第37話 勇者と騙られた者、その顛末

 汗が滴る。透弥は目を開けた。

「…………」

「透弥っ!」

「……り、ふぁ。悪い、が……来るぞ」

 透弥は二本の剣を構えた。次の瞬間、海が割れる。現れたのは薄紫の肌の男だった。あの時透弥に敗北を知らしめた男。


 即ち――魔王・ヌマーサ。

「透弥ァ!」

「皆! 援護頼んだぞ!! 黒炎丸! 遠慮容赦なく俺を喰らえ!!」

 言われなくとも、と答えてくれた気がした。皮膚が砕けて血がこぼれる。中から見えるのは水晶の鱗だ。剣と魔王の杖がぶつかる。

「ぐ、ォオオオオオオ!!」

「……ふん。あの時よりも骨があるな。今更ノコノコと出てきて四天王を滅して何かと思えば」

 黒い闇の力が蝕んでいく。だけどそれをノヴァの光で打ち払った。それと同時に魔王の眷属らしき闇の獣が前に出てくる。

「水晶よ、堕ちろ!」

 水晶が落ちて数匹の獣の首を落とす。そのまま両手に剣を構えて吠えた。

「アーノルド!」

「わかってます! ブレイブさん、セオ様、莉花様! 我々で獣は受け持ちましょう!」

 魔王はその連携に眉を動かした。


 刹那、一瞬の意思の疎通が試みられた。しかし、互いの意見は平行線。故に話し合いは決裂した。


 ノヴァが光を放ちながら魔王に振り下ろされる。黒い剣で受け止められた。透弥はそのまま黒炎丸に炎を灯す。

「死ぬんだ!!」

「小癪な!」

 威圧により吹き飛ばされた透弥は地面を転がる。全身が焼けるように痛かった。血を吐きながら魔王を睨み付ける。

「透弥ッ!」

「……莉花」

「私もそちらに加わる。だから、安心して戦え」

 ひとつ頷くと一気にまた加速した。長く爪を伸ばし魔王の首を引っ掻こうとするが魔王は一歩後ろに退いていた。

 だがそれこそ思いのツボだ。

「黒炎丸! その銘に従い、ただ憎しみを帯びて燃えろ!」

《よしゃぁ!》

 鞘に納めた剣を振りかざせば黒い炎が魔王の体を焼く。

「ギアアアア!」

「逃がすものか……! 我が身に宿りし炎の龍よ。縛り付けよ!」

 炎の荒縄が魔王を縛り付ける。透弥はノヴァを引き抜いた。けれども、ノヴァは、その呼び掛けに答えない。

「っ……」

 分かっていたとはいえ、いざ答えてくれないとなると胸が軋む。あの時はあんな風に意気揚々と答えてくれたのに。


 魔王を袈裟斬りにしてそのまま後ろに引いた。右肩から血が吹き出る。

《……トーヤ? どういうことだ? な、なんでノヴァが応えない?》

「……なんでもねぇよ」

 そう、なんでもない。

 だからこそ、探さなければならない。でも答えが見つからないのだ。だから透弥は迷っている。


 どうすればいいのか。

 何をすべきなのか。

 いやそもそも。


「……迷っているのか、勇者よ」

「……」

「愚かにも、己の成すべき事を理解しておらぬようだな……それなのに愚直にここまで歩いてきたのか」

「…………」

 なすべきことなんて知らない。どうしてここにいるのか。なんで戦うのか。そんなことも知らないで歩いてきた。だけど。


「……成すべき事は、俺の騎士と剣が教えてくれた。どうしてここにいるのかは、勇者と言ってくれた文官とじいさんが教えてくれた。そして何故戦うのかは」

 剣を支えに立ち上がる。そうだ。何故戦うのか、忘れているはずがない。

「俺の親友と、大事な人が教えてくれた!」


 甲高い金属音。魔王は目を見開き、飛んでいく剣を凝視する。透弥は血を吹き出す体に魔力を通した。

「だから! 死ぬまで戦うと決めた!!」

 血が更に吹き出す。修羅の形相で魔王に肉薄する。二本の剣は最早答えない。彼の声は勇者の声ではないから。

「例え俺が勇者でなくとも、俺はこの責を果たす!」

 血飛沫。

 魔王の体をまっぷたつに打ち砕いた。滴る血の中で透弥は息を吐く。


 それは圧巻の光景だった。

 彼の剣は今、魔王に届いた。勇者でないと剣になじられながらも、それでも魔王を討ったのだ。血飛沫の中、蒼空を見上げる透弥の表情は、固い。


 次の瞬間、透弥の腹から血が噴き出した。

「…………え?」

「……」

 透弥は何も思わず、中身が溢れ落ちる体をそっと撫でた。そしてそのまま地に伏した。莉花は手を伸ばして震える。

「く、くはは、クハハハハ!! 滑稽! 実に滑稽きわまりない喜劇だ!」

「……と、透弥ぁああ!!」

 心臓の音が遠退いていく。冷えていく指先は冷たく、髪が血に濡れていく。肌も、服も、全てが。

 遥か上空に見えるのは羽を広げた魔王ヌマーサだ。美しく絢爛に輝く角と両生類のような肌。紫の肌に白い髪。真っ赤な瞳。


 第二形態だ。

 彼は悠々と血に降りてきた。そして透弥の右手を踏む。もう痛みなんて分からない。今にも事切れそうな精神を無理矢理繋ぎ止めるのも、もう限界を迎えていた。

「……」

「愚かな勇者よ。こんどこそ、その魂の痕跡すら消し去ってくれようか」

 彼はそう言って細く微笑んだ。それに対してなんの感慨も抱かなかった。心臓を踏み潰される。確かに、けれどもどこまでも侮辱するような優しさで。

「と……透弥ぁあああああ!!」

 莉花の慟哭が空を震わせる。ブレイブは膝をつき、セオはただその不条理を見つめていた。アーノルドは何も言えずに口を塞ぐ。

 誰もが見ている前で、その虚ろな瞳はもうどこも見ていなかった。





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