第30話 これは運命なのか
それから二人はなんとなく、なにも言わずに歩き続けた。そして不意に、視界が開ける。
「……あれが、五宝」
岩の祭壇の上に飾られた薄い絹織物が光を反射して煌めいていた。確かにあれは砂漠の表面のようだ。
「ここで皆を待ちましょうか」
「…………ああ」
上から照らす光が岩肌を浮かび上がらせる。その真ん中で、透弥の胸が大きく波打っていた。なんだか、嫌な予感がする。
前に進む透弥に違和感があるのかブレイブがなにも言わずについてくる。祭壇の前までたどり着いて――ようやく、気が付いた。
そこにあったのは、二つの遺体だ。
心臓が大きく波打つ。
「主?」
「…………あ……」
震える指先が、何かを握り締める白骨化した死体の手を開いた。汗が出る。指の中にしっかりと挟まれているのは黒曜石だった。
革紐が通された黒曜石。
透弥の目の色と同じ黒曜石。
「あ、ああ、あああ、アアアアアア!!」
「主!?」
名前が刻まれていた。
トウヤ、と。
名前が刻まれている。
透弥、と。
「嫌だ! そんなはずがない! こんなのは嘘だ! みんな夢なんだ! 嫌だ、嫌だ、嫌だッ……」
「…………否。夢にあらず」
祭壇の向こうから現れたのは、ローブを被った男だった。男の顔が見えないけれども直感的に理解するのは本能だろう。
こいつは、悪だ。
「これは事実よ。愚かな稚児よ」
「あ、あぁ……ぁああ……」
見下ろす男の顔は見えない。
見えないけれども分かる。こいつは、透弥の敵だ。
「誠に口惜しい。この男を殺さねばならぬと思うと。さすがはこの者らの子供よ」
「……と、うさん、と、母さん、なのか? 俺、の」
「しかり。分かろう。最期の最後まで名を呼んでおったよ。トウヤ、トウヤ、とな」
ずっと待っていた。
ずっと村で待っていた。
二人が帰ってくるのを。
どれだけ時間がかかってもいいから、帰ってきてさえくれれば、もう一度、家族として。
「……やりなおせるって、しんじてたのに」
「儚い夢だったな」
陽炎のようにゆらゆらと揺れる。最後の宝を取ることなく両親は死んだ。当たり前だ。透弥の元には帰ってこなかった。
そしてそれは今、永遠に変わった。
「無様な最期だった。妻を庇うようにして夫は倒れ、業火に焼かれた。そんな炎だ。妻も当然生きてはいないことに気が付いていたと思うがな」
無様な?
「妻だけ帰れと夫は何度も言ったのに、それを守らずに二人で果てた。いや、もしかしたら最後の一瞬までは二人で帰ろうと思っていたのかもしれない」
最期?
「炎で焼かれながらお前の名を喚ぶ人間どもはとても滑稽で」
「主の両親をバカにするな!」
ブレイブが男の声を遮った。両手剣が男の体を弾き飛ばす。それを見向きもせずにブレイブが肩を掴み揺さぶる。
「二人は立派に務めを果たされた! 貴方は、胸を張るんだ!」
「…………ああ」
涙を拭う。震えて、軸のぶれた構えをした。手足に力が入らない。後ろから莉花やセオ声がする。
自分が戦わなければ誰が戦うのか。
自分しかいないんだ。
そう思っているはずなのに、手に力が入らない。ガタガタと剣先が揺れてしまう。
「透弥!」
「そやつは! 魔王ヌマーサ!?」
魔王ヌマーサ。
両親の仇。
ヌマーサは全てを見透かしたようにこちらを見ていた。剣が震えていることも、もう戦えないことも見抜いていたのだろう。
「……興醒めだな。貴様はここで殺そう」
「透弥ァアアア!!」
炎の龍がその鎌首をもたげる。
だが魔王が軽く息を吹いただけでそれは霧散した。アーノルドの水の針も全て壊される。ついでと言うように魔法を封じられた。
そして、黒い闇が斬りかかったブレイブもろとも吹き飛ばす。
「あ……あああ!!」
「ふん、この程度か」
透弥は、遂に膝を付いた。
もう無理だ。
勝てるはずがない。
その瞬間、透弥の襟を誰かが掴んだ。
「……え? セオじいさ――」
「透弥。よく聞きなさい。お前は、何があっても生き残るのだ」
「え? は?」
引きずられる。セオはボロボロの体で魔王を出し抜いた。その服の内側に砂の絹織物を託される。
「わしらの代わりは沢山おる。だが、お主は一人じゃ。たった一人。お主だけが、希望の星なのじゃ」
「セオじい? 嫌だよ、俺っ、俺だけ生き残るなんてっ、そんなの」
洞窟から放り投げられた。言葉は遮られた。セオの胸を剣が貫く。
「セオじぃ!!」
「……時を待つのじゃ、透弥。きっと、お主ならなんとかなる………………頼んだぞ、慈雨」
セオは倒れた。
「っ……!! あぁ、アアアアアアアアアアア!」
慟哭が空に響いた。
セオは、莉花は、アーノルドは、ブレイブは。
死んだ。
みんな、死んだ。
運命に巻き込んだせいだ。
希望の星たる勇者。
シルフィーリアの言葉が脳裏にこびりついている。希望の星なんかじゃない。厄災そのものじゃないか、こんな末路は。海のなかにまっ逆さまに落ちていく透弥は、痛くて、悲しくて、固く目を閉じた。
どこかで狼が遠吠えをしている。
それが、心地よくて、意識を手放した。
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