第39話 答え合わせと最後の願い、祈り

『……そうだよ。オレが、黒炎丸……つーか、オレサマがロベルトだな』

 彼はあっさりとその正体を吐いた。そして朗らかに笑う。

『オレは死後、剣に魂を封じられたっつーか、龍王のクソジジイに剣に変えられたんだ。瀕死だったオレはそれで一命を取り留めた。剣になっていた間に傷はほぼ修復したぜ。でも、憎しみは癒えなかった。むしろ蓄積していった。蓄積したんだよ』

 ただ降り募る憎悪を、どうすればいいか分からずただ募らせていった。そしてそれはいつしか、五臓六腑を焼き尽くす炎に変わっていた。

『だけど、それを変えたのはお前だった』

 彼はだから感謝していると言った。


 確信を持てた。

 彼は五宝を集めれば呪いを解くと言ったけど、本質的な課題はつまり黒炎丸を抜けるかどうかだったのだ。五宝すべてを集める必要はない。ただ勇者ロベルトの心を癒せるかどうかということだったのだ。

 そして、それはクリアしていた。あの白国村で抜いたとき、本当はそれだけでもう終わっていたのだ。

 強いて言うのなら五宝には呪いを解く力がある。だから集めなければならないのだ。それ以上の意味はない。

 つまり、順序が逆だったのだ。


 透弥は血を流しながら立ち上がる。

 ずっと考えていた。そして誰よりも先に見限った。

 自分は、勇者じゃない。

 だから万全になんてできない。

 でも、そんな透弥でもかけられるものがある。それは透弥が唯一つ持ちうるもの。他人のものでもあり、そして透弥のものでもある。それは。


「アアアアアアアア!!」

 咆哮。

 それは空を揺るがし、龍の力を暴走させた証。赤く染まった瞳で、青年は不適に嗤った。龍の美しい水晶の鱗がその肌を覆っていく。頬には黄金に煌めく不思議な紋様が浮かび上がっていた。


 地面にヒビが入った。龍としての力すべてを用いて跳躍する。

「……主、貴方は」

 爪が空間を削り取る。魔王は驚いたように目を見開いた。ついさっきまで死に体だった男に向けて魔王は魔法を放つ。


 右腕が吹き飛んだ。即座に再生。

 左手も吹き飛んだ。即座に再生。

 右足が吹き飛んだ。即座に再生。

 腹が吹き飛んだ。即座に再生。


「……バカな」

 龍としての再生力を用いて瞬間的に回復する。向かってくる男に魔王は初めて恐怖を抱いた。どこを撃ち抜こうとも、切り殺そうとも、男は立ち上がり向かってくる。

 まさしく死に物狂い。

 固い覚悟が地に伏せるたびに透弥を立ち上がらせる。命を捨てると言う過酷な選択が、男を変えた。


 此彼の間は僅か一歩。両腕はとうに切り落とした。けれども魔王は悟る。

 この一手は――けして免れることのできぬ一手。

 魔王が透弥から逃げる。そこにできた隙に、喉に食らい付いた。そして再生した手で瓶を手に入れると遠くに吹き飛ばされる。


 命をかけた。命を捨てた。

 もう十分に頑張ったはずだ。

 というか、これ以上は立ち上がれない。今のは特攻したからこそ接近できた。でも接近するだけでこんなに苦戦していては話にならない。

「透弥!」

 莉花が透弥の体を支える。その身体は。


「…………透弥や」

 セオの言葉に透弥は笑った。屈託なく、破顔した。その身体はもうボロボロだった。血はほとんど流れていたし、腕からは急激な再生のせいなのか骨が飛び出していた。なにより、体がとても軽かった。

「どうしてこんな無茶を」

「セオじいさん。あのね、あのね、俺」

 言葉を紡ぐのも苦しい。なのに幸せだった。口から血を流しながら、笑えていた。だって、仲間がいて心配してくれている。

 もうこれ以上になにかを望む必要なんかないから。

「…………俺、後悔、したくないんだ」


 シルフィーリアの言葉を思い出した。

『勇者様。何をどうするのか、決めるのはいつだって貴方です』

 彼女の言葉は透弥に向けられたものでありながら、彼に向けられた言葉だったのだろう。ならばその願いを叶えよう。


 透弥はきっと、そんな風に考えたに違いない。

 唐突に二人を繋ぐ魔力回路が切断された。気がつけば仲間達が――ロベルトにとっての、今の仲間達が、五宝を掲げていた。

《……おい、透弥。お前、何を考えてる》 

「なにも。何なら覗けばいいさ」

 ずっと思考にリンクをしていたから、その考えが分からないハズがない。だけどこんな間際になってその事実を受け止めたくなかった。

「勇者ロベルト。もう、逃げるのは終わりだ」

《ッ!? お前、それはお前の呪いを解くものだろ! 何考えてやがるんだクソ透弥ァ!》

 その罵倒はもう聞こえなかった。


 謝罪する。すまない。人類はまた、お前を裏切るよ。今度は憎んでくれて構わない。でも、それでも、この残酷な嘘をどうか許して欲しい。


 世界樹に透弥は五宝を掲げて膝をつく。

「……世界樹の女神、シルフィーリアよ。今ここに勇者の役割を返上する」

 世界樹の幹の前に立つ女神はただ柔らかく微笑んでいた。それで知る。自分は、正しい行いをしているのだと。

「そして女神にこいねがう。どうか、この剣へと姿を変えられし勇者を元の姿に戻してください。その対価として俺は――俺の全身、その命を勇者ロベルトに捧ぐ」

「――無限に広がる世界樹の枝。そのひとつの行く末としてそれを許しましょう。これより貴方から勇者の権限を剥奪します」

《シルフィーリア! 止めろよっ、てめぇなにかんがえてやがる! 透弥、透弥、透弥ぁあああ!!》


 光が広がっていく。莉花の泣きそうな顔な透弥はそっと手を伸ばして抱き締めた。

「悪いな。先に逝く」

 ブレイブ、セオ、アーノルド。それぞれとハグをして透弥は前を向いた。そこにいたのは、今にも泣き出しそうな顔をしたかつての勇者だった。



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