第32話 白衣眼鏡男子に診察されました
「フィリップ先生、何でここに?」
「おお、学園長。こんなところでお目にかかるとはな」
私たちの担任で白衣眼鏡男子のフィリップ先生は、縁なし眼鏡の奥で目を丸くさせた。
そして、すぐに正式な礼を取って挨拶をする。
「思いもかけずご尊顔を拝し、光栄の極みでございます。プリスタイン公爵令嬢」
「こちらこそ、お元気そうで何よりですわ、先生。……って堅苦しいのはもういいでしょ?何で先生がここにいるの?」
「回診だよ、回診」
と言って、フィリップ先生は肩をすくめた。
相変わらず白衣を着崩しているが、藍色の髪はいつもよりぼさぼさ度が低い。
「うちの父親、プリスタイン公爵家の侍医(じい)だから」
「侍医?」
「かかりつけ医みたいなもんだ。公爵夫人がお前……お嬢さんをご出産された際も、うちの父親が診たらしい」
「えー!? じゃ、フィリップ先生って本物のお医者さんだったの?」
「……今まで何だと思ってたんだ?」
「え、なんちゃって白衣のコスプレ先生なのかなと」
「は? コスプレ? よく分からんが、とりあえず馬鹿にされてることは分かった」
呆れたようにフィリップ先生が言う。
「でも、回診に来てくれてるんだったら、何で今まで一回も会わなかったのかな?」
「そりゃそうだろ。俺が正式に医師になったのは去年の話だからな。父親を手伝ってここに来るようになってから、まだ二、三回ってところだ」
「へえ~そうなんだ」
この世界の医師って、どういう制度になってるんだろ。国家資格とかあるのかな?
そんなことを考えたら、下腹部がずきずき痛みだした。
「あ痛たたた……」
思わず手で押さえて前かがみの姿勢になる。
痛い。ズン、ズンズン、ズンドコ痛い。
額に脂汗が浮かんできた。
おまけに頭痛が鳴り響いて、頭がぐわんぐわんする。
「お嬢様、」
アキトが声をかけたのと、体がふわっと浮いたのは同時だった。
「ちょっと失礼」
「ひゃっ!?」
気がつくと、私はフィリップ先生に抱っこされていた。
そのまま部屋に入り、ベッドの上に寝かされる。
「フィリップ先生、」
「大人しくしてろ」
と言い、先生は私の額に手を当てた。
そしてドレスの上から、お腹に軽く触れる。
「アキト、お湯を沸かして持ってこられるか? できれば水筒もあるとありがたいんだが」
「かしこまりました」
アキトは即座に答え、姿を消した。
「顔色がよくないな。生理痛だけじゃなく、貧血も起こしてるだろ」
「うう……何で分かるんですか」
「当たり前だろ。医者を何だと思ってるんだ」
優しい手つきで、フィリップ先生は私の汗で張りついた前髪を額から払ってくれた。
「目を閉じて、大きく息を吸って。吐いて……」
言われたとおり呼吸しているだけで、少しずつ気分がましになってきた。
「ドレスも脱いで、もうちょっと楽な服装に着がえたほうがいいな」
「え!?」
脱がされるのかと思って身構えると、「アホ」と先生は額にデコピンをした。
「公爵令嬢の服を脱がせるわけないだろ。俺の首が飛ぶわ、いろんな意味で」
「……ふふ」
笑うと、少しだけ痛みが和らいだ。
不思議……。さっきまであんなにいらいらして、絶望的な気分だったのに。
「先生。アキトのこと……名前で呼んでくれてありがとう」
「は? 生徒の名前ぐらい覚えてるだろ」
当たり前のようにフィリップ先生が言うのを聞いて、目頭が熱くなった。
だって、いつもアキトはアキトである以前に、私の執事だから。
同じクラスで席を並べて勉強していても、みんな私に声をかけることはあるけど、アキトにはしない。
いつも添え物扱いで、アキト自身も黒子(くろこ)に徹している。
だから、フィリップ先生がアキトの存在を認めてくれて、嬉しかった。
「先生。私、今日、お見合いなの」
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