第24話 パリピ眼鏡とサボタージュしました


どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう。


トイレから教室に戻らず、私は教室棟とは別棟にある図書館に逃げ込んだ。


五時間目、最後の授業の予鈴が鳴ったけど気にしない。


大理石の床と赤絨毯、飾られた趣味のいい絵画、階段状の書架に並べられた、おびただしい蔵書の数。


胸いっぱいに空気を吸い込むと、少しだけ落ちついた。


よし、五時間目はサボろう。


司書さんの目をかいくぐり、書棚の合間をぬって、ひっそりと目立たない場所へ移動する。


棚に並んでいる本のタイトル――『リアンダー王国史』『千種の薬草と効能について』『造船技術』『農園分布図』――心の中で読み上げていくだけで、落ちつきが戻ってくる。


前世でどちらかというと陰キャだった私は、辛いことがあるたびに学校や地区の図書館に逃げ込んでいた。


そこで眼鏡の司書さんを眺めたり、本を読んだりして心を休めていた。


そうだ。


心臓がばくばくするのも、アキトに近づいてはいけない病についても、本を読めば何かいい対処法が見つかるかもしれない。


でも、この図書館、検索システムがないんだよなぁ……。


自分で分類番号を頼りに探すしかない。


とりあえず地政学の棚から、心理学の棚に移ろうかな。


「あれ~、サボりですか? 学園長」


ぎゃあああああ!! バレたー!!


振り向くと、亜麻色の髪に赤縁眼鏡のパーリーピーポーが、手に数冊の本を抱えてにっこりと笑っていた。


「エル……」


「ごきげんよう、メイちゃん」


優雅な礼をするエルに、私は人差し指を立てて「しーっ」と言った。


「大きな声出さないで。司書や先生に見つかったら大変でしょ」


「あはは、ごめんごめん。まさか、こんなところで学園長がサボってるとは思わなくってさ」


「エルだってサボりでしょ? 人のこと言えないじゃない」


「俺はメイちゃんが心配になったから、ついてきただけだよ」


「出た、パリピ特有の感情表現」


「パリピ?」


「ううん、何でもない」


私は首を振った。


エルが私を『メイちゃん』と呼ぶたびに、ほんの少し面映ゆくなる。


だって、それは私の前世の名前だから。


私は前世で、久高芽衣(くだかめい)だった。


前世の記憶を持つことに、何か意味があるのか、ないのか、それは分からない。


ただ、この世界で、他に前世の記憶を持っている人に会ったことはなかった。


だからエルが私をそう呼ぶのは偶然なんだけど、呼ばれるたびに不思議な気分だった。


「何かあった?」


真正面から問われて、私は素直に頷いた。


「うん……。実は、少しだけ困ってるの」


「話、聞くよ」


と言って、エルは床に座り込み、自分の隣を手で示した。


「おいで」


彼は手にしていた二冊の本を床に置く。『貴族名鑑』と『地政学』だった。


「あなたも本読むのね」


「そりゃ読むよ~。俺そんな頭軽そうに見える?」


「ううん、そうじゃないけど……」


いかにもチャラそうに見えるけど、意外と真面目なところもあるのかもしれない。


私はエルの隣に腰をおろし、話せる部分だけをかいつまんで話し始めた。

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