第七章 託されたもの、堕ちたる新星

第40話 半人前の勇者達

 透弥の倒れていく体を、ロベルトが受け止めた。

「透弥! バカヤロウ! 何考えてやがる!」 

「……はは、なぁんだ、なかなか男前じゃないか」

「ンなこと言ってる場合か!? シルフィーリアっ! 透弥を助けてく……あ?」

 シルフィーリアはどこにもいなかった。彼女が顕現したのはたった今、透弥の願いを聞き届けるためだったのだ。


 その事を理解した瞬間、憎悪ではない感情が胸を満たした。

 透弥の体が水晶に覆われていく。

「……ろべ、ると」

「話すんじゃねぇよ! なあ、誰か助けてくれよ! アーノルド! セオのジジイ! 莉花! ブレイブっ……時雨ぇえええ!!」

「いいから、話を、聞け……このアホ」

 透弥が手を握ってくる。それは自分を握り締めていたときのような力強さは無く、むしろ弱々しかった。

「勇者、なんだろ?」

「っ……だが今のオレには」

「関係ない。勇者かどうかと神がそう決めたのとなんて……だからもし、お前が勇者ならさ」

 もう死ぬ。この体に命は残っていない。この男は最後の最期に自分に託すことを決めたのだ。


「………………ぼんじんの、ただの農民の、オレのお願いを聞いてくれるよな」

「…………」

「……世界のために、死ねなんて、言わないよ。だから、お願いだ、俺が大事なこの世界を、俺のために救ってくれよ」

 それは、戦えと言うのと同義じゃないか、なんて洒落を口にすることすらできなかった。


 シルフィーリアは言った。

 選択に一人の命がかかってると。それはこいつのことだ。自分は、透弥の命をどぶに捨てるのか?

 否だ。

 自分が勇者であるのならば。


「ああ、その願いを聞き届ける。チクショウ、お前のせいだぜ透弥」

「……はっ、減らず口も、結構……だぜ」

 枯れ木のような命。もうすぐに途絶える。


 魔王を足止めするために彼の仲間は今応戦している。この時間が、透弥の最期の時間なのに。

「ロベルト。あんたが、この世界を憎んでないのなら……救ってくれ……はは、結局俺は、でき損ないの勇者だったな」

「透弥」

 もう虚ろな瞳。その奥底に尚も希望が煌めいている……ああ、そうか。これが、希望か。これが、勇気なのか。

「……でも、お前は素晴らしい勇者だ。だから……だから、さ。この世界を、救ってくれ……大丈夫。最後まで俺も戦うから」

「ああ、任せろ、透弥。安心しろ。だが少し傷を癒すことだな。オレサマに力を喰われて消耗してるんだぜ、お前はよ」

 立ち上がり、透弥が捨てたノヴァとフレアを携えた。そして颯爽と歩き出す。


 魔王からの威圧はまるでただの風のようだった。不思議と死ぬことすら怖くないと思えた。前に進むことなんて怖くなかった。

(……ああ、透弥。お前は己をでき損ないの勇者だと言ったけれど)


 でき損ないなのは同じだ。

 勇気がなくて逃げた。死ぬのが怖くて、裏切られたのが辛くて逃げた。結局ただの逃避。

 成り行きでの魔王討伐。


 でもさ。

 けれどもさ。

 今ここにたつ自分の、お前の、この気持ちを、勇気って呼ばないで何をそう呼ぶんだろうな。

「ああ、ロベルト」

「なんだ、透弥」

 彼は笑っていると思う。この期に及んで笑える男を誰が臆病者と呼ぶのだろうか。誰が半人前だと言うのだろうか。

「……貴方が、俺にとっての勇者なんだ。他の誰がそうでないと言おうと」

 ……分かってた。

 分かってたさ。


 お前はきっと必ずそう言うと思っていた。けど、透弥よ。ただの農民の子よ。ただの、勇者よ。

「……おう。任せろ」

 勇者が、誰かに勇気を与えるものならば。

 この勇者ロベルトにとっての勇者は、まごうことなきお前だ。お前だけが、オレを、救ってくれたんだ。


「臆病者が、今更」

「なんだ、今更逃げたりしないぞ。もうどこにも逃げない。オレこそが勇者。お前を、殺すものだ」


 勇者としての力は曇らなかった。

 憎しみに汚されようと決して墜ちはしなかった者に応えるようにノヴァは光輝く。彼にとっての勇者が己ならば、せめて彼にだけは恥じぬように。


 即座にぶつかる剣とヌマーサの杖。すぐにフレアでヌマーサの肩を斬った。

「ッ……」

「動揺してるぜ、魔王よ」

 フレアからは深紅の炎が噴き出す。憎しみは今前に進む勇気へと変わった。そう証明するように、ロベルトは圧倒的な力で斬り着けた。

「うおおおおおおおおおお!!」

 決して逃げない。そう誓うように撃ち合う。無数の煌めきは一つ一つ確かな灯火として空に散る。前に足を出す。

「〝黒き炎〟よ! 焼き殺せ!」

「うぜぇ!! 失せな!」

 ノヴァで炎を切り捨てて接近する。無数の黒い触手が地面から割れて現れた。

「ノヴァよ、その銘の如く輝け!」

 目映い光が落ちる。それと同時に触手は全て焼き払われた。ヌマーサはとうとう剣を抜く。黒く曇った剣は生前ロベルトが討てなかったものだ。

「とうとう本気だしたか腐れ野郎。いいぜ、オレは今度こそお前を越える!」


 剣がぶつかる。ヌマーサはロベルトを闇の力で吹き飛ばした。吹き飛ばされたロベルトは地面を滑り勢いを殺す。そこに空から現れたヌマーサが上から剣を振り下ろす。

 ロベルトは即座に蹴りを繰り出した。ヌマーサの鼻に足が直撃する。その足は捕まれてまた宙に吹き飛ばされた。

「〝か、風よ!〟」

「ナイスだアーノルド!」

 風の壁を足場にそのまま勢いよく突っ込む。銀色の光が煌めく。まるで彗星のように煌めきながら魔王を吹き飛ばした。即座にノヴァを投げる。

「おらおら、歯ァ食いしばっとけよ!」

 ノヴァは鞘へと収まり腰に収まる。拳に握り締めてヌマーサの頬に拳を撃ち込んだ。ヌマーサの歯が抜けて血が落ちた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 涙が目から零れ落ちる。手が震えて剣を構えることができない。悲しみが胸を押さえ付ける。ロベルトは頬を濡らしたまま立ち上がった。



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