第33話 許容。そして
皆が暮らしていた部屋に案内された透弥の表情は先程までとは違い、どこか曇ったものだった。莉花もブレイブもなんとなく不安でその表情を探る。
「……若様?」
話しかけたのはハゲ丸だった。
「……お前たちに、聞かなくちゃいけないことがある」
「なんだ? 透弥」
「………………俺は、お前たちを捨てて逃げようとした。時雨の森に匿われたとき、本当は安心したんだ。これでもう二度と戦わなくてすむんだって思った。俺は」
卑怯者だ。
仲間が死んだかも知れないと思いながら、彼らを捨てる選択肢を選んだ。
自分が大事で大事で仕方なくて、他者を慈しめない。いつだって誰かに対して優しく在りたかった。
自分が誰かに優しいのはそうすることで優しい人間だと思いたいエゴでしかない。誰かを思いやれるんだと満足したいだけに過ぎない。
ああ、卑怯者もここに極まれり。
優しくすることのできない自分も、穏やかな日々を甘受した自分も、逃げ出したことも。後悔だけが胸を締め付ける。
だって、自分は。
ただ、救える人を救いたかった。
その傲慢を清算する覚悟すら持たないのに。
「……だからどうか、お願いだ。この罪をお前たちで裁いてくれ。ついてきてほしいとか、そんなことは言わない。ここから先は一人でいく。だけど、その前に」
彼らにならその思いを口にできた。信じている。彼らならば、きっと透弥を――。
「透弥。私たちはお前を信じてた。その過程で傷付いて悩んでも、ここに帰ってきてくれた今だけが本当でいい」
目を見開いた。
莉花の言葉に感動したからではない。心が動いたわけでも、嬉しくて、癒されたわけでもない。
「……なんで」
「え? なんで……なんで、俺を責めないんだ!」
「姫様!」
飛びかかった手をブレイブが抑えて、アーノルドが莉花を庇う。
「離せ! 離せ! ブレイブッ! 俺を離せ!」
「落ち着いてください!」
「っ、なんで責めないんだ! 俺を責めろ! 怒れ! なんでそんなことしたんだって、責めてくれ!」
叫び声が虚しく響く。信じてくれなくてもよかった。
「なにもできないって、言ってくれよ! 卑怯者って罵れよ! 俺は、お前たちを見捨てようとしたんだぞ! 卑怯で、愚かで、最低最悪な」
「それでも!」
ブレイブが言葉を遮った。
「……それでも、戻ってきてくださいました。貴方は」
「だから!」
「この半年間」
落ち着いた彼の言葉に遮られる。握り締められた手は龍の鱗に覆われている。
「……この半年間。貴方を信じられなかった日々が、私とアーノルドにはあります。セオ様は口には出しませんでした。莉花様は一人信じていらっしゃいました。しかし、私とアーノルドは、貴方を信じられなかった。いいえ、怖かったんです」
膝をついた自分に、ブレイブの言葉はしんしんと降り注ぐ。
「貴方が私を捨てるかもしれないと、怯えました。そしてその一方でひどく安堵しました」
「……なんで?」
「貴方が、もう苦しまなくていいからです」
苦しまなくて、いい。
痛いのも、辛いのも、なくていい。
透弥もそう思った。でもなんでそれを彼らが思うんだ?
「……ワタシは、トーヤ様に勇気をいただきました。一歩、里の外に出る勇気です。だから、ずっとわかってました」
「…………なにを?」
「ワタシや、ブレイブはついていっただけです。そして、肝心のところでは役に立てない。貴方は、いつも独りです」
「独りで、辛く苦しいものを背負う。背負ってしまう。それは貴方の長所ですが、同時に短所ですよ、主」
そう思われていたのか。
そんなこと、夢にも思わなかった。
確かに黒炎丸のお陰で自分はなんでもできる。それに、先陣を切らなければならないと思っていた。
「真っ先に傷付くアナタは、誇りですが同時に辛かった」
「その痛みを背負うことは」
莉花が笑う。その笑みに恐怖があることに今さら気がついてしまった。
「……私達にはできぬからな」
「ご、ごめん。俺」
「いや、いいんだ。私達こそ気が付けなくてすまない」
そこまで気を効かせろというのならそちらの方が酷である。だからそんなの望んでなんていない。いない、けど。
「……忘れてくれ」
辛くて、苦しくて、八つ当たりをした。
それに、誰でもいいから責めてほしかった。なじられたかった。否定されたかった。そうしたら。
「…………許される気がしたんだ」
「許しを乞う必要なんてない。わしらはお主と共にある。この命が尽きようとも、共にあろう」
涙が溢れる。
どうしてこんなに優しくしてくれるのだろうか。こんな目に遭ってるのは透弥のせいなのに。
その優しさがひどく傷口に染みて、涙が止まらない。
「……ごめん」
「いいんだ、透弥。私こそ、ごめんね」
莉花の声が優しく耳朶に染みていく。それすらもなんでか痛かった。
夜空の下で透弥は剣を握り締めていた。
「……眠れないのか?」
「莉花」
後ろから声をかけてきた彼女もまた、肩からストールを羽織り儚げに微笑んでいた。きっと眠れないのだろう。
「……昼間はごめんな」
「ううん。いいんだ。あれは、私が悪いから。お前に気持ちが全部伝わってるって思ってた。家族だって通じないのにな」
それは、莉花の家族のことだろうか。
ただそれを聞けるほどの勇気はなかった。
「……なあ、透弥。私達は世界樹の島に行き、魔王を倒すんだよな」
「ああ。そうして呪いが解けたら……きっとどんなに素晴らしいだろうな」
彼はどこか他人事にそう言った。
「……こんなときになんなんだが……言いたいことがあるんだ」
「んー?」
彼の黒髪が靡く。今も肌着の下ではその頬を覆う水晶の鱗が煌めいている。彼の、美しくも荒々しい横顔を隠す呪いを。
「……お前が、好きだ」
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