ゴルドの工房

 4人は町外れにある一軒の小さな工房の前に来ていた。

 屋根から伸びる煙突からは黒煙がもくもくと空に向かって登っており、金属と金属が激しくぶつかり合っている音が鳴り響いている。

 扉の前にある看板には『ゴルドの工房』と書いているが、残念ながら4人の中にその文字を読める者はいない。


 コバルトはノックもせずに、その扉を開いた。

 扉の向こうに広がっていた光景に思わず、ツキミとこびとんは声を漏らす。


 壁際には金属やモンスターの素材で作られた防具を纏ったマネキン達が立ち並んでおり、その反対の壁には大小様々な剣が立てかけられていた。中央に設置されている大きなガラスケースの中には首飾りやブレスレットが綺麗に並べて置かれている。

 明かりは窓から射し込む日光以外にはなく、一応天井から電球のようなものが吊り下げられているが明かりは着いていない。

 奥には小さなカウンターがあるがそこに人の姿はなく、部屋の中を見渡すがあるのは武具ばかりで、4人以外に人の姿はない。

 カウンターの奥には他の部屋へと繋がる入口があり、そこから金属を叩く音が聞こえてくる。


「どなたかいらっしゃらないか!」


 ケモ丸はカウンターの奥にむけて声を張って言う。すると、カウンターの奥にある部屋から声が聞こえてくる。


「なんだ! 客か!」


 金属を叩く音は鳴り止むと、カウンターの奥の入口から工房主と思わしき人物が現れた。

 身長はこびとんと同じくらいの、小さなおじさん。口元は髭で覆われており、着ている白い服には大量の汗が滲んでいた。

 そのおじさんは、首に巻いたタオルで額の汗を拭く。


「いらっしゃい! 兄ちゃんたちは……お貴族様かなんかか?」


 おじさんはコバルトを見てそう言った。

 この世界ではコバルトの姿は貴族のように見えるのだろうか。ケモ丸はそんな疑問を浮かべつつ、おじさんの発言を訂正する。


「儂らは冒険者だ」

「そんな格好で冒険者だぁ〜? あんたら、舐めてんのか?」

「そんなつもりは毛頭ない。……ほら、これを」


 ケモ丸は袖の中に手を伸ばすと、銅のプレートを取り出して見せる。それを見ておじさんは驚いた表情をした。


「あんたら、ほんとに冒険者だったのか。こいつぁすまねぇことをした」

「いや、気にしないでくれ。それより、儂とこの者に武器を見繕ってもらえないだろうか?」

「ほぅ?」


 おじさんはケモ丸と、ケモ丸が視線を向けたツキミを、舐めまわすようにまじまじと見る。


「獣人の兄ちゃんは体格的にある程度の武器は扱えそうだな。そっちの兄ちゃんは……軽い武器が良さげだな」

 

 おじさんはそう言って、壁にかけられている剣たちをしばらく眺めると、40cm程の短い剣を指さす。


「そっちの銀髪の兄ちゃんはそれが良さげだな」

「これ……?」


 ツキミはそれを手に取ると、目を見開く。


「どうだ?」

「……なんかしっくりくる」

「そうだろうそうだろう」


 ツキミのその反応をみて、おじさんは満足げに頷いた。おじさんは今度はケモ丸の方を見る。


「獣人の兄ちゃんはなんか欲しいのはあるか?」

「儂は刀なんかあるといいな」

「刀……か。ちょっと待ってな」


 おじさんはそう言ってカウンターの奥の部屋へと戻っていった。ケモ丸は待ってる間、その部屋の中を見て回ることにする。

 武器が置かれている場所には剣の他にも、槍や弓、さらには斧までもが置いてあった。ケモ丸は斧を見て、アイツの姿が一瞬だけ脳裏に過ぎる。


 ガラスケースの中にはネックレスやブレスレット、他にも指輪やイヤリングまで置いてある。

 これは武器……? それとも防具なのか……? ケモ丸は気になって、防具を眺めていたコバルトに話しかける。



「のぉ、コバルト」

「ん? なんだ?」

「これらの飾りは武器なのか? それとも防具なのか?」

「それらは装飾品だな」

「装飾品……?」

「装飾品にはそれぞれ、魔法が付与されていてな。その付与されている魔法の効果によって武器にも防具にもなる訳だ」

「それはすごいな……」


 一応、念の為ひとりひとつは持っていた方がいいだろうか。しかし、どれ程の値段になるのやら……。


「コバルト、あと金はいくらある? 出来ればこの装飾品とやらをひとりひとつ分買っておきたいのだが」

「貴様らの武器を買えば財布は空だ」

「そうか……ぬ? まて、儂らの武器を買ったら金はないと?」

「そうだが?」


 おかしい。昨日、ベニシュラの素材は金貨300枚。この世界の値段にして3000万リバーー1リバ=1円ーーだった。

 屋敷は訳アリのだったため金貨100枚(1000万リバ)。他にも食べ物や食器は買ったが、大した額ではなかった。つまり、約2000万リバは残っているはずなのだ。

 それが武器を2本買っただけで2000万リバが無くなるということは、武器1本あたり約1000万リバもするとでも言うのだろうか。いいや、そんなはずは無い。

 剣や刀などの武器の希少価値が高い現代日本において、名刀と呼ばれる刀でようやく1本2000万とかだ。

 武器にありふれたこの世界において、ましてや町外れの工房に置いてある武器がそんなに高いわけが無い。


 つまり、コバルトは"何か"に金を使ったということだ。


「なぁ、コバルト……」

「なんだ?」

「お前さん、何にそんなに金を使った?」

「ふむ……」


 コバルトは顎に手を当ててしばらく考えると、何かを思い出したのか「あっ……」と声を漏らす。


「なんだ?」

「そういえば昨日、屋敷を買ったあとこの街の孤児院に寄付をしたな」


 まるで悪びれる様子もなくそう答えるコバルト。確かに、悪いことではない。むしろいい事だ。だがしかし……。

 ケモ丸はゴクリと唾を飲み込むと、最後の質問をする。


「……ちなみに金額は?」

「確か……1900万リバだったか?」


 それを聞いた次の瞬間、ケモ丸の視界はゆらゆらと揺れ、倒れないようにガラスケースに手を着く。……危ない。意識が飛ぶとこだった。

 ケモ丸は頭を片手で抑えながらコバルトを見る。コバルトは「大丈夫か?」と心配そうにこちらを見ている。すっかり忘れていた。彼が重度のロリコンであることを。恐らく孤児院への寄付も、可愛らしい子供達につられて寄付したのだろう。

 だが、ここは確認を取らなくてはならない。何故彼が孤児院へ寄付をしたのか。


「なぁ……コバルト。一応、聞くが。なんで孤児院にそんな大金を寄付したんだ?」

「物価を調査していた時にな、もちろん露天で買い物をする訳だが」

「あぁ」

「その時にあの串肉を食いたくなってしまってな」

「ぬ?」

「どうした?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」


 どうやったら串肉から孤児院への寄付に繋がるんだ?

 ケモ丸がそんなことを考えていると、その答えはすぐに出た。


「串肉を食って歩いていたのだが、路地裏から視線を感じてな。見てみると、小汚い布を纏っただけの子供たちがいたのだ」


 あぁ、なるほど。そういうことか。コバルトの話をそこまで聞いてケモ丸は理解する。

 つまりコバルトは飢えて孤児院から出てきた子供たちを見て、子供たちに辛い思いをさせまいと寄付をしたということか。


「あぁ、その子供たちは孤児院の子供ではないのだがなーー」

「いや違うんかい!」


 ケモ丸は思わずツッコんでしまう。

 しまった。つい話を遮ってしまった。ケモ丸はコバルトを見ると、コバルトはどうやら話すのに夢中でそのツッコミは聞こえていなかったようだ。

 コバルトは目を閉じて、まぶたの裏に昨日のことを映し出しながら話を続ける。


「ーーその子たちに串肉を渡したら着いてきてしまってな。1度、串肉屋に戻って子供たちを保護してくれる場所は無いのか聞いたら「孤児院に連れていくといいぞ!」と言われてな。それで連れて行ってみたんだが、そこにいたシスターという者に断られてしまってな」

「……ん? 待て待て、孤児院にシスター? その孤児院は教会だったのか?」

「そういえば、あのシスターという者はそう言ってたな。その教会にはこれ以上子供を保護出来るだけの金がないとも」

「それで寄付をしたと……?」

「あぁ、そうだ。その教会とやらもボロボロの建物でな。いつ崩れるかも分からぬ感じだったので、魔法で修繕もしておいた」

「あれ? お前さんこの前、魔力がほとんど無いと……」

「うむ。昨晩回復した分の魔力も使ってしまったから、今は本当にすっからかんだ。ふはははは!!!」


 笑い事なのだろうか? いや、多分本人が笑っているということは笑い事なのだろう。

 ケモ丸は「ハハハ……」と疲れたながらも笑って見せた。

 そんな2人の会話を見て、聞いていたツキミとこびとんはケモ丸に同情する。


 そこへ、おじさんが駆け足でカウンターの奥から戻ってきた。


「あったぞ、兄ちゃん!」


 ケモ丸がおじさんの方に視線を向けると、おじさんの両手には木製の刀が握られていた。黒く塗られたそれは、上品な光沢を放っている。

 ケモ丸はくたびれながらも、おじさんの元まで歩くと、その木刀を手に取る。


「ほぅ……これは、いい刀だ」

「そうだろう? 実はこれ、先代から譲り受けたものなんだが……邪魔で倉庫に眠らせたまま放置してたんだ。どうだ? 使えそうか?」

「あぁ、問題なさそうだ」

「そいつぁよかった! そいつのお代はいらねぇから持っていきな!」

「いいのか?」

「おう、いいってことよ! さっき失礼なこと言っちまったからな。その詫びだ!」

「かたじけない」


 ケモ丸はそう言うと、黒い木刀を腰の帯にさす。腰に刀を携えるその感触に、さっきまで精神的ダメージを負っていたケモ丸は元気を大きく取り戻した。


「俺の名前はこの店の名前にもあるとおり、ゴルドってんだ。よろしくな!」


 おじさんはそう言ってニカッと笑うと、手を伸ばしてくる。

 見たところゴルドはかなりの腕の持ち主のようで、ここに置いてある剣はどれも素晴らしい出来のものばかり。ここは贔屓にしておこう。とケモ丸は心に誓う。


「儂はケモ丸だ。それからあやつはツキミ。そしてーー」


 ケモ丸はゴルドの手を握ると、全員の紹介をする。


 こうしてケモ丸とツキミは、武器を手に入れること成功したのだった。

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