第23話 アキトに近づいてはいけない病にかかりました


ゴーン、ゴーン。ゴーン、ゴーン。


録音された音声じゃなく、本物の鐘の音がして、私は我に返った。


「では、本日の授業はここまで。しっかり復習しておくんだぞ」


白衣眼鏡男子のフィリップ先生が、ぬぼーっとした口調で言う。


板書(ばんしょ)された内容を見て、ようやく今の授業が数学だったことに気づいた。


「お嬢様」


「ひっ」


隣の席のアキトがぎょっとした顔をする。


声をかけてくれただけなのに、私がびくっとしてしまったからだ。


うわ……本当にまずいよね、これ。


「どしたの? メイちゃん。変な声出して」


後ろの席のエルが、無邪気な笑顔で尋ねてくる。


「いや~その~おほほほほ、何でもないの」


お嬢様笑いで取り繕おうとするけど、アキトの目が怖い。


分かってるわよ。


いくらうっかり者の私でも、昨日のことは誰にも喋ったりしないって。


それにしても、昨日はびっくりした。


「制服眼鏡男子なら、誰でもいいんですか」からの、「じゃあ俺でもいいですよね」発言。


あれは、どういう意味だったんだろう。


「アキトはだめよ」


あの後、私がそう言うと、アキトは哀しそうな顔になり、それ以上何も言わなかった。


胸が痛んだけど、それ以上に混乱していた。


あれ? 何でアキトじゃだめなの?


アキトだって眼鏡科の学生で制服を着ているし、眼鏡もかけている(しかも似合ってる)。


だったら、私がしたかった眼鏡男子との制服デートの相手にはぴったりだ。


何の不足もない。


でも、とっさに「だめ」と言ってしまった……どうして?


自分でもよく分からない。


その後すぐアキトは普段どおりの態度に戻ったけど、私は戻れなくなってしまった。


例えば着がえや入浴の手伝い、寝起きの顔を見られること、いつも間近に控えていて、時折耳打ちされること――今まで当たり前だったことが急に恥ずかしくてたまらなくなった。


普通にしなきゃ。


アキトは普通に戻ってるんだもん。


「お嬢様、お髪に埃が」


髪に触れられそうになって、頬が燃え上がった。


「やめてっ!」


思わず席を立ち、私はアキトと距離を取っていた。


やばい……クラスの視線を集めちゃってる。


『目指せ普通のお嬢様』なのに、これはよくない。


でも恥ずかしくて恥ずかしくて、どうしても離れずにはいられない。


私、『アキトに近づいてはいけない病』にかかっちゃったみたい。


「お、お手洗いで髪型を直してくるわ。アキトはついてこなくていいから」


「……かしこまりました」


アキトはうやうやしく頭を下げたので、その表情は分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る