冒険者試験-1
ベニシュラの素材の査定が終わるまでの間、4人はカウンターに最も近い位置にある長机を囲うようにして椅子に座っていた。
ケモ丸は隣に座るツキミを見ると、ソワソワした様子でギルド内を見回している。余程、この光景が新鮮なのだろう。
ケモ丸も彼に釣られて、再びギルド内を見回す。ギルドの天井を6本の太い柱が支えており、その天井からは大きな生物の全身骨が吊り下げられていた。
その骨は全長:約6mほど。トカゲに近い骨格をしているが、前腕の上ーー肩の所から翼の形をした骨が生えている。その背中から生える骨の形を見るに、その翼はコウモリのような翼をしていたのだろう。
高度10,000mから落下している際に見たあの空飛ぶトカゲとは似ているものの、骨格が異なっており、あの時見た空飛ぶトカゲには前腕はなく。背中からは翼が生えておらず、前腕の部分が翼となっていた。しかし、天井から吊り下げられている巨大な骨には前腕があり、背中から翼が生えている。
果たしてこの違いはなんなのだろうか。上空で見た空飛ぶトカゲの近縁種だろうか。
ケモ丸がそんなことを考えていると、隣に座るツキミが突如、何かを思い出したかのようにコバルトに話しかける。
「ねぇ、コバルト」
「なんだ?」
「あの時さ、ベニシュラを見て何か気づいてたっぽいけど……何に気づいたの?」
「あのベニシュラ。あの場から動こうとしなかったであろう?」
「そう言われてみれば……」
ツキミは顎に手を当てて思い出す。
コバルトの言う通り、ベニシュラはあの場に現れて以降、ほとんど動いていないのだ。動いたと言っても、不用意に近づいたケモ丸の頭を齧った程度。決してあのベニシュラは、1歩たりともその場から動いていなかった。
「彼奴、背中に深い傷を負っていてな」
「え、あの硬そうな甲殻に深い傷?」
「うむ。あの傷は、大きな刃物で切られたような傷だった」
「それって……」
思い当たる節があるのか、話を聞いてたこびとんがそう言葉を零す。
「あのベニシュラの背中の傷は"ヤツ"に負わされたものだろう」
コバルトが"ヤツ"と言い表した存在とは恐らく、魂の
あの化け物を一目見た時、全身が微かに震えたのを覚えている。それは、今まで恐怖というものを知らなかったケモ丸が、生まれて初めて恐怖という感情を覚えた瞬間であった。
ケモ丸はその時のことを思い出して、あれが恐怖か……。としみじみと思っていると。こびとんが、話題を変えるようにして話し出す。
「ねぇ、あのベニシュラの素材ってどれくらいのお金になるかな?」
「分かるわけなかろう。そもそも儂らは、この世界の通貨の種類や価値を知らぬのだぞ?」
「まぁ、それはそうなんだけどさ……? ほら、気になるじゃん? それに、今後こういう常識は必要になってくるだろうしさ」
こびとんの言う通り、この世界の金の価値や物価といった常識は必要不可欠だ。
出来ることなら今日中にでも調べたいところだが……この世界の文字が読めない以上、通貨の価値を知るには物を買うしか調べる方法にない。ベニシュラの素材がいくらになるかは分からないが、儂らは今から冒険者になるための試験を受けなければならない訳で……。残念だが、今日中にそれらを調べる事は出来なさそうだな。
ケモ丸がそう思っているとーー。
「では貴様らが試験を受けている間、今のこの世界の物価や通貨について調べておこう」
ーーと、まるでケモ丸を思考を読んでいるかのようにコバルトがそう言った。ケモ丸は勢いよくコバルトを見ると、彼の右手を両手でガシッと掴む。
「頼めるだろうか?」
「頼まれるまでもない」
その心強い言葉に、ケモ丸は掴んでいる手を更に強める。
カウンターの奥の扉がゆっくりと開く。そこから受付嬢のアメリアが戻ってくると、カウンターの下から通信機らしきものを取りだし、それを口元へと持っていく。
「ケモ丸様、ツキミ様、こびとん様。試験の準備が整いましたので、そちらまでご案内致します。コバルト様、素材の査定が終わりましたのでカウンターまでお願いします」
名前を呼ばれた4人は、それぞれ椅子から立ち上がると、アメリアのいるカウンターへと向かう。
「お待たせしました。まずはベニシュラの討伐報酬と、素材の買取金からお渡しします」
アメリアはそう言ってカウンターの下に潜り込むと、重そうな袋を歯を食いしばりながら持ち上げると、それをカウンターの上に置く。
ジャリッ。
小さな金属同士が擦れておこる特有の音が袋から鳴る。
「ではこちらが、今回のベニシュラの討伐報酬と素材の買取金。合計金額3000万リバ。金貨で300枚のお支払いとなります」
この世界の金の単位は『リバ』というのか。
そう思いながらケモ丸はアメリアの顔を見ると、彼女のスマイルは少し引きつっているように見えた。
3000万リバ。という言葉を聞いた周りの冒険者達は、再びこちらへと視線を向けてくる。それらの視線には驚愕と妬ましさが入り混じっていた。
そんな周りの反応を見て、これがかなりの大金であることをケモ丸は察する。どうやらそれはツキミとこびとんも感じているようだ。
しかし、コバルトはそんな周りの反応に気づいた様子はまるでなくーーいや、多分彼は周りの反応に気づいてはいるのだろう。しかし、敢えて彼はそれを無視しているように見える。
コバルトはカウンターの上に置かれた金貨300枚が入った袋を躊躇なく手に取ると、それを黒い渦の中にポイッと放り投げた。
「さて、ようやくこれで調べることが出来る」
コバルトはポツリと言うと、3人の方を見る。
「ではな貴様ら、我は試験が終わった頃合に戻ってくる」
「承知した」
「俺たちは試験頑張るわ」
「絶対合格しとくから期待しとけよ!」
ケモ丸、ツキミ、こびとんの3人はそれぞれ言うと、コバルトはそれらを聞いてフッと笑う。
「合格出来ぬ者がいれば、そやつを"ヤツ"の前まで連れていき、そのまま放置してやる。覚悟しておけ。ふはははははは!!」
コバルトはそんな物騒なことを言って高らかに笑いながら、冒険者ギルドから出ていった。
冒険者ギルドの扉が閉まるのを見てから、アメリアは口を開く。
「ではケモ丸様、ツキミ様、こびとん様、こちらへ」
アメリアはカウンターから出てきて、3人を試験場所まで案内する。
2階に昇る階段のすぐ横にある扉を開くと、長い廊下が現れる。両側にある扉を横目に進むと、廊下の突き当たりーー最奥にある両扉の前でアメリアは立ち止まると、体重に任せるようにその扉を押し開いた。
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