第16話 酒場での邂逅

 宿に戻ると、入り口に立て看板が出ていた。


『本日貸し切りのため、浴場、食堂の利用が出来ません。』



「俺らも風呂入れないのかな?」

「流石に宿泊客はいいんじゃね?」


 受付で聞いてみると、宿泊客の入浴に関しては騎士団の方も了承していると言うので食事前に入ってしまう事にした。


 今日もハヤトが付いてきて、3人で湯船に浸かっている。


「女湯の方にも絵はあるのか?」

「ああ……三保の松原だ」

「……本気度が怖いぜ」


 しばしの入浴を堪能し、ハヤトが茹だってきたので風呂から上がった。

 脱衣所で服を着ていると、2人の騎士が入って来る。


「おお。スパズの親子か??? めずらしいな!」

 ……まあ体の年齢差から言えば親子に見られてもおかしくないわけで。

 それでも初対面の人間に突然蔑称で話しかけられるのはいい気分がしないわけで。


 流石に慣れたもので裕也は平然とその騎士に笑みを向ける。


「おい、やめろ」

 すぐに連れの男が制してくれる。何ていうかスゲーイケメン。


「仲間が失礼した」

「いえ、気にしておりませんよ。それではお先に失礼します」


 裕也もダンディーな対応でその場を後にする。

 街に行ったらこんなのばっかなんだろうな……。

 今から憂鬱だぜ。



 風呂から上ると、宿の受付のホールで待ち合わせ先日も行った酒場に向かう。

 店はちょうど夜の営業が始まったばかりのようで、用意をするスキンヘッドの店長がいた。子供たちも居るから食事メインだというと、昼間営業の仕込みの残りがあるから定食でも全然大丈夫だぞと言われる。


 エリシアさんとハヤトは肉を煮込んだシチューの様なものを頼む。俺も同じのにしようとしたが、二人前しかないと言われ、謎魚のムニエルを頼んでみる。そういえばこの世界で魚料理を食べるのは始めてだ。近くに海があったから当然といえば当然か。


「そういえば、ハヤトは何の勉強をしてるんだ?」

「んとね、魔法の勉強。」

「ん? 魔法はスクロールで覚えるんじゃないのか?」

「んと、そういう魔法じゃなくて、魔方陣とか書く魔法なの」


 この世の中には魔法言語学というのがあるらしい。元々はスクロールに書かれている魔方陣の研究から始まった学問で、それを解析していく事で魔法言語を解読し、それを様々なことに応用しているとの事。今の時代の魔道具などはこの魔法言語を使った魔方陣と魔石や魔導石の組み合わせでシステムが構築されているらしい。

 ただ、魔法を人に覚えさすスクロールの再現は未だ出来ず多くの研究者が研究を重ねているとのことだ。


 何となく教会とかもいい顔しなそうだよなあ……。


 気が付くと店は一杯になっており、先日も見たようなドワーフたちもご機嫌でエールを飲み干している。裕也がエリシアさんにもう一杯だけ!もう一杯だけ!とおねだりしている姿がみっともない。



 そのとき、扉が開き1人の貴族風の男が店に入ってきた。そして直ぐに後ろから2人の護衛らしき男が従って店の中に入ってくる。男は栗色の髪を後ろで束ね、書生風の見るからに高そうな服を身に着けており、一見して貴族だと感じさせる風貌だった。


 気が付いた裕也が渋い顔になる。


 貴族の男が店内を見渡し、こちらの席を見るとにっこりと笑い近づいてきた。


「この村に来る途中に君の家に寄ったんだがね。留守とは残念だったが。ここで会えたのは僥倖だね。お初にお目にかかる。オーティス・ピケだ」


 そういうと、隣のテーブルから椅子を一脚引き寄せ、こちらを向けてるとそこに座った。

 店内はしーんと静まり返り、固唾を飲んでいる。

 貴族の男は、周りを見渡すと再び声を発した。


「すまんが大事な話があってな。今日の支払いはピケ家が支払う。皆席をはずしてくれないか?」


 そう言われると皆あたふたと、席を立ち店から出て行く。

 あのドワーフの爺(?)までも何も言わずに席を立った。

 やっぱりこの世界の貴族の権威はすごそうだな。



「俺に用というと、剣を打てということですか?」

「そう。そうだね。まさにその用事で探した。君をね。領内どころか国内でも最高の鍛冶師と聞いているよ。以前公爵に君の作品を見せてもらったことがあるが、素晴らしい仕事をするじゃないか……ああ。マスター私にもエールを」


 マスターはエールをテーブルに運ぶと「ごゆっくりなさってください。何かありましたら奥に居ますので声をかけてください」そう言って店の奥に消えていく。


「うん、いい店だ。良いバーテンダーは常に客にとって最適な対応を選ぶことが出来る。酒飲みにとってそれはとても幸せなことだよ」

「はあ……」

「最近、ぶどう酒ばかり飲んでいてね。エールもたまにはいいね。この喉越しというやつは他の酒ではなかなか味わうことが出来ない。貴族たちは庶民の飲み物だと言って見向きもしないが……勿体無い話だと思わないか?」


 うわ……こいつなんか捉えどころが無くね?


 裕也もエリシアも緊張をしてるのか圧倒されているのか顔が固い。

 オーティスのエールを旨そうに飲む音がやけに大きく感じる。ジョッキを置くとふと俺の方に目を向けてきた。


「ユーヤ君は子供が1人と聞いていたが……間違っていたのかな?」

「あ、いや、こいつはちょっと縁があって面倒みているんです。独り立ち出来るようにと村のダンジョンで鍛えているところなんです」

「ん?……この村に黒目黒髪の報告はなかった気がするが」

「い、いや、この村じゃなくゲネブのスラムから……」

「ふむ……名前を教えてもらえるか?」

「省吾といいます」


 オーティスがじっと俺を見つめてくる……。

 重すぎる空気がキツイ……呼吸を忘れたまま、ただ時が過ぎていく。

 と、おもむろにオーティスが口を開く。


「そうか……ユーヤ君の同郷か」


 !!!


 ま、マジかこいつ……。


 裕也とエリシアの周りの空気が一気に張り詰めたのがわかった。隣に居るだけでピリピリしてくる。オーティスの護衛も雰囲気を鋭くしながらジリッと前につめてきた。


 うわ……なんだこの空気……胃が痛てえ……。


 そんな空気を楽しんでいるようだったオーティスが手をあげ後ろの護衛を制した。


「まあ、そんな緊張することない。お前たちも過剰に反応しすぎだ。子供も居るんだからもっと力を抜きなさい」


 くっ……完全にこいつの独壇場じゃないか。


「頼みたい仕事というのはね、そう。剣を一本打って欲しいんだ。とびきりのやつを」

「……とびきりといいますと?」


 かろうじて裕也が対応する。こんな裕也初めて見るな。

 いや……エリシアさんが怒ってるときもこんなか。


曉天の剣ぎょうてんのつるぎ

「!!!……それは……しかし……いや、それで王都に?」

「ううん。興味を持つことは悪いことでは無いが詮索はしない方が賢明だな。陛下は御存命だ」

「はっ」

「曉天の剣は先王の御存命中に打つことは禁じられてる。わかるね?」

「はっ」

「この村にはどのぐらい滞在する予定かね?」

「一週間ほどを考えておりましたが……」

「うん、それは予定通りで良い。私は王都に向かわなくてはならないからね、どうしても今日会って話だけでもしておきたかったんだ。旅に出られても困るからね。話としてはそこまで急いでいる訳じゃない。2~3週間ほどしたら公爵をたずねなさい。書状は用意してある」

「はっ」

「この仕事には莫大な謝礼があることを約束しよう。もし望むならオリハルコンやミスリルを融通することも出来る」


 裕也が目を見開く。

 オーティスは裕也の反応を見て満足そうにうなずく。


 そして裕也はオーティスから1通の手紙を受け取りマジックバッグにしまい込む。

 おいおい……大事そうに仕舞う手が震えているぞ……。


 そして今度はハヤトの方を見て話しかけてきた。


「ハヤト君だったね?」

「は、はいっ」

「優秀だと聞いているよ。ユーヤ君と<天弓>の子供だ。当然だろうがね」


 エリシアさんがピクッと反応するのがわかる。そんなのもお構い無しだ。


「今年で何歳になる?」

「はい、11です」

「そうか、来年には12歳になるね。これからこの国はどんどん優秀な人材が必要になる。もしやる気があるなら王立学院の推薦も書こう。それでも試験はあるがね。悪い話じゃないはずだ。前向きに考えておいてくれ」


 王立学院に反応したのか、裕也とエリシアさんが驚いたような顔に成る。

 そして、オーティスは席を立つ。

 あわてて俺たちも立ち上がる。


「君とここで会えてよかったよ。ショーゴ君も何かあったら私を訪ねてもらっていいからね。私は君たちとは良い関係で居たいと思っているんだ」

「はあ……」


 そういうと店主を呼び出し、数枚の金貨を渡した。


「し、子爵っ多すぎです」

「良いんだ、ユーヤ君達の分もこれで頼む。迷惑料も含めたつもりだよ。もし良かったら今日席をはずしてくれた人たちにも一杯ご馳走してあげてくれ」

「はっ。ありがとうございます」


 そうして、オーティスたちは店から出て行った。

 少しの間沈黙が続く。


「……なんだあれ、なんかとてつもなくヤバイやつっぽいんだけど」

「ゲネブの至宝とまで言われた男だ。切れ者だとは聞いていたが……」

「どうする? いきなり俺のことバレたぞ?」

「いや、むしろ早めに会えたのはかえって良かったかも知れない」


 なんとも飲みなおす気分にもなれず、俺たちもお開きとし、宿に帰った。

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