第43話 それは暗闇を照らす新星の如く
透弥は血を流したまま笑っている。
「てめぇ怪我はもういいのかよ」
「ああ」
「なら後ろに下がってろ。花のごとく可憐な嬢ちゃんを哀しませることになるぜ」
その軽口に透弥は微笑んだ。いつか聞いた言葉と同じそれは、懐かしさすら感じられた。
「いや、もう別れは交わしてきた」
「あ?」
別れ? 別れと言ったのかこの阿呆は。なんでそんなのをする必要がある。自分は魔王を殺すつもりだ。それなのになんでそんなことを言うのか。
「ロベルト、ほら見てみろ」
空に浮かぶ魔法陣。
その魔力量と大きさに背筋が震える。あれをあのヌマーサはずっと描き続けていたのか。
「俺達が壊すのはあれだ。お前一人では無理かも知んなくても」
「なるほど。二人ならって訳か」
「ああ」
ノヴァとフレアでは無理だろう。確かに誰かの力が必要だ。それも命をかけるような強い力が。
「魔法はお前の友達が教えてくれた。術式は俺が組み立てる。だからお前は、それで殺すことに専念してくれ」
「……透弥。本当にいいのか? 後悔、しないか?」
ロベルトの質問に透弥は明るく笑った。それは実に屈託のなく、けれども強い決意に満ちた言葉だった。
「勿論」
その言葉にロベルトも心が決まった。
指示されてノヴァを持つ。その内側で透弥がフレアを持った。その刀身を重ね合わせる。
「……〝接続。刀剣共鳴。魂魄疑似物質抽出〟」
魔王の魔法陣も次第に組上がっていく。透弥は落ち着いた声で詠唱を始めていた。
「さあ、終わりだ。理解できない人々を、勇者も人ももろともに打ち砕いてやる!」
魔王の叫びが聞こえる。それはまるで悲鳴のようだ。それを無視して透弥は術式を組み立てていく。
「〝新星の光は空へと至り、太陽の炎はあまねく全てを焼き滅ぼす。二つは一つへ。伸びて堕ちた影は重なり混ざり融け合う。聖剣、解放。其は星を持つ原始の光にし、絶望を切り裂く剣なり〟」
二つの剣が合わさった。金と深紅の色を持つ刀身にロベルトの目と同じ色の宝石が柄の部分に嵌められている。透弥は続けて詠唱をする。
「……〝起きろ、フレア・ノヴァ。そして、なすべきことをなせ〟」
刹那、天辺すら焼き尽くす光があふれでた。剣の構造、その力の神秘の全てがロベルトの脳に叩き込まれる。透弥の手を上から握り締めながら、ロベルトは前を向いた。
最期まで、共にあろう。
始まりの時と同じように。
「【
空を切り裂き、現れたのは黄金に煌めく剣だった。それは魔法陣を砕きながら静かに堕ちていく。水晶の槍と共に、それは顕現していた。
「バカな、バカなバカなバカなバカな……!!」
逃げようと広げた翼を抑えたのは透弥の作り出した水晶の槍だった。一気に貫かれ、地に縫い付けられる。ヌマーサは目を見開く。
「貴、様ァ!!」
「逃がすわけ、ねぇだろ。俺と共に逝けェ!」
透弥の怒声が響いた。
星が落ちる。雲は切り裂かれ、天からの罰が下る。そしてなにより、たかが凡人に滅ぼされる。その屈辱に血が煮えくり返った。
「認めよう、透弥! 貴様もまた、勇者であると、認めよう……!!」
認められる必要なんかない。空の果てすらも照らし出す光がロベルトの剣から零れ出す。ほら見ろ、お前こそが勇者じゃないか。そう思って笑った。
「【
音が消滅する。温度がなくなる。視界が光に埋められていく。手の内で魔王は蒸発する。その感覚が分かる。そして光の向こうで彼が泣いている。
ああ、そうだ、泣いている。
「………………ごめん」
泣いていることに気が付かなかった。
救うことも、もうできない。決定的に間違えたオレとお前とは、もうそのままどこか果てにいくしかないのだ。だからどうか、そこで泣いていてくれ。
そしていつか、誰かがお前を愛してくれる日が来ると、それだけを祈ろう。
――……夜が明ける。
一日続いた戦いに終わりが来る。ロベルトは剣を引きずって、炭化して崩れ落ちた透弥の体を莉花が起こした。
「……ロベルト……なくなよ……どうか、勇者であって……くれ、よ……さいごまで」
その声に彼は頷くと立ち上がる。
そして、剣を抜いた。
夜明けを背に、剣を掲げる。美しい朱から紫へと変わる、夜の帳が去っていく。その空に剣を掲げている彼の背中に透弥は笑った。
戦いは、終わったのだ。
朝日に照らされる彼は、本当に、勇者で。
それを網膜に焼き付けながら透弥は手を伸ばす。その輝きが果てにあることを確かめ不要に。
「……ああ……よかった……おまえが、勇者であってくれて……ああ、確かにおまえは」
透弥は目を閉じた。眠った。
眠った、のだ。
ロベルトの肩が震える。ブレイブはそっとその肩を抱いた。莉花がそっと、その目を撫でる。
「……我が友よ、眠っているのか? もういい。もういいぞ。もう苦しまなくていい。だから、どうかただ安らかに眠ってほしいと……ただそれだけ、願う。願うよ」
どうか穏やかに眠ってほしい。
そして、優しい夢を見てほしい。
それがどんなにエゴでも、願うくらいなら許されるだろう。だってこれまでの彼の生き方はあまりにも苦しすぎた。だからせめて、死後に見る夢くらいは。
「帰りましょう」
「……ああ」
「帰りましょう、ロベルト様」
「………………ああ」
涙が零れ落ちる。帰ろうと言いながら、誰も帰ろうとはしなかった。穏やかに笑う彼の前で、誰もが膝をついて涙を溢し続けていた。
透弥はただ、穏やかに永遠の眠りについていた。
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