第33話 神回避しました
「は? 見合い?」
フィリップ先生はきょとんとした顔をした。
私は手を伸ばし、先生の白衣の袖をつかむ。
「ウェンゼル公爵家のご子息が、お茶会で私を見初めて、どうしても妻に欲しいんですって。美しすぎるのも困りものですわね、おほほほほ」
笑いを取りに行ったものの、語尾が弱々しく消えていく。
フィリップ先生は藍色の瞳で私を見つめたまま、何も言わなかった。
「お待たせいたしました」
そこへ、アキトが熱湯と水筒を持ってやってきた。
「白湯でも紅茶でも、何か温かい飲み物を少しずつ飲ませてやってくれ」
先生は言うと、革袋の水筒にお湯を入れて、タオルでくるんで私のお腹の上に乗せた。
「熱いか?」
「ううん、大丈夫……」
じんわりとした温もりが心地よく、お腹の痛みが楽になってくる。
私は目を閉じた。
夏だからって、冷たいものばかり飲んでたから、体が冷えてたのかも。
「横向きの体勢のほうが楽であれば、体勢を変えてもいい。しばらく安静に寝かせてやってくれ」
「かしこまりました」
ぼそぼそ会話が聞こえたかと思うと、ドアが閉まる音がして、人の気配が消えた。
そこからしばらくして、枕元でフィリップ先生の声がした。
「おい、お嬢さん。お父君が、見合いは延期するってよ」
「え!? 本当?!」
思わず私は、がばりと起き上がった。
「おいおい。安静にしてろって。じゃなきゃ、貧血で目まいがくるぞ」
先生は苦笑ぎみに言う。
「……あれ? アキトは?」
「公爵のところだよ。状況を説明してる。俺はお嬢さんの様子を見てくるってことで、先に帰された。今ごろこってり絞られてるんじゃねえの」
「え、な、何で? 何でアキトが怒られるの」
「そりゃそうだろ。主人の体調管理も執事の仕事だからな。公爵家は領国の主で、替えがきかない存在だ。大事な予定がある日に万全の状態でいられないと、政治や外交に支障をきたすこともある」
「そんな。アキトのせいじゃないのに……」
私の自己管理が甘かったせいで、アキトが責められるなんて。
誘拐されたときもそうだけど、アキトは私のせいで損ばっかりしてる気がする。
「ま、とにかく喜べよ。そしてありがたく思え。俺が進言したおかげで、見合いを延期してもらえたんだからな」
清々しいほど偉そうにフィリップ先生は笑う。
そうと決まったら着がえだ。
私はよろめきながらドレスを脱ぎ、パジャマに着がえてベッドに倒れ込んだ。
「先生ありがとう……。白衣眼鏡男子最高……これで制服ならデートできたのに……」
「何言ってるかよく分からんが、ほら」
先生は私を抱き起こし、コップを口に添えて薬を飲ませてくれた。
「痛み止めだ。ちょっと苦いが、よく効くから我慢して飲め」
「ごほっ、うぇ、まず……」
むせて吐きそうになったけど、先生が背中をさすってくれたので何とか飲みほせた。
「いい子だ」
頭を撫でられる感覚に、記憶が呼び覚まされる。
この感覚、何だか懐かしい……でも、どこでだったかな……?
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