第25話 龍王の狂笑
王の狂笑が謁見の間に響く。その声がなる度に皮膚がピリピリと焼けるようにいたんだ。
「解く? 呪いを? 余が?? 裏切った人間どものために? はは、ははは、はははは、なんとまあ――笑えぬ冗談よのう? でき損ない」
龍が起き上がる。その巨体は小さい……透弥から見ればあまりにも巨大だ。
「いずれ王となる器であれど今の貴様はただの矮小な人間。余が自ら、踏み潰してくれよう」
「王よ……!!」
「はっ、ブレイブ、貴様もだ。貴様ももろとも踏み潰してくれよう」
王の言葉にブレイブの顔から血が引いた。青白くなって震える彼はなにもいえない。
「貴様らに何が分かる!! この色褪せることのない人間への止まぬ憎悪!! のうのうと生きるだけの虫けら以下の存在に対して……あの痛みを分かろうともせぬ貴様らに、どうして施しをできようか!!」
咆哮により壁にヒビが入った。全身が水晶でできたその身体からひび割れた水晶が崩落する。
「なんでそんな、お前は……!」
「貴様に教えてやる義理すらないわ!!! 我が聖なる炎にてこの世まるごと焼き尽くしてやろう!」
瞬間、莉花の張った火龍の盾の上を白く輝く龍の吐息――ドラゴンブレスが広がった。それと同時に軽やかに飛ぶのは。
「莉花!!」
莉花の身体を引き寄せ蹴りを放った。人となった龍の身体が吹き飛ぶ。
「若君!!」
「わ、若?? 俺のこと?」
「ええ、そうにございます透弥様!」
ブレイブが拳を構える。
「我が王のなした不徳、我が王のなした無礼……そして我が不敬をどうかお許しを。共に王を沈めてはくださりませぬか?」
透弥は頷いた。
ブレイブの顔に驚きが広がる。
「“フリーズ”!! 透弥さん! 余所見を止めてください!」
「悪い、アーノルド」
《あ、あとオレは今回参加できねえから~》
「……は?」
《悪いな。とーや》
悪いと思ってるなら反省をしてほしい。氷で動きの鈍った龍王の拳を回避してその腹部に一撃放った。
素手で戦うしかないと言うこの状況。
「……ちょっと楽しいな」
龍王が放った咆哮を即座にブレイブが拳でいなした。アーノルドが作り出した空中の床を飛び上がっていく。
「火龍演舞!」
「無駄だ!! この程度の龍が我の敵なりうると本気で思っておるのか!!」
「ッ……! 火龍様!!」
「巖龍よ。受け止めよ」
莉花の炎の龍を地面から現れた岩でできた龍が受け止めた。ブレイブがその間を縫って再び突貫する。
「はっ、ブレイブ! ただ一人余に忠義を誓わせることのできぬままにあった貴様が、やはり余の敵になるとはなァ!!」
「龍王、貴方様の眼は曇ったままでいらっしゃる」
「黙れ!!!」
瞬間、龍としての巨大な掌がブレイブに振り下ろされる。透弥は空気の中にある弦を弾いた。
「……――“貫け”」
放たれた水晶の槍が龍の拳を貫いた。龍王の悲鳴が響く。そのまま軽やかに着地する。そしてその顎を掴んだ。
「この呪いを解け、龍王」
「……その呪いは確かに余が仕掛けたものだ」
「なら」
「くくく……解くことはできぬ。これは報復。我の憎悪。五宝無くして――償いをせずに許すなど言語道断。そうであろう?」
その言葉に透弥は眉間に皺を寄せる。
やっぱりこの呪いにはロベルトが絡んでいる。
そしてそれは――人を、憎むようなもの。
「じゃあ、五宝を集めればいいのか?」
「然り。五宝を集め、ただ念じれば良い――『元の姿に戻りたい』と。五宝は万物の願いを叶える特殊な神器。それであれば解けぬ呪いも解けようぞ」
それだけで戻る。逆に言えばこの龍は『それだけのこともできないだろう』と
拳を握りしめる。喉元まで競り上がった怒りを飲み干そうと震える手を、莉花がそっと包み込んだ。だがそれなのに、心は声高く叫ぶ。
この程度の獣が。恥を知れと。
「……わかった。俺は五宝を集めて呪いを解く。必ず解いてやる」
「なかなかよく吼える若人よ……ならば一つ、教えてやろう。貴様がケモノと蔑むあれ。あれは魔力によって汚染された普通の動物だ」
普通の、動物。
その変異種。
「魔力が不当に歪められて、それに当てられた獣がケモノとして生まれ変わるのだ」
なんとなく話が読めてきた。
古今東西、そんなことをするのは御伽噺の中でも一人くらいだ。つまるところ、世界征服だとか面倒くさいことをほざくような存在。
「そう。瘴気を地上に漂わせているのは魔王。魔王ヌマーサ。そう呼ばれている存在だ。そして、五宝の最後のひとつである『光闇の水』は魔王自らが持っている」
これで、当分の目標が決まった。
しばらくは五宝を集めつつ、魔王殺しのためにせいをだす。
《五宝は五つの宝だ。一つがオレサマ。二つ目はお前の持つ火龍の鏡、三つ目はダガンの里から持ち出されたらしいから分からねぇが水神の宝石。四つ目は砂漠の国にある砂の絹織物。そして五つ目は光闇の水だ》
「と言うことは、水神の宝石を探しつつ、砂の絹織物を取りに行けば良いんだな?」
《おうよ! さすがはトーヤ! 話が早いぜ!》
なんとなく黒炎丸の胡散臭さを訝しみつつ、透弥は考える。砂の絹織物は――。
「砂の絹織物はここより南の国。砂漠にある、赤の民が持っております」
「アーノルド、知ってるのか?」
「詳しくは知りませんが、伝承に書かれておりました。前人未到の迷宮になんでも安置されているとか」
「……なるほど」
「ならばこの海峡を通り陸路を使って行くのをオススメします。ワタクシの目に狂いがなければ、この道ならば馬を使って向かうことが可能です」
地図をハゲ丸が嘴でつついた。確かにそこならば陸路を使って歩くことができそうだ。セオも穏やかな顔で旅程を考えるように指を指した。
「ならば、この森を突っ切っていくといいのぉ」
「……この森はなんなんだ?」
「森の民が住まう森じゃ。魔物が少なく、行商達も時おり通る」
「あと、世界樹の島にも寄っていけ」
そう口を出したのは龍の王の護衛であるブレイブだった。彼が指し示したのは小さな島である。
「……世界樹?」
「ああ」
なるほど。寄るべきなのだろう。
莉花が頷いた。そろそろ発つべきだ。
……ここに用はない。龍の王がなにもできないと分かった以上、この里を出るべきだろう。
「じゃあな、龍の王。雁首揃えて待ってろよ」
「それはもうほぼ悪役だぞ、人の子よ」
***
神殿を背に歩き出したときだった。莉花が駆け寄ってきて、透弥の手を握る。
「……透弥。私は、これからもお前についていくつもりだが」
莉花の不安そうな顔にそういえば伝えたいことがあったことを思い出す。大事なことだ。この里に来て、理解したこと。
と言うか、知ったこと。
「……アーノルド、莉花、セオじいさん……その、頼みがあるんだ」
「なにかのぉ」
一同を代表して一番年長なセオが返事する。
手を固く握り締めた。
「これは、俺の旅で。俺の運命だ。それでもお前達と俺は旅をしたい。なぁ……一緒に、旅をしてくれないか?」
……嫌われないだろうか。
図々しいと思われないだろうか。
不安が胸を覆う。それを鼻で笑うようなきっかけが見当たらずに焦り始めた。嫌われたくない。図々しいと思われたくない。
見棄てられたく、ない。
「透弥。私は一緒に行く」
「……莉花」
莉花は歯を見せて笑った。そして左胸を拳で軽く叩く。
「決めたんだ。お前と共にあると。それに、あの国を出たときに、我が運命はお前に託した。だから、お前と共に戦う」
「…………ありがとな、莉花」
そう言うと彼女は花のように笑った。
「ワタシも!」
次に声をあげたのはアーノルドだった。
「ワタシも、どうか! 透弥様と共に行かせてください! あの時、貴方が果敢にもチーチに立ち向かったあの時。我が運命は決まりました! お願いです、透弥様!」
「……アーノルド。違うよ、それは。俺は、果敢な訳じゃなくて」
「怖くて震えていたから!」
身体が固まる。
アーノルドも声を震わせながら言葉を紡いでいく。
「あの時、震えながら戦う貴方を見て、ワタシは勇気付けられたのです……お願いです。どうか、その震えを少しでも……少しでも、分かち合えるように」
「…………ありがとう、アーノルド」
「わしは勿論ついていくぞ。なにせ、お前さんはわしを助けてくれたからの。だから、どうか最後まで共にいさせてくれ」
「……ありがとう、セオじいさん。じいさんのお陰なんだ……こうやって言えるのは」
セオは嬉しそうに笑ってくれた。
こんなに、恵まれていたのか。自分は。
知らなかった――知ろうとも、していなかった。
「待て、勇者!」
「ブレイブ?」
息を切らせながら走ってきたブレイブは肩で息をする。そして、その息が整うと同時に膝をついた。
「は!?」
「このブレイブ。お前に忠誠を誓う……負けたのに命を奪わなかったお前に。そしてなにより、まっすぐと挑んできたお前に、我が命を捧げよう」
「いやまてまて、なんでだよ、あんなくっころってかんじだったのに」
首を傾げるブレイブ。くっころが何かはさておき。
「……私は誰にも忠誠を誓うことを許されなかった。だからこそ私は貴方に忠誠を誓いたい。どうか、私を共に連れていってはくれないか?」
透弥は手を差し出した。
首をかしげると、彼がはにかむ。
「なら、行こうぜ、ブレイブ」
ブレイブはその言葉に、迷うことなく手をとった。
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