第44話 お茶会を開きました


無事に校舎の案内を終え、私たちは応接室にいた。


大きな円卓に私たちとウェンゼル学園の人たちが座り、とっておきの茶葉で淹れた紅茶と、色とりどりのマカロンやスコーン、クリームにジャムが給仕される。


アキトのおかげで、メイドたちは一糸乱れぬ動きで統率されていた。


「このジャムはラズベリーですか? とてもおいしいですね」


「はい、プリスタインの南部にある果樹園で採れたものですわ」


「ウェンゼルではコーヒー豆の栽培が盛んで、さまざまな香りやコクを味わえます。我が校にお越しの際は、ぜひお楽しみいただきたいですね」


「まあ、それは楽しみですわ」


あはははは、うふふふふ、と上っ面はなはだしい会話を繰り広げる。


無味乾燥した社交辞令のオンパレード。これが貴族社会のテンプレなんだよね。


一応慣れてはいるものの、つまらないし肩が凝っちゃう。


「眼鏡科はいかがでしたか?」


礼儀正しく紅茶を飲んでいたエルが口を開くと、オスカーは椅子の背もたれに背を預けて言った。


「素晴らしいですね。これだけ贅沢に土地を使い、ありとあらゆる設備を整えた場所はなかなかない。生徒さんたちは恵まれた環境で、何不自由なく勉強に取り組むことができる。プリスタインにとって、どれほど眼鏡を重要視しているかということが改めてよく分かりました」


具体的な眼鏡に関する情報を聞かれるのかと思い、私は身構えた。


一応、想定問答集を作って、アキトと一緒に確認したから、どんな質問をされても大丈夫なはず。


来るなら来い……!


「ティアメイ殿」


「は、はい!」


「この学園を設立されたのはプリスタイン公爵と伺っていますが、発案者はあなただそうですね。どうして眼鏡科を設立しようとお考えになったのですか」


それは、以前アキトからされたのと全く同じ質問だった。


想定していたものとは違っており、私は戸惑った。


思わずアキトに助けを求めたくなったが、ぎゅっと唇を引き結ぶ。


多分、ここは自分の言葉で答えなきゃいけないところだ。


「私は、眼鏡が好きです。眼鏡は便利な道具で、人を幸せにし、社会を豊かにする可能性を秘めています。眼鏡科を通じて、眼鏡を世の中にもっともっと広めたいと思っています」


「なるほど」


と言って、オスカーはアイスブルーのティーカップを優雅な仕草でソーサーに戻した。


「それをお聞きしてよかったです。私も……いや、俺もこれで決断を実行に移すことができる」


「え?」


「今この瞬間をもって、プリスタイン公立学園眼鏡科を、我がウェンゼル公立学園と併合する」


言葉が頭に反響するけれど、意味が分からなかった。


「どういう意味でしょう」


問いかけたフィリップ先生の表情が険しい。


アキトも隣で緊張感を高まらせている。


「どうもこうもなく、言葉どおりの意味だよ。ちなみにこれは合併ではなく、併合だ。眼鏡科はウェンゼル学園の一部となる」


え……え?


何がどうなっているのか全く分からない。


「そんなこと、あなたに決める権利はないでしょう? 学園長は私よ」


ようやく出た声は、我ながら恥ずかしいくらい裏返っていた。


オスカーは先ほどの温かいものとは違って、氷のような笑みを浮かべている。


「学園長はお前、だった。過去の話だ」


過去って、どういうこと……?

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