ゴブリンダンジョン-1

 4人は依頼の目的地がある森へと来ていた。森と言っても魂の処刑者ソウル・アンリュゾッドと出会った森とはまた別の森である。

 この森は『駆け出しの森』と呼ばれており、その名の通り駆け出しの冒険者がよく来る森である。

 この森に住まうモンスターは角兎ホーン・ラビット小鬼ゴブリンなどの弱いモンスターが多い。

 たまにCランクを超えるモンスターが現れたりすることもあるらしく、過去にはドラゴンが現れたこともあるとか。

 そのため、本来であれば駆け出しの冒険者が森の奥に入ることは出来ない。ましてや冒険者として初の依頼で森の奥に入れるというのは、かなり特殊なことなのだ。


 ケモ丸に地図を任せ、4人は森の奥へと進んでいく。

 森に入ってから一向に周りの景色が変わらないことに、こびとんは不安を覚える。


「ねぇ、ケモ丸。ほんとにあってるの?」

「順調だ」

「な、ならいいけど」


 ケモ丸は地図を見ながら即答した。それにこびとんは安堵の息をもらす。

 その時、最後尾を歩いていたコバルトが"何か"に気づいた様子で、急に立ち止まった。

 どうやらケモ丸もその"何か"の存在に気づいているようで、手を横に広げて全員に止まるようジェスチャーすると、口元に人差し指を当てて静かにするように指示する。

 それを見てツキミはそれにコクリと深く頷き、こびとんは両手で口元を覆った。

 最後尾にいたコバルトがケモ丸のすぐ隣まで来ると、ケモ丸はコバルトにだけ聞こえるような小さな声で耳打ちする。


「この先だな?」

「あぁ、そのようだ」


 コバルトが頷いたのを見て、ケモ丸は後ろの2人の方を振り向くと、腰を低くするように手で指示をだす。

 それにツキミとこびとんは何度か頷くと、体制を低くした。ケモ丸も腰を曲げて頭の位置を周りの草木よりも低くすると、そろりそろりと前へ進む。

 少し進んでケモ丸はピタッと止まると、覗くようにして草木から僅かに顔を出す。


 ケモ丸の視界に映ったのは三体の小さなもの達の姿。

 肌は深い緑色で腰には小汚い布を巻いており、手には棍棒や盾、剣を持っている奴もいた。

 そいつらの耳や鼻、眼や口といった顔のパーツはどれも大きい。


 ツキミとこびとんも顔を覗かせると、目の前にいる三体のモンスターの姿を見て驚く。


「あれがゴブリンか……」

「やっぱゲームとはリアルさが全然違うな……」


 2人はゴブリンたちを見てそう呟いた。


「ゴブリンとは懐かしい」


 そう言うコバルトの声は3人の頭の上から聞こえてきた。

 3人は後ろを見上げると、コバルトは身を隠そうとは一切しておらず、堂々と立ってゴブリンを見ていた。


「ばっ……バレるだろうが……!」

「なんだ? どうせ奴らを殺すのだろう? バレても構わんではないか」

「いや奇襲を仕掛けようとだな……」


 ケモ丸は隠れる理由を説明すると、コバルトは「あぁ、なるほど」と納得した表情を浮かべる。


「ギィャッ!」


 甲高い耳障りな声が草木の向こうから聞こえてきた。

 コバルトの方を見ていたケモ丸は、まさかと思いゴブリンの方に視線を向けると、三体のうち一体のゴブリンがコバルトを見ていた。


「「「あっ……」」」


 草木に隠れていた3人は同時に声を漏らす。


「ギヤァァァァア!!!!」


 一匹のゴブリンが奇声を上げると、三体のゴブリンは森の奥へ逃げ出した。


「くそっ……お前さんら、あいつらを追うぞ!」

「分かった!」

「おう!」


 ケモ丸はツキミとこびとんを後ろに連れるようにして、逃げ出したゴブリンたちの後を追う。

 一方、完全に戦犯であるコバルトはボケーッと突っ立っていると、3人の姿が見えなくなってからハッとして、ボチボチと3人の後を追って歩き始めた。


 ゴブリンの後を走って追う3人は、ゴブリンたちの姿を見失わないように必死に食らいつく。

 しかし、この森に慣れていないことと、ゴブリンが小さいこともあり、見失わないように後を追うのは非常に困難である。

 ケモ丸は走りながら、どうやってゴブリンの姿を見失わないようにするかを考えると、こびとんの方を振り向く。


「こびとん! 空は飛べるか?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「なら頼んだ! 奴らを見失わないように飛んでくれ!」

「おっけー!」


 こびとんは元気よく返事すると、ザザーッと急ブレーキをかけて立ち止まる。


「ふんっ……!」


 こびとんはその場に身体を屈めると、踏ん張るようにして背中に力を込める。

 そんなこびとんをケモ丸はジトッと半目で見る。


「なんだこびとん……うんこ漏らしそうなのか?」

「ち、違うわいっ!」

「恥ずかしいのか? 後ろ向いといてやるから早く終わらせるんだぞ」

「違うっつってんだろ! ツキミまで後ろ向いてんじゃねぇよ!」


 こびとんは即否定すると、 更に力を込める。すると、こびとんの背中から虹色の巨大な羽根が現れる。


「ふぅ……」


 こびとんは脱力するように息を漏らす。


「やっぱりうんこ漏らしたんじゃないか」

「いやどう見たって違うだろ! 羽根だろーがよ! そんなこと言うなら飛んでやんねーぞ!」

「悪かった悪かった。奴らの追跡頼んだぞ。こびとん」

「ったく……街に帰ったら何か奢れよ!」

「仕方ない……」

「決まりだからな!」


 こびとんはそう声を張ると、空中に飛び上がる。その羽ばたきに周りの草木は揺れ、ケモ丸とツキミの髪がなびく。

 こびとんは浮かび上がった空中に少し留まると、周りを見渡してゴブリンたちの姿を見つける。


「……いた! あっちだ!」


 こびとんはそう言って指さすと、勢いよく飛んでいく。

 その速度にケモ丸とツキミは思わず呟く。


「速いな……」

「追えるかな……?」

「頑張るしかなかろう」

「そうだな」


 2人はそれぞれ体勢を低くすると、空を飛ぶこびとんの後を追って走り出す。

 しばらくして、こびとんはゴブリンたちの頭上まで追いつくと、ゴブリンたちの速さに合わせて速度を落とす。

 ちゃんと2人は着いて来れてるだろうか。こびとんは後ろを向くと、2人は案外余裕そうな表情でこちらへと走ってきていた。

 よかった、ちゃんと来てる。そう思ってこびとんが前を向くと、大きな木が目の前まで迫っていた。


「うわっ!」


 こびとんはそれを避ける事が出来ずに、顔面から木にぶつかる。

 こびとんの鼻は真っ赤に染まると、涙目になりながら2人の方を振り向く。

 くっそ〜……こうなったのもケモ丸のせいだ! 街に帰ったら奢ってもらうの追加だな!

 こびとんはそんなことを思いながら、再度ゴブリンたちを見つけて、急いで追跡する。


 一方、こびとんに睨まれたケモ丸はと言うとーーこびとんが木にぶつかったのを見て「あっ……」と思わず口を開く。

 そしてこびとんはこちらを見てくる。その瞳は何かを恨んでいるような、そんな視線だ。


「あいつ、いま絶対儂のせいにしたよな?」

「た、多分……」


 ケモ丸の問いに、ツキミは「ハハッ……」と笑いながら答えた。



 しばらくゴブリンとの追いかけっこを続けること約10分。

 空を飛んでいたこびとんは、一本の気の前で止まると、地上にふわりと降りる。どうやら、目的地に着いたようだ。

 ケモ丸とツキミもそこまで来ると、3人はサッと身体を屈める。そして3人は背の高い草から顔を覗かせる。


「ほらあそこ……」


 こびとんがそう言って視線を向けたのは、崖の側面に出来た大きな洞窟。

 直径5mほどあるその入口の前には、30匹近くのゴブリンたちがたむろしていた。

 3人が追っていたゴブリンたちは、洞窟の中へとそそくさと入っていく。


 しまった……。


 ケモ丸はそれを見て小さく舌打ちをする。

 恐らくあのゴブリンたちは、近くに敵(自分たち)がいることを群れのボスに伝えに行ったのだろう。そうなれば、この入口付近にいるゴブリンどもだけでなく、洞窟内にいる大量のゴブリンが森に進出してくることになる。


「これは……ちと不味いな。なんとかしなくては……」

「でもどうする? ゴブリンたち、あの中に入ってっちゃったけど」

「……1度ギルドに戻って報告するべきだな。そして、ランクの低い冒険者たちにはこの森に立ち入らないようにして貰わなくてはならんな」


 ケモ丸のその言葉に2人は頷くと、来た道を戻るべく後ろを振り向く。

 そこには、先程戦犯をかましたばかりのコバルトが立っていた。


「貴様ら、そんな所で何をしている?」


 コバルトは首を傾げながら、そんなことを聞いてくる。

 あー、そうだった。そういえばこいつがいたんだった……。ケモ丸は手で頭を抱えると、ため息を吐く。


「もしかして我、また何かやっちゃった?」


 コバルトのその一言に、ケモ丸の心の中にある何かがプチッと切れる音がした。


「け、ケモ丸……?」


 突然様子が変わったケモ丸に気づいたこびとんは、ケモ丸の名を呼ぶが、その声はケモ丸の耳には届かない。

 ケモ丸は肺いっぱいに息を吸い込むと、ザッと音を立てて立ち上がる。


「てめぇこのやろう!! 同じことを繰り返しやがって!! 」

「おぉ、何だ急に」

「なんだじゃねぇよ! あーもーなんなの? なんでこんなに上手くいかないかなぁ!?」

「まぁ落ち着け。ケモ丸 」

「落ち着けじゃねぇよ! 誰のせいでこんなキレてるか分かってる!?」

「……あ、我か」

「気づくのがおせぇんだよこのやろう! お前さんのせいで奴らに儂らの存在がバレたじゃねぇか!!!」

「いや我、気配遮断の魔法を己にかけてたからゴブリン共には見つかっていなかったのだが……」

「へ……?」


 それを聞いてケモ丸は冷静になると、ゴブリンたちの方をゆっくりと振り向く。

 ゴブリンたちは明らかにケモ丸のことだけを見ていた。ケモ丸は再びコバルトの方を向いて1度深呼吸すると、自分の頭にコツンと握り拳を当てた。


「もしかして儂、何かやっちゃいました?」

「うっわ……」

「てへぺろとか今日日見ねぇんだけど……」


 ケモ丸のそんな姿を見て、ツキミとこびとんは若干引く。


「えーっと……こ、こうか?」


 コバルトはケモ丸が何をしているのか分からず、小首を傾げながらとりあえずケモ丸の真似をした。


「そ、そうそう、そんな感じ〜。さ、さぁて、気を取り直して……と」


 ケモ丸は作った笑顔のままゴブリンたちを見ると、再び大きく空気を吸いーー


「ーー八つ当たりじゃあぁぁぁあ!!!!!!」


 ケモ丸はゴブリンたちに向けて大声でそう叫ぶと、腰の木刀を抜く。


「わはははははははは!!!!!!」


 高笑いをあげながら斬りかかってくる大男にゴブリンたちは大混乱。悲痛な叫びを上げながら、ゴブリンたちは次々と叩き斬られていく。


「流石はケモ丸。最初の雄叫びで敵を怯ませるとは。さらに、その隙を着いての奇襲。これにはゴブリン共も連携をとる事は出来ぬ」

「そういう事だったのか……」


 ケモ丸の行動を淡々と解説するコバルト。それを聞いたツキミは、「なるほどなぁ」と何度も頷く。


「いや、多分そんなんじゃないでしょ」


 こびとんは、ケモ丸の奇行に感心する2人に思わずツッコミを入れた。


 しばらくケモ丸を止めることなく放置していると、いつの間にか入口前のゴブリン共は全て地面に倒れていた。

 その中央で立ち尽くすケモ丸に、こびとんは声をかける。


「お、おい……」


 その声にケモ丸の耳がピクリと動くと、勢いよくこちらを振り向く。


「んぎもぢぃぃぃいいい!!!!」


 何かが吹っ切れたかのような清々しい顔をして、ケモ丸は大声でそう言った。

 これにはこびとんとツキミはもちろん、コバルトまでもが苦笑い。


「そ、そうか。それは……よかったな」


 コバルトは苦笑を浮かべたままそう言った。


「行くぞ! お前さんら! この洞窟にいる小鬼ゴブリンどもを殲滅してやるわ!」


 そう言ってケモ丸は洞窟の中へとズカズカと入っていった。

 壊れたケモ丸に、こびとんはため息をつく。その時、ポンと肩に手が置かれる。こびとんの肩に手を置いたのはツキミだった。


「……行こっか」

「そうだね」


 こびとんは1度だけ頷くと、2人はケモ丸の後を追って洞窟へと入っていく。さらにその後ろを、コバルトは紅茶を片手に持って続く。


「こんな時でも紅茶は美味いな」

「コバルトおまえ……ゴブリンの死体が転がってる中でよく飲めるな」

「下は見ないようにしている」

「それがいいよ」


 こうして一行はゴブリンの住まう洞窟へと入っていった。




 洞窟の中はかなり涼しく、外から吹き込む風の音が後ろから聞こえてきた。

 どこかでポタリポタリと落ちる水の音が洞窟内に響き渡り、自分たちの足音も壁に反射して耳に入ってくる。

 洞窟内は足元はおろか、数メートル先すら見えないほどに暗かった。


 ケモ丸の周りには紫色の炎がふわふわと浮いており、それが足元を照らしてくれている。その炎が気になったこびとんは、ケモ丸に質問する。


「ケモ丸、それなんなの?」

「これが前に言ってた妖術というやつだ。触ってみるか?」


 ケモ丸がそう言うと、宙に浮かぶ火の玉はこびとんの近くまでふわふわと飛んでくる。


「あ、熱くない?」

「熱くはないが……燃やそうと思えばこの森くらいは燃やすことも出来るぞ」


 それを聞いてこびとんは口に溜まった唾を飲み込む。


「お、俺を燃やさないでね?」

「するか馬鹿者。お前さんを燃やしたとて儂に何の得もなかろう」


 こびとんはそれを聞いてホッとすると、恐る恐る火の玉に手を伸ばす。

 火の玉に触れると少しだけ熱を感じるものの熱くはなく、ぬるま湯の風呂に手を入れている感覚だ。かと言って水のように感触がある訳でもない。まるでそこの空気だけがぬるくなっているような、何とも不思議な感じだ。


「なんか変な感じ〜」

「お、俺にも触らせて」

「いいぞ」


 こびとんが触っているのを見て羨ましくなったのか、ツキミも触りたいと手を上げた。

 ケモ丸はそれに頷くと、火の玉はこびとんの前からツキミの前に移動する。ツキミは目の前に来た火の玉に、なんの躊躇いもなく手を伸ばす。


「な、なんだこれ……すげぇ……」


 触っているのに触れている感覚がまるで無い。だが熱だけは感じるという、なんとも不思議な感覚に、ツキミはそれ以外の言葉が出ない。

 それを見ていたコバルトは顎に手を当てながら、真剣な眼差しでその炎を見る。


「ふむ……妖術というのは幻術に近いもののようだな。あたかもそこに炎があるように見え、熱まで感じることが可能なのにも関わらず、実体はそこにはない。なんとも不思議な術だ。仮想現実とでも言うべきか…?」


 仮想現実。その言葉を聞いて、ツキミはハッとする。

 この世界もかつては、仮想現実Virtual Realityの世界だったということに。何故、仮想現実世界が今はこうして現実の世界として自分の目の前に存在しているのか分からない。

 しかし、それを考えたとして、今すぐ答えが出る訳でもない。今は、目の前のことに集中しなければ。そう考えたツキミは、これ以上考えることをやめる。


「おもしろかった。ありがとう」


 ツキミが感謝の言葉を述べると、火の玉は先頭を歩くケモ丸の前へと戻る。


 それからさらに歩くこと数分。4人の目の前に、二つに別れた道が現れた。

 ケモ丸は目を閉じて耳を澄ませる。3人からしてみれば、何をしているのか分からないが。とりあえず、音を立ててはいけないということだけは理解出来た。しばらくして、ケモ丸が目を開く。


「……どうやら、左の道が正解のようだ」

「じゃあ……」

「待て」


 それを聞いたこびとんは早速、左の道へと入ろうとするが、ケモ丸は肩を掴んでそれを止める。


「ど、どうしたの?」

「おかしい……」

「なにが?」

「左の道にも右の道にもゴブリンの気配があってな」

「それが……?」

「普通なら、正解である左の道だけを守るのが普通じゃないか?」

「確かに……」

「つまり右の道になにかあるのか。それとも……いやしかし、そんな訳が……」


 ケモ丸が何かをブツブツと呟いていると、コバルトが割って入ってくる。


「奴らは我らを挟み撃ちにするつもりなのだろう。我らがどちらに入ってもいいように、どちらにも待機させてるのだろう」

「しかし、ゴブリンとやらにはそこまでの知能があるのか?」

「いや、ないな」

「ならば何故……」

「決まっているだろう。ゴブリンよりも上位の存在がこの群れを統率しているのだ」


 それを聞いた時、ツキミはエンワドでのことが頭に過ぎる。

 それはまだツキミがエンワドを始めたての頃。レベリングのためにゴブリンのダンジョンに潜っていた時の事だった。

 ツキミは友人と共に、いつものようにゴブリンのダンジョンを攻略していたのだが、そこの最奥で待っていたのはゴブリンの大群ではなく。ゴブリンとはひと回りもふた周りも大きい、圧倒的な体躯を持ったゴブリンの上位種。『小鬼の統率者ゴブリン・ロード』であったことを。


「まさか……」


 そうツキミは言葉を漏らすと、「何か知っているのか」とケモ丸が聞いてくる。


「多分、この群れを統率してるのは『小鬼の統率者ゴブリン・ロード』だ」

「そんなものが……」


 ケモ丸はそれを聞いて、この先進むべきかを考え始める。その時、僅かにニヤリとコバルトが笑ったのをツキミは見逃さなかった。


 きゃぁぁぁぁあ!!!!


 突然、右の道から女性のものと思われる甲高い叫び声が聞こえてきた。

 それを聞いた瞬間、こびとんは早口で話し始める。


「ウエストは58。バストは82。身長は平均より少し高め。見た目とは裏腹に可愛らしい声をしていることにコンプレックスを持っていると思われる。間違いない! この声は囚われの金髪女騎士だ! まさかこんなお約束展開に出会えるとは……!」


 こびとんはそんな訳の分からない解説をすると、後先考えずに右の道へと突っ走って行った。

 まさかこびとんに、こんな変態的な一面があるとは思ってもみなかった。そういえば、始めてギルドに行った時に、アイツが最初に興味を示してたのは受付嬢たちだったっけか。

 そんなことをケモ丸は思い出しつつ、頭をポリポリとかく。


「やれやれ……行くしかないよな」

「そうだな……」


 ツキミとケモ丸はため息をつくと、こびとんの後を追った。

 その途中でコバルトが着いてきていないことに気づく。


「あれ? コバルトは?」

「知らん。まぁ、彼奴なら大丈夫だろ。知らんけど」

「それもそうだな」


 2人はそんなことを話しながら進んでいくと、奥の方から何やら爆発音のような音が聞こえてきた。

 2人はさらに速度を上げて、急いで向かうと、そこには100を超える大量のゴブリンと、弓を構えたこびとんが対峙していた。

 こびとんが弦を引くと光の矢が現れ、弦を離すと光の矢は十数に別れ、ゴブリン共を次々と蹴散らしていく。その絵面は、美少年がゴブリン共を蹂躙しているだけの、まさに地獄絵図。

 こびとんはやがて2人に気づくと、矢を放ちながら口を開く。


「ケモ丸! ツキミ! ごめん、ちょっと手伝って!」

「おうとも!」

「言われなくても!」


 ケモ丸は腰の帯にさしていた木刀を抜き、ツキミは鞘から短剣を抜く。

 こびとんの両側から2人は前に出ると、こびとんが構える弓の斜線上にいるゴブリン以外を片っ端から斬っていった。


 2人が粗方のゴブリンを片すと、残ったゴブリン達に向けて光の矢を放つ。

 その矢は今まで放った矢のどれよりも太く、斜線上にいたゴブリンたちは灰も残さず消滅する。


「しまっ……!」


 しまった! そう言いかけたこびとんの視線の先には、放たれた矢が真っ直ぐと洞窟の奥へと向かっていた。

 洞窟の奥には囚われの女騎士がいると言うのに、ゴブリンを倒すことばかりを考え、こうなることをすっかり忘れていた。


「ごめん! 2人とも! 何とかしてあれ止めてくれない!?」

「んな無茶を……!」


 ケモ丸が大声でそう言う。

 まずい! このままではゴブリンどころか、女騎士のお姉さんまでもが消し炭になってしまう! 一体どうすれば……。

 こびとんが何か打開策はないかを考えていると、突如ツキミが走り出す。


「たまには俺も役に立たなくちゃな!」


 ツキミはそう言って右手の人差し指と中指を天井に向けると、光の粒を体に纏う。すると、光の矢よりも速い速度で走り出し、ツキミは光の矢の前まで来ると、胸元から5枚の札を取り出した。ツキミはそれを宙に投げると、5枚の札は空中で星の形を作り描く。

 ツキミは星の目の前で立ち止まると、人差し指、中指、親指を立てた両手を前に突きだす。


「業 天音の名において命ず。天地万有等しく、月の闇夜へと誘わん。神技! 【月門つきかど】!」


 ツキミがそう叫ぶと、5枚の札で描かれた五芒星は光り輝く。

 光の矢はそれにぶつかると、まるで吸い込まれるようにして、洞窟内から消えて無くなった。


「ふぅ……」


 疲れたように息を漏らすツキミの額には、大量の汗が滲んでいた。

 ツキミは覡衣装の袖で額を拭くと、こびとんに向かって手を振る。


「おーい! どうにかしたぞー!」

「あ、うん。な、ないすぅ!」


 さっき目の前で起こった出来事に、こびとんは驚きながらも、ツキミのそれに手を振り返した。


 3人はさらに奥へと進み、やがて突き当りへと差し掛かる。

 そこには、手錠がかけられた数人の女性が地面に倒れていた。その中にはこびとんが言っていた外見と一致する金髪の女性もおり、その女性のすぐ近くには鎧が転がっている。


 すげぇ……本当に叫び声だけで当てやがった……。ケモ丸とツキミはこびとんを見る。

 こびとんは「ほらね!」と少し嬉しそうにすると、その女性へと駆け寄っていく。ツキミも倒れている女性たちに近づくと、声をかけたり、体を揺らしたりしてみる。


 そんな倒れている女性たちを見て、ケモ丸は腕を組みながら考える。

 依頼を受けた時。コバルトが詳細な情報を聞いていたが、女性が囚われている情報などなかったはずだ。となると、この目の前の光景はギルドでも掴みきれていなかった情報なんだろうか。これは、ギルドに戻ったら聞いてみる必要があるな……。


「……さて。とりあえず今は、救助が優先だな」


 そう言って組んでいた腕を解くと、女性たちの生存確認をすべく、ケモ丸も倒れている女性たちへと駆け寄った。


 こうして3人は見事、囚われの女騎士たちを救助することに成功したのだった。

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