第29話 ゲネブの街へ


 そんなのどかな日を何日かすごし、ようやく俺の手甲が完成し、いよいよゲネブの街に向かう日になった。


 朝から旅の支度をしている。


 フォレストウルフの氷漬けは、1匹1匹毛布のようなものに包んでエリシアさんのマジックバッグに入れていく。


 ……ん? この毛布?


 しげしげと見つめていると気が付いたエリシアさんが苦笑いしながら話しかけてくる。


「大丈夫よ、ショーゴさんの使っていた布団と同じ生地だけど、こういうのに使ったあとじゃないから」

「ははは……左様ですか」


 それにしてもやっぱマジックバッグの収納力はすさまじいな、10匹以上いたフォレストウルフの肉が全部入った。全部入れ終わるとバッグの中に手を入れて氷魔法でバッグの中を冷やしていた。たまにこれをやれば向こうに着くまで溶けちゃうことは無いらしい。



 短い間だったけど離れるとなるとちょっと寂しい。


 普通旅すると、3日かかる行程らしいが、今回は間に一泊だけ野営して2日で到着させるという。そういうことは……嫌な<直感>が発動する。



「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……」

「お兄ちゃん頑張って! もうちょっとしたらお昼休憩だからっ!」


 こうなるわな。<根性>まで発動しちゃうんだぜ? やべえよ。


 全然人通りが無いのかとも思っていたが街道を走っていると、ポツポツと行商人の集団をみかけたりする。そこにすごい勢いで走っていくものだから、護衛の冒険者が顔色を変え警戒させてしまう。その度にエリシアさんが訓練中だと説明して驚かせたことを謝っていた。



 街道には何箇所か休憩所のようなものが作られていて。といっても簡単な東屋だったり井戸があるだけだが。そんな東屋でお昼を食べていると街の方角から地響きのような音が聞こえてきた。


 ドドドドドドドドドド


 ダチョウのようなでかい鳥に乗った男の人がすごい速さでやってきて、そのまま通り過ぎて行く。ハヤトが嬉しそうに手を振っていると、通り過ぎる時に鳥に乗っていたイケメンのお兄さんが揃えた2本指でこめかみの辺りにあてて、「よっ」って感じに挨拶を返してきた。ベ○ータがやるようなキザなアレだ。様になってて羨ましい……そしてドップラー効果で音の変わった地響きがしばらく続いていた。


「な……なんだあれ?」

「あれはメール屋だ。街から街へ手紙を届けているんだ。ゲネブから村まで1日で走りきるんだぞ」

「なるほどなあ。手紙はそういうシステムになってるのか」


 やはり、外へ出れば色んな物を見れる。街での生活が段々楽しみになってくる。



 日が傾き始めた頃、ようやく野営の準備を始める。

 裕也一家のテントの横で、ハヤトに手伝ってもらいながら小さい一人用のテントを設営している。設営の終わった裕也はキャンプファイヤーの用意をしてた。ヤバイ、熱いぜ!


「これだけ街道が完璧だと護衛とかの仕事は楽そうだな」

「いや、そうでもないぞ。魔物が出なくても山賊、盗賊は出るからな」

「あら、そう言えばそうだな。まあ今回の旅は平和でいい」

「今日は、一組くらいだったからな。様子見て消えてったが」


 平然と恐ろしいことをのたまう。


「え!? いたんか? 盗賊?」

「前にエリシアと散々蹴散らしたような連中かもしれないし、俺たちの走るスピード的にあきらめたのかもしれないが。襲われなければ問題ない」

「大丈夫なのか? こんな所で野営して」

「大丈夫だろ、俺とエリシアで交互に夜番するから」


 そうか、、でもこれから俺も冒険者やるなら甘えてばかりじゃ駄目だよな。


「い、いや、それなら俺もやるぞ。<直感>覚えたから少しは出来ると思う」

「大丈夫か? エリシアどう思う?」

「じゃあ、一番初めの番をやってもらうかしら」


 順番を決める話になると、ハヤトも乗ってきた。


「お母さん僕、お兄ちゃんと一緒に番していい?」

「そうね、そろそろハヤトも夜番をやってもいい頃かしら、じゃあ、ショーゴさんとハヤトは一緒に番をする感じでいい?」

「そうだな、省吾頼むぞ」


 そうして、初めて夜の見張り番をやる事になった。こういうのも異世界物じゃ定番だからな、なんだかウキウキするわ。ハヤトが「僕は<気配察知>あるからね、安心して」と言うとエリシアさんに、人や魔物の気配に関しては<気配察知>の方が良いかもしれなけど、<直感>は察知の出来ないものまで感じられるスキルだから別に下位スキルじゃないのよとたしなめられていた。


 ちょっと<直感>を劣化察知と思ってただけにちょっと嬉しい話だ。ちなみに巷では<直感>は統合スキル的な見方をする人も多いスグレモノでオーブなんかはまず出回らない人気スキルらしい。


 いい感じじゃないか。


 裕也とエリシアさんが寝静まった夜中。ハヤトと2人で夜番をしている。少し小さくなってきたキャンプファイヤーの火を見ながら、俺はなんとなく気になっていた事をハヤトに聞いてみた。


「こないだの子爵が言ってた王立学院の話って、ハヤト的にはどうなんだ?」

「行きたいと思ってるよ」

「お、意外と即答だったな。家から離れて一人で生活するようになるんだろ?」

「そこは寂しいけどさ、それでも皆同い年で、同じように色んなところから来ているんだもん、先生のところにいるロス君も来年受験するっていってたし、大丈夫だよ」

「まあ親としても、子供の将来とか考えるもんな、国で一番の学校なんだろ? 行かせたいんだと思うよ」


 ハヤトはキャンプファイヤーに新しい木を追加しながら、何かを思案していた。

 少しの間、2人でぼーっと火を見ていたが、やがてポツポツとハヤトが語りだした。


「ロス君が言っていたんだけど、王立学院で頑張ると、けっこう国のえらい仕事とかに就けるんだって。うちさ、お父ちゃんが黒目黒髪で色々苦労しているでしょ? だからさ、国の仕事をするようになってもっとお父ちゃんが村のみんなとかと楽しくすごせる様に出来たら良いなって思ってるんだ」

「ハヤト、お前……。」

「お父ちゃんには言っちゃ駄目だよ、お父ちゃん頑固だからそんな話したら、子供が余計なこと考えるんじゃない。って絶対言うから」

「ははは、違いない」


 この世界の子供は、日本の子供たちと比べてだいぶ大人なのかもしれない。それにしても裕也はいい子に恵まれたな。


 しばらくして夜番の時間も終わり、ハヤトが裕也を起こすとそのままテントに入っていく。テントから出てきた裕也におやすみと声を掛けて俺も寝ることにした。


 その後もう一度夜番で起こされたが、何事も無く無事に朝を迎える。



 朝食を取ると、テントを撤収して早速街に向かう。ひたすら走るのだが。お昼くらい前から少し楽になってきた気がした。裕也に言うと<俊敏>がついてると言われた。念願のスタミナじゃなかったがこれはこれで嬉しい。言ってみれば今までと同じペースだと少し余力を余らせて走ってる感じになるから、スタミナの消耗も少なくなる。なるほどスタミナだけが全てじゃないのな。


 のだが。


「じゃあ、少しペース上げられるな」


 鬼が居た。裕也という名の。



 ペースアップした甲斐があったのか、少しづつ日が角度を感じさせる頃、前のほうに門が見えてきた、門から左右に石の壁が延びている。石壁はかなり先まで続いているようで終わりが見えない。そのまま走っていくと中から数人の兵士が出てきて停まれと合図をする。


「どうした? 盗賊でも出たか?」


 兵士たち街道をずっと走り続けていた俺たちを見て聞いてきた。確かに普通じゃないもんな。


「いやなに、こいつにスタミナ上昇するスキルを付けたくてな必死に走ってみてるんだ」

「ふむ……身分を証明する物はあるか?」


 言われると裕也が鍛冶師ギルドのカードを見せた。すると兵士たちは慌てた様に態度を改めてきた。


「ユーヤ殿でしたか。子爵様から丁重にお通しするようにと申し付かっております。ようこそ、ゲネブに」


 そういうと、道を開け門の中へと通された。この先は民家も人通りもあるので出来れば歩いて貰えないかと言われ、裕也はそれを了承して今度はゆっくりと街道を歩き出した。


 歩きながら裕也が色々説明してくれる。ゲネブは国内でもかなり大きい龍脈溜まりの上に作られた城塞都市だ。今では人口も増え大きくなりすぎてしまったため、食を支える農地などは城壁の外にこうして作られていると。そして少しでも魔物の被害を避けるために都市の周囲の土地をぐるっと石壁で囲っていると。街道の龍脈沿いはそれでも魔物が少ないため石壁は円じゃなく街道に沿って伸びてたりと歪にはなっているようだ。


 街道に沿ってちらほらと民家も散見され中には商店らしきものまである。

 話のような人口密度の多い過密都市なら外に居を求める人も出てくるんだろうな。



 やがて街道の先の方に巨大な城塞都市が見えてきた。ゲネブだ。


「おおお、すげえ」


 ゲネブは王都に次ぐ大都市。流石に規模がやばい。街の周りには10メートルはゆうに超すバカでかい城壁に囲まれている。その城壁の壁も緻密に丁寧に作られており遠目からもその美しさを感じられる。街の正門は、石積みの城壁の中に組み込まれたアーチ状のバカでかい扉だった。扉は半分開いている状態で、入り口に少し列ができていた。


「裕也!」

「なんだ?」

「俺、今すげえ異世界感感じてるぜ」

「おう、せっかくの転生なんだ、楽しめよ」


 そして俺たちはゲネブの街に入っていった。

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