屋敷-3

 空が明るい青に染まりはじめ、東の山脈から太陽が顔を覗かせた頃。鳥たちは朝の報せを唄い、それを山から流れる冷たい風が運んでくる。


 そんな早朝。

 朝に強いケモ丸とツキミは、起きてこない2人を待ってる間。火の着いていない暖炉がある広い部屋でゆったりと寛いでいた。

 ツキミは、ソファに腰掛けているケモ丸を見る。ケモ丸は大きな欠伸をしながら、ソファの上で寝転がっていた。


「何か暖かい飲み物でもいれてこようか?」

「んぁ……? では、お願いする」


 ケモ丸の問いかけに上半身を起こすと、ケモ丸の方に振り返りそう言った。


「あいよ〜」


 ケモ丸に向けて手をヒラヒラさせながら、ツキミはその部屋を後にした。長い廊下を歩き、食堂に繋がる扉へと向かう。

 ツキミが食堂の扉を開こうと、ドアノブに手をかけた時。扉は、内側から物凄い勢いで開かれた。


「うわぁぁぁぁあ!!!」


 叫びながら食堂から出てきた人影は、ツキミにしがみついてきた。金色の髪に翠色の民族衣装のような衣服ーー扉から出てきたのはこびとんだった。瞳には涙を浮かべている。


「ど、どうした? こびとん?」

「ちょ、ちょちょちょちょ……」

「落ち着けこびとん! いったん深呼吸だ」


 こびとんはツキミに言われたとおり深呼吸する。その顔は少しだけ落ち着いたように見えた。


「落ち着いたか?」


 ツキミの問いにこびとんは頷いて答える。


「何があった? 言ってみろ」

「……さっき起きて、暖炉の部屋に向かおうとしてたんだ。その時、ここの前を通り過ぎようとしたら扉がちょっとだけ開いててさ。いい匂いがしてきたんだ。だから、誰か朝ごはん作ってるのかな? って思って覗いたら……。いたんだよ、調理場に」

「いたって何が……?」

「小さな女の子がいたんだよ。調理場に!」

「いやいや、この家には俺たちしかいないんだよ? そんな訳……」


 ツキミは若干の恐怖を覚えながら笑顔を作ると、小さく開いている扉の隙間から食堂の奥にある調理場を見る。その時、調理場から幼い女の子が食堂に出てくるのを見てしまった。

 ツキミの顔は真っ青に染まると、こびとんの手を強く掴んで、暖炉の部屋へと急いで戻る。突然走り出したツキミに、こびとんは困惑する。


「ど、どうしたのツキミ!?」

「お前の言ってた通りいやがった!」


 ツキミは廊下を走ると、勢いをそのままに暖炉の部屋の扉を開いた。

 扉が開いた音に驚いたケモ丸は、ソファから飛び上がると扉の方を見る。


「……! な、なんだ? お前さんら? 仲良く手なんか繋いで」

「けも!」

「は、はいっ」

「こっちきて!」

「あ、はい」


 ツキミのその勢いに負け、ケモ丸は素直について行くことにした。

 ツキミはこびとんの手を掴みながら、ケモ丸を連れて食堂前の扉へと戻る。ケモ丸を前に出し、扉の隙間から覗くように指示する。


「見てみろ」

「そんなんいる訳……。っ!」


 ケモ丸は扉の隙間を少しだけ覗くと、バッとこちらに振り向く。


「いるわ」

「だろ?」


 今度は3人で扉の隙間から、じっと女の子を見る。

 その子は調理場の中をうろちょろすると、調理場で作ったであろう料理を食堂の机の上に並べていく。


「なんか、こう見てると微笑ましいな」

「確かに」

「しかしあの少女、どこから入ってきたのやら……」


 その女の子は料理を机に置く時、身長がやや足りず、背伸びをして料理を並べていく。その少女は4人分の料理を机の上に置くと、調理場へと戻っていく。

 3人がそんなことを呟きながらその女の子の頑張りを見ていると、横から声がかかる。


「貴様ら何をしている?」


 その声に3人は咄嗟に振り向くと、そこにはコバルトがこちらを見て不思議そうな顔をしながら立っていた。

 コバルトは鼻をすんすんと鳴らして、空気中の匂いを嗅ぐ。


「ほぉ……何やらいい匂いがするな」


 コバルトはそう言うと、食堂の扉へと歩く。3人は思わずコバルトを避けた。


「なんだ? 入らぬのか?」

「いや、実はーー」


 ツキミは食堂に入らない事情を説明しようとするも時は既に遅し。それを聞く前にコバルトは食堂の扉を開いた。


「「「あっ……」」」


 3人は同時に声を漏らす。

 果たしてコバルトは、見知らぬ少女を見てどんな反応をするのか、少し気になるところだ。3人はゴクリと喉を鳴らす。


 コバルトは扉を開いて、目の前の光景を見ると、特に驚いた様子もなく入っていった。バタリと食堂の扉が閉まる。


「「「あれ?」」」


 3人は再び声を揃えると、扉を少しだけ開けて中を覗いてみる。


 食堂に入ったコバルトは適当な椅子に座る。すると、調理場から女の子がひょこっと顔を出す。

 コバルトはそれに気づいたのか、調理場の入口の方を見ると、ニコッと笑みを見せた。それを見て3人は、あいつってあんな柔らかい笑顔出来るのか……。と思う。


 女の子はコバルトを見るや否や、調理場から飛び出すと、コバルトに勢いよく抱きついた。これには3人も、目を見開いて驚愕を顔にする。


「まさかとは思うが……」


 その光景を見てケモ丸は、今朝方、コバルトの部屋に行って聞いたことを思い出す。

 こびとんとツキミが出くわしたという昨夜の出来事が何なのかを聞くべく、ケモ丸はコバルトの部屋へと行ったのだ。その時、コバルトは「妖精さんの悪戯だ」と言っていた。


「おはよう。オリビア」

「おはよう! おにいちゃん!」


 元気よく朝の挨拶を返す少女の頭を、コバルトは優しく撫でる。それに少女は「えへへ……」と嬉しそうな笑みを浮かべた。


「あっ、おにいちゃん。飲み物はいるかしら?」

「では、冷えたコーヒーを貰おうか。昨日、この家に来る前に買ってきたのだが」

「んー……あっ、あの棚にあったやつね!」

「多分それだ」

「少し待っててね!」


 少女はそう言うと、駆け足で調理場に入っていった。それを見た後、3人はゆっくりと食堂へと足を入れる。

 ケモ丸は自分の予想が当たっているかを確認するべく、コバルトに質問する。


「お、おい……」

「なんだ? ケモよ」

「今朝方、お前さんの言っていた"妖精さんの悪戯"というのは……」

「あぁ、彼女の仕業だ」

「やっぱりか……」


 そんな2人の会話を聞いていたこびとんは、少し困惑した様子で聞いてくる。


「ねぇ、さっきからなんの話しをしてるの……?」


 どうやらツキミも気になっていたようで、こびとんがそう質問すると、ツキミはコクコクと頷く。

 そんな2人の疑問に、ケモ丸が答える。


「昨晩、お前さんたちが人形に追われていたと言っていただろう?」

「う、うん……?」

「もしかして……」


 ツキミは何かを察したのか調理場に目を向ける。こびとんは未だに理解出来ていないのか小首を傾げる。


「つまりだ。お前さんたちがあった現象はあの少女が原因ということだ」

「なるほどね……!」


 ケモ丸がそこまで話してようやく理解できたこびとんは、納得した様子で手を叩くと、再び首を傾げる。


「ん? 待って、あの子のせい……?」

「あ、あぁ」


 ケモ丸は頷くと、それを確認したこびとんは握りこぶしを作る。


「あいつのせいかぁぁあ!!!」


 こびとんはそう叫びながら、拳を振り上げて調理場へと走る。

 ちくしょー! あいつのせいで昨日寝れなかったんだよ! まじ許さねぇ!


 こびとんはそんなことを思いながら、調理場に足を踏み入れようとしたその時。


「おい……」


 背後から、今までとは質の違うコバルトの声が聞こえてくる。その声は低く、怒りという感情を感じさせる。それと同時にとてつもない威圧感がこびとんを襲った。


「は、はい……」


 こびとんは恐怖を感じながら後ろを振り向くと、コバルトは顔を俯かせながら口を開く。


「貴様とはいえ、オリビアに何かしたら容赦はせんぞ?」


 コバルトから鋭く蒼い眼光に、こびとんは全身を槍で穿かれた感覚を覚える。


「あ、あい……」


 こびとんは涙を目尻いっぱいに溜めながら小さな声で答える。すると、コバルトから放たれていた威圧感はスっと消えた。

 涙を浮かべるこびとんと、それを見ていたケモ丸とツキミは思う。コバルト……こいつロリコンだ……! と。


 そんな所にオリビアは調理場からコーヒーを持って戻ってくると、コバルトの前にそれを置く。


「どーぞ!」

「ありがとう」


 コバルトは目の前に置かれたコーヒーカップに口をつける。


「……ど、どうかしら?」

美味びみ

「よかったぁ」


 オリビアはホッとした表情を見せると、今度は周りを不思議そうな表情をしながらキョロキョロと見回す。


「おにいちゃん、なんでこの人たちはずっと立っているの?」


 オリビアのその質問を聞いて、コバルトは3人に鋭い視線を向ける。

 その視線を受けて3人は、サッと適当な椅子に腰掛ける。まるで合図でもあるかのように3人は同時に、ロリコン怖ぇぇぇえ!!! と、そんなことを思った。


 コバルトの隣に座ったケモ丸は、恐る恐る少女のことについて聞いてみる。


「な、なぁ、コバルト。その少女が妖精さん……なのか?」

「うむ、その通りだ。名をオリビアという。この屋敷のシルキーだ」


 コバルトは隣に立つ少女を紹介する。

 オリビアと呼ばれたその子は、白いシルクのドレスのスカートの裾を両手でつまみ、軽くスカートをもちあげると、腰を曲げて深々と頭を下げる。


「ご紹介にあずかりました。オリビアですわ。この家のシルキーですの」


 オリビアは3人にそう挨拶すると、ニコッと笑顔を見せた。


「ほぉ……凄いな」

「こんな小さな子がする挨拶とは思えないな」

「ほんとだね」

「こんなに幼き少女でもこんなに素晴らしい挨拶ができるのだ。こびとん、お前さんも見習ったらどうだ?」

「それ、どういう意味……?」


 ケモ丸は意地悪な笑みを浮かべながらこびとんをみる。こびとんはやや不貞腐れた様子で、ケモ丸を睨んだ。


「ふふっ、面白い人達ですわね。でもわたくし、もう立派な1人の女性レディでしてよ。小さな子だとか、幼き少女とか言わないでくださいませ」


 そう言って胸を貼るオリビアを見て、3人は感心する。すっげぇこの子、コバルトの膝に座りながらそんなこと言えるとか将来大物になるなぁ。と。


「そうよね? おにいちゃん?」

「ん? そうだな。オリビアは立派な女性レディだ」

「えへへ……」


 コバルトはコーヒーをひと口すすると、コーヒーカップを皿に上にカチャリと音を立てて置き、膝の上に座るオリビアの頭を撫でながら言う。オリビアは頭を撫でられて、満足気な笑みを浮かべた。


 これが立派な女性レディなのか……。3人はそんなことを思ったが、口にはできなかった。何故かって? そんなことを言ったらオリビアが機嫌を損ねるかもしれない。そうなればコバルトがキレることなど容易く想像ができるからだ。


「そ、それでは食べますか」


 ケモ丸が少しぎこちない様子で手を合わせてそう言うと、こびとんとツキミはそれに合わせて手を合わせる。それを確認してから、ケモ丸は食べる前の挨拶を口にした。


「いただきます」

「「いただきます」」

「いただこう」


 コバルトは3人にやや遅れて言うと、4人は同時に朝食に手をつけた。

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