ミアニキア

あんちゅー

ラフな人生

 彼女はいつも私のそばにいてくれた。


 そして満面の笑みで私に笑いかけてくれる。



 私が小学生の頃、ミアは私の前に現れた。


 私は引越してきたばかりで、幼稚園で一緒に遊んでた友達とも離れ離れ。


 一緒の小学校に通おうねって言い合った、幼なじみのあーちゃんとは泣きながらお別れをした。


 私はそれが嫌で嫌でずっとぐずって泣いていた。


 入学式の時にも私は散々泣いて1人保健室で入学式をしたくらい。


 小学校の上級生達が話しかけてくれる。


「学校はどう?」


「何かあったらお姉ちゃんたちに言いなよ」


 同級生の子達もキラキラ笑って話しかけてくれる。


「ねぇ、あなたはどこから来たの?おうちは?」


「将来何になりたい?私はケーキ屋さん!」


 でも、構わず泣いている私をみんなはすぐに避けるようになった。


 決まって何も言わずずっと泣いている私のことをみんなは陰で泣き虫ちゃんって言ってたのを、私は知っていた。


 だから、私は泣いていた。


 そんなんだから友達の1人も出来なくて、私はクラスで1人だった。


 先生も呆れて私はやっぱり保健室で授業を受けた。


 先生が用意してくれたプリントを保健室のミナちゃん先生がこうするのって教えてくれる。


 ミナちゃん先生とお話するのは何だかほわほわしたから私はその時だけは泣かなかった。


 ミナちゃん先生が保健室から居なくなったのはそれからすぐの事。


 保健室には意地悪顔のオバサンが来るようになった。


「ミナちゃん先生はどこ?」


 私がそうやって聞くとオバサンは決まって言った。


 ミナちゃん先生が男と逃げたって。


 私は何となく悲しくて、保健室でも泣くようになった。


 オバサンは泣いてる私にすっごく嫌な顔をして、お母さんを呼んだ。


 毎日私が泣くものだから、毎日お母さんを呼んで、その度にお母さんに悪口を言う。


 お母さんはとうとう疲れたって言って私に学校に行かないでって言った。


「うん、分かった」


 私はようやく泣き止んだ。



 家ではずっとテレビを見てた。


 何をやってるのかは分からないけれど、画面の向こうで子供たちが笑っていた。


 でも、なにが楽しいのか分からないから変な感じがした。


 お昼には大人達が楽しそうに笑ってた。


 それもちっとも分からなくて、私はお母さんになんで?なんで?って聞いていた。


 お母さんは洗濯物を干しながら


「なんでかなー?」


 って言っていた。


 お母さんはいつもため息をついていた。


 夜にお父さんとケンカをする様になった。


 私はうるさいから眠れない。


 それでも何だか悲しくなかった。


 お母さんが私を置いて家を出ることが多くなった。


 私は1人でテレビを見てた。


 写ってるものより、チカチカ光るのが気になってなんにも言わずに座って見てた。


 私は誰とも話さなくなった。


 お父さんは帰って来ない日が続いてた。


 お母さんは気にする風でもなく夜な夜な外に出ていった。


 私は1人で起きるようになった。


 たまに先生が家に来る。


「泣かなくなって偉いね」って褒めてくれた。


 お母さんは綺麗な格好で先生とお話してた。


 お母さんは帰ってこない日が増えて、帰って来てもお酒臭い。


 お父さんはいつの間にか居なくなってた。


 そんな時にミアと出会った。


「あなたはもっと笑いなさい」


 あははははって


 ミアはそう言って笑ってた。


「あはは」


「ぜーんぜんぶさいく。もっと大きな口を開けなさい」


 ミアはそうやって頬をつねった。


「痛い」


「痛くない。愛のムチ」


 ミアは沢山色んなことを教えてくれた。


「女の笑顔は宝物」


 ミアはいつも笑ってた。


 私はミアの真似をした。


「笑うようになったんだ」


 家に来る先生は嬉しそうに言った。


 お母さんもなんだか嬉しそう。


「そろそろ学校に行ってみる?」


 私は学校に行くようになった。


 初めは近寄ってこなかったクラスメイトも私が笑うと一緒に笑った。


 何が楽しいのか分からないけど、それでも私は笑ってた。


 先生が私の家で暮らし始めた。


「お父さんって呼びなさい」


 お母さんは嬉しそうにそう言った。


 ミアは笑って言っていた。


「笑っておけば大丈夫。」


 あははって笑ったらなんだかみんな楽しそう。



 私は高校生になった。


「あなたはよく笑うよね。」


 友達はみんな口を揃えてそう言った。


「楽しそうで羨ましい」


 みんな何だかうっすら笑っていた。


 隣の席の男の子が学校帰りに私に言った。


「付き合ってください。」


 ミアはそんな時には小さく笑うのと教えてくれた。


 私はその子と付き合いだした。


「君の笑った顔が好きだよ」


 ってその子は言って私にキスをした。


 嫌だったけど、私は笑った。


 ミアの言う通りに笑ってた。


 そしたら他の子にも告白された。


 分からないけど笑っていたらその子とも付き合っていることになっていた。


 男の子は何だか怒ってる。


「あの男は誰?」


 私は知らないって言った。


 そしたらその子は私を叩いた。


 痛くて辛くて泣きそうになったけど、ミアは私に笑えと言った。


「辛かったら笑いなさい。」


 私は笑って彼を見た。


「気持ちの悪い女。」


 その子はそう言って私に話しかけてこなくなった。


「ねぇ、あんたなんで笑ってんの?」


 知らない女の子に囲まれて、私はやっぱり叩かれた。


 それでも私は笑って言った。


「ミアが笑えって言うから」


 女の子はもっと怒って私の髪を引っ張った。


 他の子達はキャハキャハ笑った。


 楽しいんだって私は思った。


「学校に来るなよ」


 女の子はそう言って私の鞄を川に捨てた。


 私はそれでも笑ってた。


「笑えば何も感じなくなるわ」


 ミアはそんなふうに背中をさする。


「笑っていればいいのよあなたは」


 ミアは優しく笑ってた。



 高校を出て仕事を始めた。


 お父さんは笑って私の体を触る。


「大きくなったね」


 私は嫌だったけど笑ってた。


 お母さんは私に出ていってって言った。


 それでも私が笑うから気味が悪いと泣いていた。


 でも、私にはミアがいるから少しも寂しくないって笑った。


 ミアは楽しそうに笑ってた。


「笑えばいい事があるわよ」


 私は全然心配なかった。


 道で声を掛けてきた男の人と私は暮らし始めていた。


 とても優しい男の人で、私が笑うと一緒に笑ってくれていた。


「楽しそうに笑うんだね」


 って、そう言ってくれたのは腕に刺青のある人だった。


 彼は笑って言ってくれた。


「もっと稼げる仕事をしなよ」


 私は体を売り始めた。


 色んな人に毎日触られ、肌がすぐにカサカサになる。


 最初は痛くて声が出た。


 それでも笑えばみんなが嬉しそうにしてくれる。


「なんでも欲しいもの言ってよ」


 って、お客さんは言ってくれる。


 私はひたすら笑ってた。


「はい、今日の分」


 って店長さんに言われて貰うお金をそのまま彼に手渡した。


「ありがとう」


 って彼は笑った。


 いっつも彼は笑ってた。


 そんな人は初めてだった。


「ほらね笑えば素敵な人に出会えるの」


 ミアは笑ってそう言った。


 私は彼が笑ってくれるから頑張った。


 彼はいつも私に優しい。


 優しくされるのは好きだから、私はいつも笑ってた。


 いつからか彼はたまにしか家に来ない。


 それでも私は笑って働く。


 早く会いたいなと笑って待ってた。


 多分稼ぎが少ないからだと、私は他の仕事もし始めた。


 昼はパートで夜はお店で、私はいつも笑ってた。


「なんか飽きたわ」


 って彼は言ってそれっきり来なくなった。


 ミアは言った。


「どうしたの?笑いなさいまたいい人ができるわよ」


 私は小さく笑って見せた。


 何だか何もやる気が起きない。


 彼が居ないとすっかり心が重たくなった。


 ミアはそれでも笑えと言った。


「あなたは笑うことしか出来ないでしょ?」


 私は笑おうとしてみたけれど、何だか笑えなくなっていた。


 今までしてきたことがしんどくなって、みるみる私は笑えなくなった。


 お店のお客さんは気持ちが悪くて、触られると声を出してしまう。


「なんだよこの女」


 みんなそうやって怒って帰った。


 私はお店を辞めさせられた。


 パートは怒られる回数が増えていって、ついには明日から来なくていいって言われた。


 笑わなくなった私にミアは言う。


「笑わない女に価値はないわよ」


 それでも私は笑えなかった。


 とうとうミアは私の元から居なくなった。



 1人で部屋に座っていた。


 ミアが来てくれる前の私に戻った。


 毎日ポストに手紙が届いた。


 電気とガスが止められた。


 私は水だけ飲んですごした。


 気付けば家を追い出されたていた。


 ふらふら街を歩いてどこか、眠れるところを探し始めた。


 ぼさぼさ髪の毛が鬱陶しくて、ちぎってみたらいっぱい抜けた。


 もう歩きたくないって座り込んだ。


 街行く人は私を見ても知らんぷり。


 誰かの声が聞きたかった。


「あはははは」


 試しに笑ってみたけどやっぱり笑えず息切れをした。


 もうダメなんだと私は路地で1人眠った。


 誰かとお話がしたいと思った。


「帰ってきてよ」


 ミアがいつか帰ってくることを願いながら。



「笑顔は女の宝物。」


「笑っておけば大丈夫。」


「辛かったら笑いなさい。」


 ミアがいた時は楽しかった。


 笑っていれば辛くなかった。


 素敵な人と笑ってられた。


 私が笑わなくなったから、私はこんなふうになったのかな?


 最後に1度笑ってみよう。


「あはははは」


 そしたら誰かが話しかけてきた。


「ねぇ!何してるの?こんなところで」


「あーちゃん?」


 すっかり大きくなったその子は、それでもちゃんと面影のある幼稚園の幼なじみのあーちゃんだった。


「ずっと、ずっとずっと探していたの!あなたのことを」


 こんな、こんなになってと彼女は泣いた。


 ボロボロ涙を零して泣いていた。


「女の子は泣いちゃダメ。笑ってないとダメなのよ」


 私は彼女にそう言った。


 でも彼女は首を振る。


「泣いてもいいの、悲しくても嬉しくても、どんな時でも泣いていいの!

 無理に笑わなくたっていいのよ、きっと」


「本当に?」


「ええ本当。笑う事が大切じゃない。泣いて笑って怒って笑うの!何かを感じることが1番大事なの!」


「泣いてもいいんだ」


 私は泣いた。


 いっぱい泣いた。


 みんなが困っていたからやめた。


 お母さんが辛そうだったからやめた。


 泣いていたらみんながしんどくなるからやめた。


 私は泣いて、笑って泣いた。


「あははは、変な感じ」


「そうよ、笑って泣いて変な感じになるの」


「でも楽しい」


「そうよ、笑うのも泣くのも、怒ることだって、全部全部楽しいことなの!

 だからもうこれ以上、無理に笑ったりしないでね」


 あーちゃんはそうやって私を抱いた。


 私は彼女を抱き返す。



 ミアは今どこにいるの?


 私はここでようやく心の底から笑えるようになったの。


 いつか、私が笑うのをまた見に来て欲しいな。


 私とあーちゃんは2人で笑った。

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ミアニキア あんちゅー @hisack

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