屋敷-2
気づいた時には既に、空は暗くなっており、無数の星々が輝く時間になっていた。
窓を開ければ風に吹かれて白いカーテンはふわりと揺れ、心地よい冷たさの風は優しく肌を撫でる。目を閉じて耳を澄ませば、虫の鳴き声や
こびとんは自分の部屋に入るや否や、ベッドに身を投げる。
この世界に来て2日目。斧の奴に追いかけ回されたり、冒険者になったり……今日だけで色んなことがあったなぁ。前の世界じゃ、世界樹を護るだけでなーんも楽しいこと無かったし。この世界サイコー!
こびとんは「ん〜っ」と背を伸ばすと、空いた窓を見る。
ゆらゆらと揺れる薄手のカーテンは、外の景色を見せたり隠したり。
フワッと大きくカーテンが揺れたかと思えば、突然そこにクマのぬいぐるみが現れた。
こびとんは思わず目を点にすると、ゆ〜っくりと壁の方を向く。
えっ……? なにあれ。あんなん部屋にあったっけ……?
チラッと、ほんの一瞬だけ窓の方を見る。そこには確かに、クマのぬいぐるみがあった。
ないわ〜! あんなんなかったわ〜!
ギュッと強く目を閉じる。
そうだ、見なかったことにしよう。うん、それがいい。このまま寝ちゃおう。羊が1匹……羊が2匹……。
羊を数えていると、ガタッと後ろの方から音がする。
振り向いたらヤバいけど、めっちゃ気になる……! いやでも見たらぜったいまずいし。いや、ちょっとだけ、ちょっとだけなら……。
恐る恐る後ろを振り向くと、窓のところからクマのぬいぐるみは姿を消していた。こびとんは安堵に胸を撫で下ろして息を吐くと、目を閉じて仰向けになる。
なーんだ、いないじゃん。きっとあれだ、疲れてて幻覚見ちゃったんだな。そうに違いな……い……。
こびとんが目を開いた先、部屋の天井にさっきのクマのぬいぐるみが張り付いていた。
「やっぱいんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!!」
こびとんはかけていた毛布を投げ捨てるようにして退かし、ベッドから飛び降りると、猛ダッシュで部屋を飛び出した。
なんだよあのクマ! ぬいぐるみが天井に張り付けるとか初めて聞いたんですけど!!?
こびとんは走りながら後ろを見ると、クマのぬいぐるみは歩いて部屋から出てくると、ガクッと90°首を曲げてこちらを見てきた。
「こっっっっっわっっっっ!!!!」
嘘でしょ? え、ぬいぐるみって歩けたっけ? いやいや、そんなわけないだろ!?
「と、とりあえずケモ丸の部屋に向かおう」
こびとんは後ろを振り返ることなく、ただひたすらに、ケモ丸の部屋をめざして廊下を走る。
ケモ丸の部屋の前で急ブレーキをかけ、扉を勢いよく開く。ケモ丸の部屋のベッドの上に、金色の眼をした人影が立っていた。その人影はこちらを見ると、叫び声をあげる。
「うわぁぁぁぁああああ!!!」
「ぎぃやぁぁぁぁあああ!!! ってなんだツキミか……驚かすなよ」
「そそそ、それはこっちのセリフだ!」
ツキミはそう言うと、恐怖で溢れた涙に濡れた目元を袖で拭う。
「こ、こびとんはどうしてここに?」
「窓からクマのぬいぐるみが現れてさ。もしかしてツキミも?」
「いや、俺はベッドの中からゴシック人形が……」
「なにそれ怖すぎでしょ」
俺んとこクマのぬいぐるみで良かったわ……。とこびとんは思ったが、それを口には出さない。
「まぁ、お互い無事でよかった」
「ほんとそう……だ……ね……」
ツキミはこっちを見ると口篭りはじめ、顔がどんどん青ざめていく。
「え、なに……」
「こびとん……お前の肩……」
それを言われた瞬間、こびとんは自分の右肩に違和感を感じた。恐る恐る、自分の右肩を見る。
肩の上に、クマのぬいぐるみが座っていた。クマのぬいぐるみはこちらに首を向けると、挨拶するかのように片腕をあげる。
「は、ははは……」
こびとんはそれに、恐怖に浸った笑顔で返事をする。
「なんだそれぇぇぇぇえええ!!!!」
こびとんは器用に、恐怖の叫びとツッコミを同時に行うと、バタン。と音がなるほどの勢いで扉を開いて部屋を出た。
「こびとん!とりあえずケモ丸を探すぞ!」
「大っ賛っ成っ!」
こびとんとツキミは、それはもう必死になって廊下を走った。
ケモ丸を探し回ること約5分。
風呂場に繋がるスライド式の扉の前を通り過ぎようとした時、その扉がカラカラと音を立てて開く。
そこから出てきたのは白く光る眼をもった、尻尾の生えた大きな人影。
「ぎぃやぁぁぁあああ!!!!」
「うわぁぁぁぁあああ!!!!」
「けもぉぉぉぉおおお!!!!」
こびとんとツキミは反射的に叫んでしまい。その人影は、2人の叫び声に驚いて絶叫する。
その人影はまるで昭和アニメのように両腕、片脚をあげて驚く。その正体はケモ丸だった。
こびとんとツキミは、ホッと息を吐く。
「なんだケモかぁ……」
「やっと見つけた……」
「な、なんなんだお前さんらは。廊下を走ってきたかと思えば、儂を見て叫ぶし。それのせいで儂、いま変な声出たんだけど」
「ごめんごめん、ビックリしちゃって」
驚いた体勢のままでそんなことを言うケモ丸に、ツキミはペロッと舌先を出して謝る。
ケモ丸は「まったく……」と声を漏らすと、普段通りの立ち方に戻る。
「それで? そんなに慌てた様子でどうしたんだ?」
「いや実はさ、人形たちに追われてて……」
「人形たち? それは今、お前さんらの後ろにいるゴシック人形とクマのぬいぐるみのことか?」
「「え……」」
こびとんとツキミは声を揃えて後ろを振り向くと、廊下に中央に座るクマのぬいぐるみとゴシック人形がそこにいた。
2人は顔を青く染めると、即座にケモ丸の後ろに隠れる。
「ふむ……」
ケモ丸は興味深そうに2体の人形を見ると、試しに近づいてみる。
「え、ちょ……」
「まじ……?」
着物の裾を掴むようにして後ろに隠れていた2人は、突然歩き出したケモ丸に思わず、着物の裾から手を離す。
ケモ丸は人形の目の前まで来ると、じっと見つめた後、両方の人形を手に取る。
「……何も無いようだが?」
ケモ丸はそう言ってぬいぐるみとゴシック人形を2人に見せた。ケモ丸の手の内にいる人形たちは、誰もがよく知る人形のように脱力している。
「あ、あれ……? さっきまで首据わってたのに。ねぇ、ツキミ」
「う、うん。こんなにだらんとしてなかったというか、むしろ機敏すぎたというか」
ケモ丸はもう一度手元の人形たちを見てみるが、やはりそれらが動く気配は微塵も感じられない。
「まぁ、朝になったらコバルトに聞いてみるとしよう。それじゃあ、おやすみ」
そう言って自室に戻ろうとするケモ丸を、こびとんとツキミは手を伸ばして掴む。
「な、なんだ、お前さんら」
「えーっと、トイレ着いてきてくんね……?」
「俺も……」
「はぁ……やれやれ」
申し訳なさを含んだ笑みを浮かべながらお願いしてくるツキミとこびとんに、ケモ丸はため息を吐くと、仕方なく2人のトイレに付き添った。
確かに、さっきまで人形たちは動いていた。では何故、人形たちは突然動かなくなったのかーー。
ーーそれはこびとんが叫び声を上げた直後まで遡るーー。
こびとんが叫び声を上げた直後。
ベッドの上で寝転がっていたコバルトは、その声に思わず目を開く。
何かあったのだろうか。
こびとんの元へと向かうべく、ベッドを降りようとすると、部屋のすぐ目の前の廊下に何者かの気配があった。
その気配は、当然ながらこびとんのものでは無い。ましてや、ケモ丸のものでもなければ、ツキミのものでもなかった。
コバルトはベッドに座ると、扉に向かって声をかける。
「入れ」
すると、まるでその言葉を理解しているかのように、部屋の扉がゆっくりと開いた。しかし、開いた扉の向こうには誰もおらず。廊下にポツリと、手作り感に溢れたボロボロの人形が置かれていた。
コバルトはベッドから立ち上がると、その人形を手に取り、窓の近くの机の上に置いた。しばらくの間、コバルトはじっとその人形を見ていると、人形はまるで意志を持っているかのように動き始めた。机の上で楽しげに飛んだり、走って転けたりする。
コバルトはそれを微笑を浮かべながら見ていると、ふとどこからか、女の子の声が聞こえてくる。
"怖くないの……?"
その可愛らしい声は少し震えているようにも聞こえた。
「怖い訳なかろう。寧ろ微笑ましいくらいだ」
コバルトは人形の方を見ながら、優しげな笑みを浮かべてそう言う。
"そっか……"
女の子の声色が、僅かに嬉しそうなものに変わったことに、コバルトは気づく。
「驚かそうと思ったのか?」
虚空に投げたその質問に、声は慌てた様子で返答する。
"ううん。みつけて欲しかっただけなの"
今度は少しだけ悲しげな声色に変わる。
果たして、コロコロと声色が変わる声の持ち主は一体、どれほどの時間を一人で過ごしてきたのだろうか。長い時、封印されていたコバルトは、この声の持ち主の気持ちは痛いほど分かってしまう。話し相手が1人も居ないというのは、それだけで苦痛なのだ。
「……なぁ、姿を見せてはくれないか? こうして話せるのだ。顔を合わせた方が会話は楽しかろう?」
コバルトがそう言うと、人形が置いてある机の椅子に、ほわほわと白い光の粒が集まりだす。
小さな光の粒は子供の姿を形取ると、可愛らしい少女が椅子の上に姿を見せた。その少女は白のシルクのドレスを着ており、彼女の周囲はほんのり白く発光しており、よく見ると少女の体は透けている。
「霊……いや、妖精か」
「妖精?」
少女は首を傾げる。どうやら、少女は自分が妖精であることを知らないらしい。
「わたし、幽霊じゃないの?」
「幽霊かと思ったが、どうやら違うようだ」
そう、少女は幽霊ではなく妖精だ。
妖精と幽霊とではまるで違う存在である。見間違えることなど有り得ないと言ってもいい。しかし何故、妖精である彼女を幽霊と見間違えたのか。それは、彼女の存在が特殊であるからだ。
この少女は、シルキーと呼ばれる妖精だ。
シルキーとは、何世紀にも続く旧家に現れると言われている妖精である。また、女の亡霊とも言われている。簡単に説明するならば、幽霊と妖精のハーフのようなものだ。
家事などの手伝いをしてくれる妖精と認識されているが、怒らせると嫌がらせや怖がらせたりしてその家から住人を追い出してしまうこともあるとか。
しかし、彼女は自分の事をシルキーであることを認識しておらず、幽霊だと思い込んでいた様子。
コバルトはひとつの仮説を立てると、それを決定的なものとすべく、シルキーにひとつ質問する。
「シルキーよ。君は、この屋敷で亡くなったのか?」
「シルキーってわたしのこと?」
「あぁ、そうだ」
「わたしはシルキーじゃなくてオリビアよ」
「いや、そうではなくシルキーというのはだな……」
「……?」
「……まぁいい。それでオリビア、君はここで亡くなったのか?」
「うん、そうよ」
どうやら、仮説は正しかったらしい。
シルキーというのはその家で亡くなった女の亡霊が、長い年月をかけて妖精ーーシルキーへと変化するのだろう。
では、どうして亡霊が妖精へと変化ことができたのか。またひとつ、コバルトは仮説を立てると、オリビアに質問する。
「オリビアは、この家が好きかね?」
「うん! だいすき!」
オリビアは満面の笑みで答えてくれた。
恐らく、オリビアがこの家を常に想い続けていたからこそ、オリビアは亡霊からシルキーへと変化したのだろう。
「なぁ、オリビアよ」
「なぁに? おにいちゃん?」
「お兄……ちゃん? そ、それは我のことか?」
「うん!」
な、なんだこの胸の高鳴りは……!
コバルトはドクドクと脈打つ胸を両手で押さえると、蹲ってから何度も深く呼吸をする。
「おにいちゃん……?」
「グハッ……!」
心配して顔を覗き込んでくるオリビアから放たれた「おにいちゃん」攻撃は、コバルトの胸にクリティカルヒット。
コバルトは勢いよく息を吐くと、後ろにバタリと倒れる。
「だ、大丈夫……?」
「あ、あぁ……かなり強烈な一撃だが、問題ない」
「……?」
何を言っているのか分からないと言った表情で、オリビアは首を傾げた。
「まぁなに、気にするな。それよりもだーー」
コバルトは寝転がったままオリビアを見ると、言葉を続ける。
「ーーこの家を綺麗にしてくれていたのはオリビアであろう?」
その問いに、オリビアは小さく頷く。
「この家を守ってくれたこと。感謝するぞ、オリビア。そのお陰で、我々はここに住むことが出来た訳だ。そしてこれからもよろしくたの……っ!?」
感謝の言葉の最後の最後。突然、涙を流し始めたオリビアを見て、コバルトは慌てて起き上がる。
「ど、どうした!?」
「大丈夫よ。うれしいだけだから」
「そ、そうか?」
「うん……!」
オリビアは今日一番の笑顔で頷いた。すると、オリビアの身体は白く発光し始める。
オリビアはドレスの袖で涙を拭うと、ヒラヒラと手を振る。
「それじゃあ、またあそんでね。おにいちゃん」
「あぁ、いつでも遊んでやろう」
「やくそくだからね」
オリビアはそう言い残すと、どこかへと消えていった。
言っておくが、オリビアはシルキーであるため、成仏したわけでも、この世からいなくなった訳でもない。いわゆる、時間制限というやつだろう。
コバルトは机の上に転がっている人形を見やすいところに置くと、ベッドに潜り、やがて眠りにつく。
そして翌日の朝。
ケモ丸はコバルトの部屋に行き、こびとんとツキミが遭遇したという昨晩の出来事を話した。するとコバルトはフッと小さく笑うと、その出来事についてこう説明した。
「妖精さんの悪戯だ」と。
普段のコバルトからは想像もできないファンシーな回答に、ケモ丸は自分の耳を疑ったそうだ。
そんな感じで、4人は無事に拠点を手に入れることに成功したのだった。
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