冒険者ギルド-2
冒険者ギルドの朝は早い。依頼に出ていた冒険者が早朝に帰ってくることも多いからだ。
そんな朝早くから、アメリアは仕事に勤しんでいた。
先程やってきた新人冒険者4人のギルドカードを持ってくるという簡単な仕事なのだが、彼女はその4人のせいで一睡もしていないのだ。
アメリアは大きな欠伸をしながら、廊下を進んでいく。廊下の両側にある無数の扉は、視界の端へと流れていく。
アメリアは廊下にある扉のひとつーー木でできた両扉の前で立ち止まると、それを両手で押し開く。
部屋の中はありとあらゆる書類が置かれていた。
壁は全て棚になっており、そこには分厚い本やファイルが並んでいる。
窓際には天然木で作られた重厚なデスクが置いてあり、その前には人2人まで座れる長椅子と長机か置いてあった。
その長机の上に置いてある長方形の木箱を両手に持って部屋を出る。
再び廊下を歩き、受付カウンターに繋がる扉の前まで来ると、扉のむこうから話し声が聞こえてくる。その声はガッツのものだった。
アメリアは会話の邪魔をしては悪いと思い、扉の前で立ち止まると、その話に耳を傾ける。ガッツは自身の小さい頃に体験したことを話していた。
アメリアは扉に背を任せると、目を閉じてそれを聞く。
ガッツのその声色はとても楽しそうで、だけど何処か悲しそうな、そんな声をしていた。
アメリアはガッツとは10年近くの付き合いになるが、彼が今みたいに自分の過去について話しているところを見るのはーー正確には扉越しに盗み聞きしているだけだがーー始めてだった。
今のガッツは赤毛に白髪が混じった、いい歳したおじさんという印象だが、小さい頃の彼はどんな姿をしていたのだろうか。きっと髪は全部綺麗な赤毛で、少し目つきの悪い子供だったのだろう。
ガッツの幼き頃の姿を、目を閉じて想像する。
やがて、ガッツは話を終えると、今度は手をパチパチと叩く音が聞こえてきた。
それにガッツは少し照れくさそうな声で何かを言うと、次にガッツとは別の声が聞こえてくる。
聞こえてくる話口調から察するに、その声はコバルトのものだろう。
コバルトはガッツに向けて少し長めに話すと、ガッツはそれに短く、一言一言噛み締めるようにして答える。その声はいつもとは違う。自信と夢に満ち溢れた、そんな声をしていた。
彼が決して見せることの無い夢見る子供のような一面を知れて良かったと思う反面、何故それを見せるのが私ではなく、あの新人4人なのかと嫉妬心を抱いてしまう。
アメリアはいちど深呼吸して扉から離れると、扉のドアノブに手をかけた。
扉を開くと、それに気づいたガッツと4人はこちらを見る。
「お待たせしました」
アメリアは両手に持っていた木箱をカウンターの上に置くと、言葉を続ける。
「こちらが皆様の冒険者ギルドカードとなります」
そう言ってアメリアは木箱の蓋を開ける。そこには4枚のカードが綺麗に並べられていた。それとは別に首から下げるプレートも置かれている。それらのカードにはそれぞれ名前とランクが書かれている。
4人はそれぞれ自分のカードを取ると、ケモ丸が箱の中身を見ながら質問してくる。
「この首飾りのようなものは?」
「こちらは皆様のランクを示すプレートとなります。Eランクは石のプレート、Dランクは木のプレートというように、誰でもそのプレートを見ればその人のランクが一目で分かるようになっております」
「なるほど」
ケモ丸は納得した様子で頷くと、アメリアの方を見て再度質問してくる。
「儂のランクはCだったか?」
「はい」
「ということは……この銅のプレートだな」
ケモ丸はそう言って銅のプレートを手に取ると、袖の中に仕舞った。
それを見てアメリアは、そのヒラヒラの袖の中は袋のみたいになってるのか。と感心する。
ケモ丸の隣に立つコバルトは、ケモ丸がプレートを仕舞ったのを見てから木箱に手を伸ばす。
「ケモ丸がそれということは、我はこれか」
コバルトが手に取ったのは、ケモ丸と同じくCランクを表す銅のプレート。彼はそれを、空中に現れた小さな黒い渦の中に投げる。
これに関しては本当にどうなっているのか分からない。こんな魔術、見たことも聞いたこともない。
隣にいるガッツの顔を見ると、彼も分かっていない様子で、その光景に首を傾げていた。
ギルマスであるガッツですら知らない魔術となると、あと知っていそうなのは魔術師の冒険者たちくらいだろうか。今度、適当な魔術師に聞いてみよう。とアメリアは心に決める。
「それじゃあ俺たちは木のプレートだな」
ツキミはそう言って木のプレートを2つとも取ると、片方をこびとんに渡す。
「ありがと」
こびとんは少し不貞腐れた様子でそれを受け取る。
ツキミはプレートを首にかけてこびとんを見ると、こびとんは渋々ながらもプレートを首に通した。そしてこびとんは、じいっと羨ましそうにケモ丸を見る。
ケモ丸はその視線に気づいてこびとんの方を振り向くと、ニヤッと小馬鹿にするような笑みを浮かべた。こびとんはそれに、ピクリと眉毛を動かす。
「まじぜってぇ抜かしてやる……」
すぐ隣にいるツキミにしか聞こえないような声で、こびとんはボソッとそう呟いた。
コバルトはふと、何かを思い出したかのような表情を浮かべると、アメリアに質問する。
「そういえば、もうクエストとやらは受けられるのか?」
「はい、可能ですよ」
「では、何か適当に良いクエストを見繕ってくれ」
「え、あ、はい。分かりました」
アメリアは少し驚くと、カウンターの下の書類に手を伸ばす。
基本的に冒険者がクエストを受ける際は、カウンター横にあるクエスト掲示板に貼ってあるものを見て、そこから冒険者自らが好みのクエストを選ぶ仕組みになっている。そのため、受付嬢にクエストを見繕ってもらうというのは非常に珍しいケースだ。
そういえば昨日、書類を書いてもらった時に、4人は全員が異国の文字を使っていた。きっと、この国の文字が読めないのだろう。
アメリアは束になった書類を1枚ずつ捲っていく。クエストというのはその冒険者がどれ程の実力を持っているかの判断材料になる。ましてやこの4人にとって今回が初クエストとなるのだ。慎重に選ばなければならない。
アメリアが書類と睨めっこしていると、隣にいたガッツが話しかけてくる。
「これなんかどうだ?」
そう言ってガッツが指さしたのはゴブリン討伐のクエストだった。何でも、森の奥にある洞窟にゴブリンが住み着いたとか。
4人の実力を見れば、悪く無いとは思う。だが、新人の冒険者が受けるようなクエストでは無い。
「彼らは新人ですよ?」
「いいんじゃないか? この4人は俺との模擬戦で驚かせるどころか、1人は俺よりも剣の実力があるわけだし。それにベニシュラを個人討伐できるほどの実力者もいるんだ。ゴブリン討伐には充分過ぎるくらいの戦闘力じゃないか?」
「ですがこのクエストは……」
確かに彼らの戦闘力だけでいえば、ゴブリン討伐など容易いものだろう。しかし、アメリアが懸念しているのはそこではない。
前にこのクエストを受けた冒険者から、100を超えるゴブリンがいたという報告が上がっているのだ。それを受け、近々、討伐隊が結成されることも決定している。
ゴブリンは単体では非常に弱いモンスターなのだが、数というのは多ければそれだけ驚異になる。
例えば、成人男性と子供が綱引きをしたとしよう。そしたら勝つのは成人男性だろう。しかし、それはあくまで1対1の話。もし子供が50人もいれば、間違いなく子供側が勝利するだろう。
いくら実力がある4人といえど、100を超えるゴブリンを相手にするのは流石に危険だ。
「大丈夫だって。こいつらは馬鹿じゃない。その数を見ればすぐに帰ってくるだろ」
「しかし……」
「それに、こいつらからの報告で数がより詳細に分かるかもしれないだろ?」
作戦を行う事前の調査は非常に大事だ。相手についての情報は細ければ細かいほど、こちらが有利に事を勧められる。これは政治や商売であっても同じことが言える。
「はぁ……分かりました」
アメリアがそう言うと、ガッツは嬉しそうに小さくガッツポーズをした。
アメリアはそれに笑みを浮かべると、クエストの紙をカウンターの上に置く。
「お待たせしました。こちらのゴブリンの討伐などいかがでしょうか?」
「ほぉ……ゴブリンの討伐か。して、詳細な内容は?」
コバルトのその質問は、アメリアが予想していたものだった。
アメリアは軽く咳払いすると、依頼の具体的な内容を話始める。
「ここ数週間、街の外に畑を持っている農家の方々から、森の外でゴブリンをみかけることが多くなったと多数報告が上がりました。そのため、この依頼クエストはこの街の領主様である"リンブルク・ルクセンブルク"様からのご依頼となります。また、前にこの依頼を受けた冒険者の方から100を超えるゴブリンを確認したとも報告が上がっております。達成報酬は12万リバ。ここまでで何かご質問はありますでしょうか?」
「いや、特にない」
コバルトは即答する。アメリアはコバルトの表情を伺う。彼はちゃんと理解した上で答えているようだ。
「ではこちらのクエストでよろしいでしょうか?」
「構わん」
アメリアは制服の胸ポケットから万年筆を手に取ると、依頼の紙に手馴れた様子で必要事項を書いていく。
「これでクエストの受注は完了です。尚、達成報酬の3割をギルドが徴収する決まりとなっております」
「了解した」
コバルトは首を縦に振る。冒険者の中には、この手数料に文句を言う奴が多い。そういう奴は基本的に、受付嬢に女性しかいないことをいい事に、脅すようにして文句を言うやつが殆どだ。
この支部ではギルドマスターであるガッツが目を光らせているため、そんな事をする輩はいないのだが。
「では、こちらをお持ちください」
アメリアはそう言って、依頼に書かれている目的地までの地図をカウンターの上に置いた。
ケモ丸はそれに軽く目を通してから袖の中に仕舞う。
「感謝する」
ケモ丸がそう言うと、4人はギルドを出ようと扉の方に振り返る。
アメリアは彼らの後ろ姿を見てとあることに気がつくと、4人を呼び止める。
「あの、今日も武器を持っていないようですが……それで行かれるおつもりですか?」
「俺は弓があるから大丈夫」
「我も問題ない」
コバルトとこびとんは、黙ったままの二人のほうを見る。
ツキミはハッとした様子でその場に固まっていた。ケモ丸は自分の腰をみて「あっ……」と声を漏らす。
ツキミはコバルトの方を見る。
「あの……目的地に行く前に武器を買いに行ってもいいですか?」
「儂も……」
「ふむ……」
コバルトはこびとんに視線を向けると、こびとんはコクッと頷いた。
「では行こうか。武器屋へ」
コバルトがそう言うと、4人は武器屋へと向かうべくギルドを出た。
アメリアは4人がギルドから出るを見届けると口を開く。
「あの人達、ほんとに大丈夫なんですかね?」
「さぁな……」
そう言うガッツの横顔をみて、アメリアはクスッと笑う。
「な、なんだよ」
「べつに?」
アメリアはニコッと笑ってそう言った。ガッツは小首を傾げる。
あなたの少年のような瞳を見れて嬉しかったからなんて、そんなこと言えるわけないじゃない。だって恥ずかしいし? それにーー。
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