冒険者ギルド-1

 冒険者ギルド。アルダム支部。

 冒険者の街と言われるだけあって、人種問わず多種多様な冒険者がいるその支部は、毎日がお祭りのように騒がしい。

 しかし、今は早朝ということもあって冒険者は人っ子一人おらず、聞こえてくる音は振り子時計の音が鳴るのみ。


 そこのクエスト受付カウンターに膝をつきながら、大きな欠伸をする受付嬢がひとり。本来であれば、たとえ冒険者がおらずとも、受付嬢がそのような勤務態度を取るのはよくない。


 アメリアはいま、とてつもない眠気に襲われていた。

 昨晩は新人4人組の冒険者パーティー。ーーしかもそのうちの2人は最初からCランクという規格外の新人たちのギルドカード制作に勤しみ、その後は冒険者ギルド本部への報告書を作り上げた訳で。


 つまるところ、アメリアは昨日寝ていないのだ。

 彼女がカウンターに膝を着いて欠伸するのは仕方ない。そう、仕方ないのだ。

 ガッツはそんなアメリアを見て、声をかける。


「眠そうだな」

「えぇ、まぁ……ふぁ〜」


 ギルドマスターであるガッツを目の前に、堂々と欠伸が出来るのは彼女がアルダム支部のサブギルドマスターだからなのか、それとも彼女の頑張りをガッツが知っているからなのか。はたまたその両方だからなのか。


 アメリアは欠伸で出た涙をそのままに、頬杖をつきながら後ろに立つガッツに話しかける。


「ギルマス〜」

「なんだ?」

「私が寝ないように何か面白い話でもしてください。私、このままだと寝てしまいそうです」

「そう言われてもなぁ〜……」


 ガッツは何かいい話題はないかと考えると、昨日の新人たちのことを思い出す。


「そういえば昨日の新人4人。何者なんだろうな?」

「さぁ〜、何者なんでしょう。コバルトさんは貴族っぽいですけど、それ以外の方々も不思議な格好をしてしましたし。どこかのお偉いさんの子息とかじゃないんですかね?」

「そう思って、昨日あの4人のことについて調べてみたんだ」

「え、本当ですか?」

「あ、あぁ」

「それで? どうだったんです?」


 予想外にも、この話題に食いついてきたアメリアにガッツは驚くと、話を続ける。


「それがな……何もわからなかったんだ」

「何も……ですか?」

「そう、何も。身分はおろか、出自すらもまるで分からなかった」

「ギルド本部に連絡は?」

「一応しておいたんだが。ギルド側からはまだ何も」

「そうですか」


 アメリアは少し残念そうな顔をする。ガッツは話題を変えようと、他になにかないか考える。


「んー……あっ、そうそう。その本部に連絡した時に面白い話を聞いたんだけどさ。なんでも、聖王国が勇者召喚をしたんだとか」

「勇者……?」

「しかも30人も」

「30人……!? なんでそんなに……」

「さぁな」

「何かよからぬ事を企んでなければいいんですが……」


 アメリアは真剣な表情で考える仕草をする。その時、冒険者ギルドの扉が開かれる。

 ギルド職員だろうか? アメリアは扉の方を見ると、そこには見覚えのある4つのシルエット。


「来たな……」


 ガッツはアメリアの後ろで小さく呟いた。

 その4つのシルエットはこちらに近づいてくると、その姿が鮮明に見えてくる。

 アメリアは座っていた椅子から滑らかに立ち上がると、ぺこりと頭を下げる。


「お待ちしておりました。コバルト様、ケモ丸様、ツキミ様、こびとん様」


 アメリアは頭をあげる。そこには、昨日の4人の新人冒険者が立っていた。


「うむ」


 先頭に立つコバルトが小さく頷く。

 アメリアは隣のガッツに一瞬だけ視線を向けると、ガッツはそれを見て1度だけ顔を縦に振る。それを確認してから、アメリアは口を開く。


「それでは、皆様のギルドカードをお持ちしますので少々お待ちください」

「えっ、ちょ……」


 アメリアはぺこりと頭を下げると、カウンター奥の扉へと向かった。4人の相手を全て投げられたガッツは、困った様子で後頭部をかく。


「あー……お前たち、早いな」

「不味かったか?」

「いや、そんなことは無い。むしろ、人が混む前に来るのはいい事だ」


 ガッツがそう言うと、コバルトの後ろにいるこびとんが頷きながら話し出す。


「密は避けなきゃいけないからね」

「SOCIALDISTANCE」

「三つの密を守りましょう」

「貴様ら……さっきから何を言っているんだ?」


 意味のわからない発言をする3人に、コバルトは何言ってんだこいつらと言わんばかりの顔をした。


「いや、こちらの事だ。それよりも、儂はずっと気になっていたのだがーー」


 ケモ丸はそこまで言いかけて天井を見上げる。


「ーーあの天井にある骨はなんだ?」


 その質問に、ガッツは腰に手を当てながら答える。


「あれはドラゴンの全身骨格だ」

「ほぉ、あれがドラゴンとは……。あれと似たような、前腕がなく、後脚と翼脚だけのやつもいるだろう? あれとは違うのか?」

「そいつは多分、ワイバーンだな」

ドラゴンワイバーンか。ちなみに、どちらが強いんだ?」

「それは間違いなくドラゴンだな。周囲への影響力、単体戦闘力ともにこの世界最強クラスと言ってもいい。俺も1度だけドラゴンをお目にしたことがあるが、あれは俺たち人間や亜人如きが戦っていい相手じゃねぇ。そんな事を思っちまうくらい、とてつもない存在だった」

「そんなにか」

「あぁ……」


 ガッツは天井の骨を見ながら、かつての事を思い出す。


「怖かったが、とても綺麗だった。あれはまだ、俺が駆け出しの冒険者だった頃の話だーー」



 ◇◇



 ガッツがまだ田舎の村から出てきたばかりの頃。その時のガッツの冒険者ランクはEの駆け出しだった。

 ガッツはいつものように薬草採取の常設クエストを受け、街の近くにある森へと来ていた。


 ずっと腰を曲げていたせいか、腰に痛みを感じて立ち上がると、腕を上にあげて背を伸ばす。上を見上げると、木々の隙間から晴れ模様が目に取れる。ここ最近、曇りばかり続いていた為、空が晴れている様子はどこか懐かしい感じがする。


「んーっ……それにしても今日は薬草少ないなぁ……」


 そう呟いて、森の奥の方を見る。


 Eランク冒険者は森の奥に足を踏み入れることは本来禁止されている。

 何故なら、森の奥に行けば行くほど、それだけ危険なモンスターが潜んでいるからだ。


 しかし、冒険者ギルドの話によると、不思議なことにココ最近のこの森にはモンスターの姿が殆ど見当たらないとの事。

 この不可思議な異変にギルドは1度、腕利きの冒険者を集めて大規模な調査も行ったのだが、何も異変は見つからなかったそうだ。


 今なら行けるかも……。


 そう思ったガッツは森の奥深くへと足を踏み入れたーー。


 ーー森の奥には、ガッツが探していた薬草は至る所に生えていた。ガッツはカバンいっぱいになるまで、薬草をひたすらに集める。

 そして気づいた時には、空は分厚い雲に覆われていた。どこからが聞こえてくる、夕方を報せる鳥の鳴き声が不気味に感じる。


 早く戻ろう。


 そう思って後ろを振り向くと、そこは見知らぬ森の中。ガッツが知っている景色はどこにもなく、帰り道が分からなくなっていた。

 やがて森には夜が訪れる。例え、この森からモンスターが見当たらなくなっているとはいえ、絶対にいないという保証はどこにもない。


 何とかして森から出ないと……。


 ガッツは自分の勘を頼りに、森の中を進んでいく。


 気づくと、足元を照らしていた光はもうなく、森の中を闇が支配していた。

 これ以上進むのは危険だと分かっていても、暗い森の中という恐怖に駆られて、足を止めることが出来なかった。


 早く、早く、森から抜け出さなきゃ。


 ガッツは暗い森の中で焦りと恐怖を覚えた。その時、近くの草木がガサガサと音を立てる。

 ガッツは音のした方に振り返ると、暗闇の中に2つの赤い眼光がこちらを覗いていた。

 自分よりも明らかに目線の高いその2つの赤い眼光を見て、モンスターのものであると瞬時に判断する。


「ひっ……」


 ガッツは小さく悲鳴をあげると、足元の見えない森の中で駆け出した。

 後ろからガサッと音が聞こえたかと思えば、何かがこちらに走って近づいてくる音が聞こえてくる。その足音を聞いて、後ろにいるのは四足歩行のモンスターであることが分かった。


 このまま直線で走り続ければ、モンスターに追いつかれることは明白。

 ガッツは周りの木々を利用して、できる限りジグザグに走ることを意識しながら、森の中を一心不乱に進み続ける。


 すると、闇夜の中に小さな光が見えた。


 冒険者が焚き火してるのかも!


 ようやく希望が見えてきたガッツは顔から笑顔が溢れると、その光をめざして走る。

 その光は近づくにつれて次第に大きくなると、小さく開けた場所に出た。後ろから聞こえていた足音はいつの間にか無くなっており、ガッツは大きく息を吐いてその場に座り込むと、目の前の光景に大きく目を見開いた。


 そこには、一匹のドラゴンが脚を曲げて佇んでいた。全長18mはあるだろうか。

 キラキラと輝く空色の鱗を全身に纏い、頭部には冠のような角が天に向かって伸びていた。

 細長い尾は鞭のようにしなっており、その先はまるで針のように尖っている。

 背中には巨大な翼を持っており、その翼は雲の隙間から僅かに零れる月の光を反射して青白い光を放っていた。


 凛として佇む一匹の龍の姿にガッツは目を奪われていると、その龍はガッツの存在に気づき、じぃっとこちらを見てくる。

 果たしてこの龍はどれ程長い時を生きてきたのだろうか。龍の瞳の奥には確かに叡智の光が宿っていた。


 ガッツは動けずにその場に座り込んでいると、龍は突如その場に立ち上がる。その立ち姿もまた実に優雅で美しく、凛々しさの中に勇ましさと知性を感じさせる。


 龍は雲の隙間から差し込む月の光に向かって視線を向けると、畳んでいた両翼を大きく広げ、天に向かって咆哮をあげた。

 その咆哮は凄まじく、両手で耳を塞がなければ鼓膜が破けてしまうと思ってしまうほどだ。

 咆哮と同時に、龍の全身から青白い稲妻が放たれ、それは周囲一帯に駆け巡った。


 すると、さっきまで鳴いていた鳥たちはピタリと鳴き止み、虫たちの声までも聞こえなくなる。さらにそれだけでなく、周囲から感じていたありとあらゆる生物たちの気配が消えたように思えた。


 龍は再びガッツを見ると、翼を大きくはためかせた。その風圧にガッツは両腕で目元を隠す。

 やがて龍が起こした風が止み、ガッツは再びその場所を見ると、そこに龍の姿は既になく。天を見上げると、遥か空の彼方へと龍は飛んでいってしまった。


 龍の姿が見えなくなると同時に、空を覆っていた分厚い雲は一瞬にして晴れる。

 地面を見ると、さっきまで何も見えなかった足元を、月の光が優しく照らしてくれていたーー。



 ◇◇



「ーーてな事があってな。それから俺は、あの龍を探すために冒険者の高みを目指すことにしたのさ」


 そんなかつての出来事をガッツが話終えると、4人は思わず手を叩いた。


「な、なんだよ。急に拍手なんかしやがって」

「良い話だったのでな。それだけだ。他意はない」

「それで、ガッツはその龍に会えたの?」

「あー、それが残念ながらあれ以来まだ会えてねぇんだ」


 ガッツは少し悔しそうな顔をしながら、ポリポリと頭をかいて言う。恐らくガッツは、その龍に会うことを諦めているのだろう。

 そんなことを知る由もなく、コバルトが口を開く。


「ならば、まだ夢は潰えていないということだな」

「ん……? あ、あぁ、そうなるな……?」

「良い事だ。幼き頃の夢を抱いたまま大人になるというのは思っている以上に難しいものだ。そんな幼き頃の夢を諦めずに頑張り、今はこうしてこの支部の頂点であるギルドマスターまで上り詰めた訳だ。貴殿のその夢、必ずや叶うだろう」


 コバルトはまるで何かを確信しているかのような表情でそう言い切った。

 ガッツはそれに少しだけ目を瞠ると、フッと小さく笑を零し、深く頷いた。


「……あぁ、そうだな。俺はまだ夢を諦めちゃいねぇ」


 そう言って上を見上げる彼の瞳に、夢を追いかける少年のような、小さくも熱い、真紅の炎が揺らめいたのを、4人は確かに見たのだった。

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