとここは卒業しちゃんだろうな」
「それもあるけど、やっぱり去年ギルド長が変わってから新人が入りにくいシステムになってね、スラムの子どもたちが冒険者に登録しにくくなってGFランクの人数が足りてないんだよ」
「なるほどなあ、保証金だろ? 俺も全財産持ってかれたからな。あれはひでえよな」
掲示板を見ているとかなり依頼の提出日が古いのがある。これなんて半年近く前のだぞ? ギルドにクレームとか来ねえのかな。しかも畑の肥料の運搬とかどう見ても今更行っても怒られるだけじゃね?
ううむ……優柔不断の俺にはこの選択肢の多さはちょっと拷問だな。農家関連は城壁の外に出るっぽいからなぁ、まずは中でやるものを選ぶか……ふむ。窓拭きか。窓をピッカピカに仕上げるのは嫌いじゃないぜ。報酬も1500モルズか、掲示されてる中では断トツで報酬が高い。悪くないかも。
そして窓拭きの依頼書を剥がし、受付に持っていくことにした。うーん……あのお姉ちゃんはちょっと避けて、列の少ない男性の所に並ぶか。
「これ受けたいんだけど良いですか?」
「はい、確認しますね」
依頼票を渡すと、受付の男性は淡々と業務をこなしていく。
「依頼を受け付けました。これが初めてですね? 依頼は途中で投げ出したりして不達成になると場合によっては違約金が発生することがあります。ご了承ください」
「了解です。GからFになるのってどのくらい依頼をこなせば上がれますか?」
「そうですね、仕事の内容も査定対象になりますが、20~30くらいが普通でしょうか」
「なるほど、ちょっと先が長いですね。でもがんばりますよ」
「はい、冒険者の仕事がギルドの評判にも繋がりますのでよろしくおねがいします」
うん、なかなか普通の対応をしてもらえたな。
そうして初めての依頼を受けることになった。
依頼された場所はメイン通りから一本東の通りにあるホテルだった。ぬ……石造りの4階建……てか、ちょっと嫌な予感がしないわけではない。報酬良いしなあ。
正面の入り口から入ると直ぐに受付カウンターがあったので、ギルド証を見せながら窓拭きの依頼を受けたことを告げる。受付の女性は少々お待ち下さいと奥の事務所に伝えに行った。しばらくするとダンディな50歳くらいのおっさんが出てくる。
「支配人のリッツです。やっと来てくれましたか、もう一ヶ月前に出した依頼ですよ?」
「そうみたいですね、僕今日冒険者登録したばかりで良くわからないのですが……」
「ふう……今のギルドだとそれでも受けてくれたことに感謝するべきなのかもしれませんね」
出てきたおじさんは始め少しだけ不満そうな感じだったが、それでも引き受けてくれたことに謝意を見せてくれる。
窓は、依頼を引き受ける冒険者がなかなか来なかった為、内側の窓と1階の外側の簡単にできる所に関してはホテルの従業員の方でやってしまったということで外側の方をお願いしますと言われた。
……やはり外側か。建物の屋上に鳩がよく止まっているので糞などが窓に付いたりしてしまうようだ。外から見た感じだと窓のさんもそこまでちゃんとある感じじゃ無かったぞ?
今宿泊中のお客さんは寝ているかもしれないので、その部屋の窓は明日にお願いしたいと言う。今日宿泊に来るお客には窓拭きをしている事を伝えるので大丈夫だとも。
うわあ。2日構成になるのか……報酬の旨みが半減だな。
いや、そういう話より、どうやって4階の窓をやるんだ?
とりあえず見せてもらうと、窓はこの世界じゃ定番なのか上げ下げ式の窓だった。確かに上げて外側を拭こうとすると稼働する方の窓しか拭けない。やはり外に出ないと駄目なのか。とりあえず4階の開いてる部屋で見てみたが落下防止のロープを掛けるところなど見当たらない。屋上に行けるか聞いてみると、4階のリネン室から上がれると言われ登ってみた。
リネン室の壁際についていた梯子を上ると屋根裏部屋みたいな空間に出る。普段殆ど出入りが無いのか実に埃っぽい。そこからメンテナンス用だと思われる屋根に出れる入り口のような物があった。そのドアというより蓋を開けると一斉に鳩が飛んでいく。
パタパタパタパタッ
こいつらか。
屋根を端のほうまで行ってみる。屋根の四方の辺縁は少し高くなっておりその近辺に糞が多い。屋根自体にそこまで糞があるわけではないので鳩は辺縁に止まってるのだろうか。
見ると屋上の四隅に飾りっぽく少し石柱のように高くなっている。ここにロープを張れば命綱作れるかも。再び4階のリネン室まで降りると支配人のおじさんが待っていた。
「いつもはどうやって窓を拭いているんですか?」
「鳩が来はじめたのはここ2~3年ですので、それまではあまり気にならなかったのですが、鳩の糞でちょっとお客さんから汚いと言われましてね、一度建築ギルドのほうにお願いしたんです。その時は足場を組んで大掛かりにやってもらったのですが、かなりお金がかかってしまい、それなのに一年ほどでまた汚れてしまって、それでは冒険者ならと」
むう……冒険者なんて素人だろが。低料金で出せば簡単に出来ると思ったんだろうな。幸いなことに両隣は建物があるから拭いていくのが正面部分だけというのは助かるが……。
「ロープとかはあるんですか? あと、窓を拭くバケツとか雑巾とかは」
「バケツと雑巾はありますが、ロープは用意して無いです」
ロープは自分で用意しないと駄目か。まああれば他にも使えるだろうから必要経費だな。
支配人にロープを売っている店を聞くと、言われた雑貨屋に行ってみることにした。
そして……ロープはかなりの長さをご購入。滑車あったら楽だなあと思って聞いたんだけど違う店を紹介されて、またご購入。700モルズくらい使っちまったかも。儲け薄いっすなあ。まあ、ロープなら他にも出番がありそうだから気にしなようにしよう。
ホテルに戻ると、早速屋上に上る。掃除する側の両端にある石柱をロープで結ぶ。間に滑車を入れてそこにロープをくくりつけて垂らせば……おおお、いい感じではないか。まずは切れてもダメージ少ないように2階からやるか。
ロープを2階まで垂らすと、一旦下に降り、空いてる部屋の窓から外に出る。どんぴしゃで目の前にロープ。輪っこを作り腕を通しちょっと引っ張ってみるが良さそうだ。気をよくしてロープにバケツをくくりつけ窓拭きを始めた。滑車のすべりが微妙だったかがそのまま隣の窓、隣の窓とやっていく。命綱1本で安心感がぜんぜん違うのな。
宿泊者のいる部屋まで来ると、一旦戻り、屋上で再びロープの位置をずらして、また2階へ。ちょっと無駄が多いな。
2階が終わると、一旦支配人の所に行った。
「窓拭きに関しては目処が立ったんですが、登ったり降りたりちょっと大変なので3階と4階は明日一気にやってしまっていいですか?」
「かまいませんよ、見ていましたがちゃんとできそうですね、安心しました」
「上の階は足がすくんじゃうかもしれませんけどね、3時間位あれば終わりそうです。それでは明日何時くらいからがいいですか?」
宿泊者が寝てるかもしれないので、明日は昼過ぎくらいからお願いしたいと言われる。そう言えば腹減ったなあ。屋台とかよく異世界物に出てくるけどあるかなあ。肉系の。これだけ整備された街だと、屋台とか禁止されたりしそうな気もするが。
ちょっと西側の方を散歩しながら食事をしようかなと歩き出した。
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