第34話 前世について尋ねられました
部屋の中は心地よい静けさに包まれていた。
先生は私のベッドの横に椅子を置いて、本を読んでいる。
眼鏡をかけた横顔が美しい。
「先生、ありがとう。もう大分と落ちついてきたみたい」
「おお、よかったな」
「子どもみたいなこと言うけど、お見合い、行きたくなかったの。だから、すっごく助かった」
「子どもみたい、じゃなくて、子どもなんだろ」
フィリップ先生は目を細めた。
「ま、あんまり無理はするなよ。お嬢さん」
椅子から立ち上がった先生に、私は声をかけた。
「帰る?」
「ああ。見送りはいいから」
ベッドから起き上がろうとした私に、肩越しに振り向いて先生は言った。
「その代わり、一つ聞いていいか」
「うん。何?」
「不思議に思ってたんだが、お嬢さんはいつ、どうやって眼鏡ってものを知ったんだ?」
唐突に核心を突かれて、私はうろたえた。
「……え?」
先生は縁なし眼鏡のつるを指でくいっと動かす。
「便利な道具だよな、これは。俺も親父も重宝してるよ。医学書の細かい文字も読めるようになったし、このレンズってやつが進化すれば、例えば体の内部まで精密に診ることができるようになるかもしれない。眼鏡は医療の発展にも結びついてる、すごい技術だよ」
うーん、確かに。
リアンダー王国は、時代的には前世より大分と昔だ。
医療も外科的治療というより、薬草を煎じたりといった治療が主になっている。
眼鏡によって病原菌や、人の細胞といった部分まで見られるようになれば、医学の進歩につながるに違いない。
今まで考えたこともなかったけど、眼鏡って医療とも関わりがあるんだ。
「公爵家の令嬢ともなると、めったに屋敷から出ないだろ。箱入り娘のお嬢さんが、こんな画期的な発明品を見出した第一人者ってのが、どうもピンとこなくてね」
「あら、お褒めにあずかり光栄ですわ」
令嬢モードで乗り切ろうとしたが、先生は鋭い目で言った。
「お嬢さんがリムロック男爵を眼鏡の発明者として取り立てるまで、眼鏡という言葉自体、この世には存在していなかった。どこにも存在しないものを捜すなんて発想、普通はしないだろ。ということは、お嬢さんの頭の中には既に眼鏡ってものがあったと考えられる」
うう、鋭い分析。さすがお医者さんだわ。
「誰から聞いたんだ? どうやって眼鏡ってものを知った?」
「あ……あ痛たたた……」
私はお腹を軽く押さえて、前かがみになった。
「おい、大丈夫か」
先生が慌てて飛んでくる。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと横になってれば治ると思う」
「何か温かいものでも飲むか?」
「ううん、今はいいの。ありがとう」
話題を切るための仮病だったのに、真剣に心配されて心が痛む。
再び椅子に座り直した先生に、私は言った。
「フィリップ先生。もう大丈夫ですから、遠慮なさらずお帰りになってくださいな」
「はいはい」
そう言って、先生は私のミルクティー色の髪をくしゃくしゃ撫でる。
その瞬間、ぱっと写真のようにある場面が蘇った。
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