第34話 旅の終わりを微睡んで

「……お前が、好きだ」


 透弥が驚いたように振り向いた。莉花は慈しむように笑っている。

「お前は私のような図太くて他者を思いやれないような人は嫌いか? 或いは重責がある立場は嫌か?」

「嫌、じゃねぇけど……莉花、は、それで大丈夫なのか? 後悔、しないか?」

「何を今更」


 その武骨な手を慈しむ。

 その呪いを愛しむ。

 その精神たましいを。


「……お前が嫌でないなら、どうか。私と連れ合ってくれないか?」

 透弥の手を己の素肌に誘導する。蠱惑的な莉花の雰囲気に困惑して思わず手が震えた。嫌かそうでないかなんて、答えは決まってる。

「お前は、いいのか?」

「いい。お前が私を愛してくれてると言う証がほしい。それを、貴方がくれるなら」

 透弥は彼女の体を抱き締めた。細く、柔らかく、温いその体を証明するように抱き締める。

「……お手柔らかに頼みたいんだけど」

「それは透弥が決めればいい」


 重なる二つの影。

 月明かりがそっと照らし出した水晶の鱗が寝台のサイドテーブルの上でゆらゆらと煌めいていた。



「……なあ、透弥」

「ん?」

 指を絡めあって、莉花は微笑む。

「お前はきっと、後世まで語り継がれるようや男になるな」

「止めろよ、恥ずかしい」

「ほんとだよ。嘘じゃない」

 莉花はなぜか自分のことのように嬉しそうに笑った。

「いろんな人がお前をすごいって崇めるよ。そしたら私はお前のことを自慢するんだ」

「なんて?」

「鱗をくれたって」

 そのことがそんなに嬉しかったのかと思う。たかが抜けた鱗ひとつでそれだけ喜んでくれるなら、たくさん抜いてもいいかもしれない。

「透弥は旅が終わったらどうするんだ?」

「……」

「透弥?」

「…………あー、いや。そうだな、旅が終わったらか」

 言葉を濁したかった。


 旅の終わりのことなんて考えたことなかった。白国村に帰ろうとずっと願ってはいたけれど。

「多分、もう帰れないだろうからな」

「なんで?」

「……お前たちといるのが、楽しいから」

 はぐらかした。本当のことを口にするのは怖かった。莉花にも言いたくなかった。昼間のうちにハゲ丸には話してあるが、それでもいろんな人に話すような内容ではないと分かっている。


 少しでもリスクを減らすしかないのだ。

「じゃあ、国をゆっくりまわって、透弥の村にも行こう」

「…………ああ」

「なんだ、その返事は」

「いや、なんだか、楽しそうだなあって思ってさ。本当にそうなればいいよな」

「そうすればいい。なればいいなんて甘い考えは止めろ」

 本当にそうなったらどんなに素敵なことだろうか。


 ブレイブにアーノルドの故郷を見せよう。彼はきっとアーノルドがたくさんいるみたいで中々素敵なリアクションをしてくれるに違いない。


 セオとあの山に登って、津の国の屋台で果実水を飲む。あ、手を出したし莉花のお父さんに殴られるかも。それから両親の葬儀をしよう。ささやかだけど、どうか二人の魂が眠れるように。形式的なものだけだとしても。


 でも最後は笑って別れを告げて……行きでなじられたあの里によるのもいいかもしれない。もしかしたら復興の手伝いができるかもしれないし、ブレイブなんかはお湯が苦手そうだし。セオは温泉を喜びそうだ。


 今度親切なんていらないって突っぱねられたら、きっと莉花が怒るだろう。


 小夜に自慢しよう。


 彼女はこの誇らしい仲間達をどう出迎えてくれるだろうか。怒るだろうか。連れていかないと、言ったからのに仲間を作った透弥を怒るだろうか。


 穏やかなあの村で少し過ごしたら。

 旅に出てみるのもいいかもしれない。この旅では向かわなかった場所に行ったり、或いはまた旅をしなおしてみたり。ゆっくりと各地を周りながら、一人一人別れたとしても、笑って別れられたなら。


 ……このうちのひとつでも叶ったら幸せなのに。

「……変な顔してるぞ」

「え!?」

「まるでおじいさんみたいな顔だ」

 その言葉に顔を触ってみたが分からなかった。


 彼女はそれから、迷ったように目を伏せた。

「莉花?」

「……なあ、透弥。私は、お前の隣に相応しいか? 私みたいなのは……お前のとなりに、似合わないんじゃないかなって、思って」

「莉花。大事なことを言うぜ」

「ん?」


 透弥は莉花の手を優しく包んだ。

「お前のとなりが俺の場所だ。どんなに前を歩いていても、俺は必ずお前の隣にいるよ」

 それは、似合う似合わない、釣り合う釣り合わないではなくて。莉花のいる場所こそが透弥の隣だと言う言葉だった。それはどんな言葉よりも嬉しかった。

「……ありがとう」

「俺の方こそ、ありがとな」

 莉花の方に身を寄せる。柔らかな体温にキツく目を閉じた。



 朝日が昇ってくる。やることは決まっている。

 まずは世界樹があると言う島へと渡航する。そしてそこで五宝の四つ目の宝を手に入れる。そしてあとはマヌーサを殺して。

「……」

 透弥は黒炎丸の表面を撫でた。

 フレア。名剣にして聖剣。輝ける一振りの剣。

《透弥? どうかしたか?》

「…………なんでもねぇよ」

 忘れてはいけない。

 自分は英雄ではない。勇者でもない。できそこないでだめな自分だけど……なにか、できるはずだ。

「……黒炎丸。なにがあってもお前は、俺の剣でいてくれるよな」

《あったりめーだ! なんだ、塩臭いな、どうかしたのか?》

「いや」

 黎明に夢を見るように。



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