第41話 意思を託し、祈りを残す
透弥は体を起こして声を張り上げる。
「アーノルド! 聞こえるか!」
「透弥様っ……! 意識が」
「ロベルトの援護を頼む!」
アーノルドは一瞬の躊躇いを見せたが強く頷いた。
「任せてください!」
彼はそう言ってそのまま前を向いて魔力を練り上げ始めた。彼は決して振り向かない。そして安心して任せることができる。
「ブレイブ」
「……はい、我が主よ。最後の命を私に下されるのですね」
透弥は苦笑した。それから顔を真剣なものにする。ブレイブは膝をついて頭を下げた。
「ブレイブ。時間を稼いでほしい。頼むからさ……ロベルトを魔王に集中させてくれ。魔王の瘴気で魔物が続々誕生してきている」
「我が王よ。最後までお供致します」
彼はそう言うと大剣を亜空間から取り出した。信頼を胸に彼は立ち上がる。足音が聞こえてくる。巨大な猪達が向かってくる、その音が。
泣きそうな彼女に透弥は笑った。彼女には言うことは少ない。全部きちんと伝えたから。
「莉花。信じてる」
「都合のいい言葉を言うな……私は」
「頼むよ、莉花。ロベルトなら、魔王を殺せるんだ」
「なら、ひとつ聞かせてほしい。お前では……本当に無理なのか?」
頷いた。
不可能は不可能。自分は、勇者ではなくただの農民の子だ。その事を受け止めるしかない。
「ブレイブを助けてくれ」
「っ…………ああ、分かったよ」
莉花はブレイブの後ろに立った。戦う彼女を、一人生きる覚悟を、彼女はしたのだ。
現れたセオは悲しそうに顔を歪めている。
「じいさん。オレの身体、治療できるか?」
「……できるぞ。じゃが、それをしたら」
「オレの体を龍にする」
ゆっくりと体を撫でる。
呪いを敢えて進行させる。それがこれからするべきことに必要なことなのだ。だが、当然、その対価は大きいだろう。
「平時ならその後の生活二度と自分一人で暮らせないほどのリバウンドがあると思う。ましてや今みたいな身体ならどうなるか分からない。恐らく、肉体は崩壊するだろうな」
「なるほどの。それを少しでも減らし遅らせることがわしの役目か……のう、透弥。ひとつ聞いてもいいかの」
ボロボロの身体。もう立つのも叶わないだろう。
今、回復をすれば帰ることだけならなんとかなるだろう。どこかに置いてきた人もいるだろう。それは、ここまで傷つきながら進んできた人間が選ばなければならない道なのだろうか。
「おぬしがそこまでする必要あるかの?」
「……ある。オレがやらなきゃいけないことがあるんだ」
セオはそれを承諾した。
悲しくて、痛くて、切なくて。指先が痺れていく感覚がする。それはまやかしだ。まやかしでなければいけない。
火花が散る。
一撃に込める思いは以前とは段違いだ。
「なんだ、以前とは違うようだな。それもあのでき損ないのせいか?」
「バカにするな! 我が友は英雄の名に相応しき人間だ」
そうだ。英雄だ。
凡人でありながら勇者のように振る舞う彼は英雄と呼ぶに相応しいだろう。凡人。己のように神に選ばれた人間でなく、ただの人でありながら、彼は運命を踏破する者だった。
ヴァルハラに招かれても決して恥じぬ精神を持った、偉大な友だった。
「フレア!」
紅蓮が揺れる。その中をロベルトは踏破し、炎の中から一撃を食らわせた。悲しみが胸を締め付ける。確かに開いた穴を認識し、それを埋めるように拳を振るう。
この悲しみはあってはならないものだ。
他でもない、彼のために。
拳と拳がぶつかった。ヌマーサの腕から血が流れる。ロベルトはそのままノヴァに魔力を通した。フレアの炎がノヴァへと乗る。そして、ヌマーサを袈裟斬りにした。
「よし…………あ?」
世界が、変わっていた。どう言うことか理解できずにロベルトは立ち上がり、周囲を見渡す。そこは砂漠の国だった。
かつてロベルトもこの街を歩いた。その時にはもう裏切られていたのかとナーバスな気持ちになる。が、視界に入ったある子供のせいでその感情は消えた。
「失せな! 忌み子。まったくなんでこんなのが生まれたのかね」
紫の肌の子供だ。あの町に住むのは赤の民だ。その中でも紫の肌の子供なんて早々にいない。彼は涙を目から溢していた。
「……なんでだよ、なんで、僕がこんな目に会わなくちゃいけないの?」
「その理由を知りたいの? ぼうや」
現れたのは一人の女だった。異邦人らしく、真っ黒に澄んだ髪を垂らしている。だが、妙だと思ったのはその肌だった。
奇妙な紋様の入れ墨が刻まれているのだ。それに見たこともない服を着ている。唇にはたっぷりのルージュを乗せて、赤い瞳を歪める。
まるでリコリスと呼ばれるあの花のようだと思った。
艶やかで、どこか欲情的。その白い陶器の肌をぐしゃぐしゃに壊してしまいたいような衝動にもかられる。だけど、ロベルトの脳はけたたましく警鐘を鳴らしていた。
――この女は危険だ。
近付くべきではない。
「……うん。なんで、人はみんな僕を苛めるの?」
子供は女に尋ねた。女は嬉々としてその問いに答える。
「それはね、人間がそう言う動物だからよ」
「どう、ぶつ?」
「ええ。人はね、何かを迫害せずに生きてはいけないの。人と言う欠陥した動物はその辺の獣以下で、隣人を貶し、他を迫害することに快感を覚える。何よりも己と違うモノを害することに特化した生命体」
言葉に乗せられたのは善意ではなくたっぷりの悪意。人を貶めることに特化した――その言葉がそのまま当てはまりそうな女だった。
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