第8話 事件を目撃しました


初日はオリエンテーションってやつで、教科書が配られて授業の説明があったり、自己紹介をしたり、校舎や寮の案内があったりで終了だった。


うんうん。これぞ高校生って感じ!


放課後、鞄に教科書を詰めて立ち上がると、アキトが手を差し出した。


「お嬢様。お荷物をお持ちいたします」


「大丈夫。寮まですぐそこだし」


「いえ、そういうわけには」


「んもう、アキトってば過保護なんだから。私たちクラスメイトでしょ? 普通にしてよ」


「メイちゃん、また明日ね~」


私たちの後ろをすり抜け、エルがひらひらと手を振った。


「うん、また明日」


手を振り返し、私は教室を出る。


アキトは諦めたのか、大人しくついてきた。


昇降口を出て右が庭園、左が眼鏡科の学生寮になっている。

こちらも使用人とシェフがいて、個室完備の贅沢空間である。


「んー、お腹すいた。今日のご飯は何かな~」


「夕食までは少しお時間がありますので、お部屋にアフタヌーンティーをご用意いたします」


「あら素敵! ありがとう」


「やっやめてよ!」


「ん?」


脈絡のない台詞が耳に飛び込んできて、私は眉を寄せた。


アキトを見ると、目を丸くして首を振っている。


気のせいかな? でも、やけにはっきり聞こえたような……。


「うぜえんだよ、成金が!」


間違いない。今度は、はっきり聞こえた。


アキトとも、さっきのものとも違う男の声だ。


「お嬢様」


アキトが引き留めようとする気配を感じたが、私は駆け出していた。


昇降口の裏手に少年が一人と、それを囲うようにして三人の男子生徒の人影が見える。


こ、これは――いわゆる『カツアゲ』ってやつじゃないの?


「それは父さんが僕のために作ってくれた宝物なんだ。だから返してよ」


震える声で手を差し出しているのは、緑色の髪をした美少年――リュシアンだった。


あの街角で発見して以来の再会である。


相変わらずショタ眼鏡だ。かわいい。


「へっ! お前みたいな貧乏人に、こんなもんは似合わねえよ」


一番体格のいい男子生徒が、奪い取った眼鏡を地面に放り捨てて蹴り飛ばす。


隣にいた男子生徒たちが歓声を上げ、サッカーの要領で蹴り合った。


「やめてっ! やめてよ!! うっ」


必死で縋りついたリュシアンの腹に、鋭い蹴りが入る。


地面に倒れ込み、咳き込むリュリアンを見下ろして、リーダー格の生徒は冷ややかな目で言った。


「成り上がりの男爵子息(だんしゃくしそく)風情(ふぜい)が、俺たち貴族と席を並べてお勉強なんて百年早いんだよ。

お前の父親だって眼鏡の発明者とか何とか言われてるが、どうせ誰かからアイディアを盗んだに決まってる。

薄汚い貧乏人の盗人(ぬすっと)が。とっととこの学園から出ていけ」


口汚い誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)に、私は耳を疑った。


「そうだそうだ!」


「貧乏人はスラムにがお似合いだ、帰れ」


取り巻きの二人も声を揃えてののしっている。


「……父さんは盗人なんかじゃない」


眼鏡を失ったリュシアンの目には涙が光っていた。その右手が地面を握りしめる。


「僕のことを蔑むのは構わない。でも、僕の父さんを侮辱することは許さない!」


「へえ。許さなかったらどうだっていうんだ?」


リーダー格の男子生徒はせせら笑い、眼鏡の上に足を振りかぶった。


「つまんないプライドも、こいつと一緒に砕いてやるよ」


「やめて!!!」


「そこまでよ」


気がついたら、私はその場に割って入っていた。

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