クエストからの帰り道

 時は既に夕暮れ時。空は暗くなり、星々が姿を見せ始めた頃。

 洞窟攻略を終えた4人は森の外へ出ると、そこに置いておいた借りてきた馬車に助けた女性たちを優先的に乗せ、アルダムに戻る前にどこかで野営することにした。


 ちなみに女性たちには、彼女たちが捕まっていた場所に転がっていた自分たちの鎧を着てもらった。騎士学校に通ってるだけあって、その着姿は結構様になっている。その鎧や服なんかは、まとめてコバルトに魔法で綺麗にしてもらったため、汚れひとつとして着いていない。

 その鎧の綺麗さは、それを見て驚いていた女性たちの顔は一生忘れないと、こびとんが心に誓うほど。


 全員が馬車に乗り切らなかったので、コバルトとツキミは歩きで、こびとんは馬車の荷台の後ろの方に座っている。馬を操縦するのはケモ丸の役目だ。


 出来る限り森から離れた安全な場所で野営をすべく、馬車を進めること約1時間。

 ちょっと高台になった場所で、ケモ丸は馬車を止めた。高台のすぐ横には小川が流れており、それはアルダムの方角へと続いている。

 森の中で拾っておいた乾燥した木の枝を交互に積み上げると、ケモ丸はそれに妖術の火の玉を飛ばす。


 火の着いた焚き火を囲うようにして女性たちは座ると、ケモ丸はそれを確認してからコバルトに聞く。


「コバルト」

「なんだ?」

「街で買っておいた食料は全員分あるか?」

「少し待て」


 コバルトはそう言うと、虚空を眺めながら口を開く。


「……ベニシュラの肉を使えば足りそうだ」

「そうか。なら食料と調理器具を出しておいてくれ。儂はそこの川の水が使えるかどうか見てくる」


 ケモ丸はそう言って高台を降りていった。コバルトは言われたとおり、黒い渦からベニシュラの肉や野菜、調理器具なんかを出していく。

 それを見ていたシャーロットは不思議そうな顔をしていると、近くに来たこびとんに話しかける。


「あっ、すまない」

「ん? なぁに? お姉さん?」

「あれは一体、どういう魔術なんだ?」

「さぁ、俺も分かんない。魔法ってことしか」

「魔法……か」


 その言葉を聞いて、シャーロットは考え込む。

 魔法……それは数億年も前のこの世界で使われていた技術と言われている。現在の魔術と似てはいるが、古代遺跡などを調査している研究者たち曰く、魔術よりも遥かに優れた術なのだとか。そんな研究者たちが出した説によると、過去の者たちの魔力量は今現在の魔術師の100倍近くあったのではないかと言われており、現代では再現不可能と言われている術である。

 果たしてあれは本当に魔法なのだろうか。非常に疑い深いが、あんな魔術を見たことも聞いたこともない。家に帰ったら調べてみる必要があるな……。

 シャーロットが考え耽っていると、こびとんは心配そうに話しかけてくる。


「お姉さん……? 大丈夫?」

「……ん? あ、あぁ、大丈夫だ。少し考え事をな」

「そう? ならいいけど」


 こびとんはそう言うと、コバルトの元へ駆け足で向かうと、彼の手伝いを始めた。

 シャーロットはそれを見ていると、隣から声をかけられる。


「あ、あの……」


 声をかけてきたのは、水色の髪をショートカットにしており、眼鏡をかけている気弱そうな女の子。彼女の頭には猫のような耳が生えている。

 彼女の名はリン・ウィルフォード。シャーロットと同じく女性騎士学校の生徒であり、ウィルフォード騎士男爵家の娘である。

 彼女は私と同じく騎士を志す者だと言うのに、暇さえあれば魔術のことばかりを勉強している。学校内では少し変わり者だ。


「なんだ?」

「い、いえその……さっき、魔法って聞こえたような気がして……」

「それは彼が使っている術の事だな」

「彼……?」


 リンは小首を傾げると、シャーロットの視線の先を見る。

 そこには、リンの知らない術を使う男性がいた。見たところどこかの貴族だろうか。しかし、社交パーティなどで彼の姿を見た事はない。


「あれは……」

「貴方でもあの術は分からないか」


 この娘なら何か知っているかもしれないと思っていたシャーロットは、思ってもないことを呟いてしまう。


「あ、えっと、すみません……」

「いや、謝るのは私の方だ! ……その、貴方なら何かわかるかなとこちらが勝手に期待していただけで……本当にすまない!」


 シャーロットは勢いよく頭を下げる。それを見たリンはオロオロとすると、優しく喋りかける。


「あ、あの……頭をあげてください……」

「……許してもらえるだろうか?」

「許すなんてそんな……! 私、全然気にませんので……!」


 慌ただしくそう言うリンに、シャーロットはクスッと笑ってしまう。それに釣られて、リンもクスクスと笑い始める。


「何やら楽しそうでは無いか」


 笑っている2人に話しかけてきたのはコバルトだった。コバルトは2人の後ろに来ると、地面に腰を下ろす。


「何を話していた?」

「え、えっと……」


 その問いにリンは戸惑うと、シャーロットに助けを求める。

 シャーロットはその視線に頷くと、一度深呼吸して心を決めると、今度は大きく息を吸ってから口を開いた。


「あの……先ほどの術はなんという魔術なのでしょうか!」


 シャーロットは食い気味にそう聞いた。隣にいるリンも「うんうん」と何度も頷いて、興味深そうにコバルトを見る。


「魔術……というのは知らぬな」

「では……?」


 シャーロットとリンは、ゴクリと喉を鳴らす。彼の口から出てくるであろう次の言葉に期待して。


「我が使うのは魔法だ」


 魔法。彼は確かにそう言った。古代に失われた技術を彼は使っているのだ。現代では実現不可能と言われている術を。


「まさか……本当に……?」

「事実だが?」


 リンの口から出た言葉に、コバルトは即答する。

 シャーロットは驚愕のあまり目を点にしており、リンは今すぐ何かしたくてうずうずとしている。

 それを見てコバルトは、人差し指をピンと立てる。


「ほれ」


 コバルトがそう言うと、魔術陣も詠唱もなく、人差し指の先から小さな炎が現れた。

 すると、シャーロットとリンは釘付けになるようにそれを集中してみる。コバルトは試しに指を動かしてみると、それに合わせてシャーロットとリンは視線を動かす。

 コバルトはそれに思わずニヤッと笑みを浮かべると、まるで猫とじゃれ合うように、指を大きく動かして遊ぶ。


「おーい、コバルトー!」


 と、ケモ丸の声がどこからか聞こえ、コバルトは炎を消すと、その場に立ち上がる。

 実際に魔法を目の前して釘付けになっていた2人は、コバルトが立ち上がったことで意識を取り戻す。


「あれ……私はいったい……」

「確か魔法を見せてもらって……」


 2人は自分たちが何をしていたのか思い出すと、恥ずかしくなって頬を赤く染める。そして、目の前に立つコバルトの顔を見上げる。

 コバルトはこちらを見てフッ笑みを浮かべると、ケモ丸の方へと歩いていった。


「もしかして私たち……」

「間違いなく遊ばれてたね……」


 2人はそう呟くと、両手で顔を覆う。


「「恥ずかしい〜!!!!」」


 足をバタバタさせながら、2人はそう心の中で叫ぶのだった。



 ◇◇



 夕飯を食べ終え、皆が寝静まった後。

 今晩の見張りを誰がするかを4人で話し合った結果、洞窟攻略に途中から参加していなかったコバルトが今晩の見張りをすることとなった。

 焚き火の火は小さくなり、炭となった枝の中で燃える炎が小さくパチパチと音を立てている。


 コバルトは冷たい紅茶をすすると、目の前に広がる光景を眺める。

 月夜の元に照らされている広い草原は、風が吹けば白い波を立てる。月の光を反射してキラキラと光る近くの川は、遥か地平線の向こうまで続いていた。遠くに見える森は、昼間よりも沢山の生命の息を感じさせる。


「随分と変わってしまったが、やはりこの世界は捨てたものでは無いな」


 コバルトは独り言を呟くと、そこへこびとんがやってくる。


「眠れぬのか?」


 コバルトがそう聞くと、こびとんは親指と人差し指の間を少し開けてーー。


「ちょっとね」


 ーーとジェスチャーを混じえながらそう言って、コバルトの隣に座る。

 コバルトは黒い渦からもうひとつのティーカップを取り出すと、紅茶をそれに注いで渡す。


「ほれ」

「ありがと」


 こびとんはティーカップを受け取ると、口をつけ「つめた……」と小さく言ってから一口飲む。


「冷たいのもうま」

「そうだろう。特にこんな暖かい夜は尚更だ」

「そうだね」


 こびとんは小さく頷くと、さらに1口。コバルトもそれに合わせて紅茶をすすった。


「なんだ、こびとんも寝れんのか」

「あれ、なになに? もしかして全員眠れない感じ?」


 そう言ってやって来たのはケモ丸とツキミだった。

 ケモ丸はコバルトの右隣に、ツキミはこびとんの左隣に座る。


「結局、全員で夜番をすることになるとはな」

「まったくだよ。さっき決めた意味はなんだったんだか」


 ケモ丸が腰を下ろすと同時に言うと、ツキミはそれにやれやれと言った手振りでそう言った。

 ツキミは芝生の上に座るとニヤニヤとした様子でケモ丸を見る。


「な、なんだ」

「ねぇ、ケモ丸はほんとに寝れなかったの?」

「そ、そうだ。またコバルトが戦犯をせんか怖かったんでな」

「おいケモ丸、貴様。我がそう何度も戦犯すると思うなよ? 言っとくが、全部故意的に……」


 そこまで言って、コバルトは黙り込む。それを聞き逃さなかったケモ丸は、コバルトを問い詰めるようにして聞く。


「ちょっとまて、お前さん。今、故意的と言ったか? てことはなんだ? 今までのは全てワザとなのか?」


 その質問にコバルトはそっぽを向く形で答える。


「おい、答えろ」

「……」

「はぁ……」


 全くもって答えようとしないコバルトに、ケモ丸は諦めて横になると、目の前の光景を頬に手をつきながら眺める。


「それにしても、この世界は良いところだ。自然は沢山残っとるわ、知らない獣はいるわ」


 それを聞いていたツキミは何度も頷く。


「うんうん。それに、人付き合いもめんどくさくないしね。まぁ、まともに話してるのお前らだけなんだけど」

「コミュ障かな?」

「うるさい黙れチビ」


 ツキミは目のハイライトを消して隣の奴に対してそう口にすると、座っていたこびとんは態々立ち上がって膝から崩れ落ちた。

 その一連の流れを見ていたコバルトとケモ丸は、それぞれ感想を言う。


「デジャブだな」

「これが実家のような安心感というやつか」

「あのさ……ちょっとは俺の事慰めてくれても……」

「「黙れチビ」」

「なん……で……ケモ丸まで……」


 バタッ。

 こびとんはそこで力尽きた。コバルトはこびとんの首元を触ると、ハッと息を飲む。


「死ん……でる……」

「いや生きとるわい!」


 こびとんは勢いよく起き上がると、コバルトの胸元にツッコミを入れた。そのキレの良さに、ケモ丸とツキミは拍手する。


「なんだこれ」


 こびとんは体育座りをすると、半目で景色を眺めながらそう呟いた。

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異世界から来た風来坊どもよ 〜ハーレムなんて夢はなかった〜 通りすがりのロリコン @Kouchann0601

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