第24話 ブレイブ

 拳と拳がぶつかり合う。

 次第にその速度は上がっていく。なんてことはない。すこし物騒なダンスと言うだけだ。拳に全精力を注いで振り下ろせば衝撃で風が巻き起こった。

 同じレベル、同じ痛み、同じ力。

 次第にブレイブへ追い付き始めていることに内心で舌を巻いていることも知らずに、透弥は拳を振り下ろした。


 歯が抜ける。拳に付いた血を凪払って透弥は構えた。黒炎丸のことなんて世界の果てにあった。龍のように変化しつつある体も気にならなかった。

 ただ、目の前の敵を越える。

 そのために打ち続けている。


「透弥!」

 不意に、砂嵐を切り裂くような声がした。よそ見をしたまま透弥はブレイブのみぞおちに拳を叩き付けた。

「……莉花?」

 周りは更地のようになっていた。地面にあちこちできている血溜まりがその『喧嘩』の凄惨さを表しているようにも思える。

「透弥! 無事か!?」

「莉花? なんでここにいるんだ」

 後ろから突っ込んできたブレイブのみぞおちに今度は膝を叩き込み、肘鉄を背中から食らわせる。これくらいしないとこの龍は止まらないだろう。

「……お前がなにも言わずに出てきてしまうからだ」

「そうですよ! 透弥様!」

 アーノルドと莉花に詰め寄られて、思わず目を反らした。それには色々と理由があった。だって、透弥にとって莉花は。

「………………」

 莉花は?

 莉花は、透弥にとって、誰よりも何よりも一番大切な――人、だ。この旅で見つけた大切な仲間。家族のような人。

「透坊や」

 セオが笑っていた。

『わしも、みんなも、守られねばなるぬほど弱いかな?』

 セオの言葉を思い出す。


 莉花も、アーノルドも、強い。

 この旅でであった人たちは、透弥よりもずっと強い。守られなくても、守らなくても。距離を置かなくても。

「……ごめんな、アーノルド、莉花。飛び出てきたから、追いかけてきてくれたんだろ」

「透弥。私は」

「心配かけたよな。この龍の里に来るだけなのにさ、莉花には迷惑かけっぱなし。アマル=ダガンではアーノルドにも世話をかけた。でもさ、だから、言えるんだ」

 迷惑でないだろうか。

 いや、きっと彼らなら、迷惑でも笑い飛ばしてくれるはずだ。そうだと、信じている。信じられれば自然と笑えた。

「お前達は、最高の仲間だよ」

「……当たり前だ。透弥」

「仲間だなんて勿体無い言葉です。どうか旅が終わってもワタシと共に旅をしてくださいな」

「勿論だ。帰りも、必ず一緒だ」

 セオは嬉しそうだった。口に蓄えた白ひげの動きからも微笑んだことがすぐに分かった。

 ……それは、素直に嬉しかった。


「透弥、そちらの御方は?」

「こちら、セオじいだ。セオじい。こっちは俺の仲間のアーノルドと、莉花」

「ほっほ。よろしくのう」

 セオの前で気の抜けた様子の透弥に莉花は結局警戒を解いた。なによりこの老人の前で警戒するのは無駄な気がしたのだ。


 そういえばブレイブはどうしたのかと意識を向ければなんとか起き上がっていた。

「くっ」

 悔しそうな声をあげている。そのボロボロの体は二人の喧嘩の本気さを指し示していた。莉花は少し、気が遠くなる。いったいなにをすればこうなるのやら。

「情けなどいらん! 殺せ!」

「いや、別に殺すつもりはないけどさ……」

 扱いに困ってしまう。

 と思ったときだった。


 身の毛がよだつ感覚。

 全身がそれに対してアレルギー反応のように拒絶を示している。走るのは恐れではなく――許容量を超えた激しい怒りだ。燃えるような、怒り。

「ブレイブ。その者らを連れて奥へ参れ」

「! 王よ! しかし、この者は」

「御託はよい。その者らは余の望むもの。分かるな?」

 ぐっ、と不満を飲み込んだブレイブははい、と小さな声で相槌を打った。


***


 神殿の中を歩いていく。

 中も特別な石で造られているらしく、不思議な光が広がっている。

(……奥に進むにつれて、体の熱が上がってく)

 この奥には透弥の魂を揺さぶる者がいるということだ。それは恐怖にも似た、煌々と燃え盛る怒りそのものだ。ブレイブが謁見の間の戸を開く。


 本物の龍。

 龍だ。

 謁見の間の奥、天蓋付きの寝台でその鎌首をもたげているのは、透弥の二倍はありそうな巨大な龍だった。長い尾をくるりと巻き、水晶の鱗に覆われている。その黄金の眼光を前にして透弥が思ったのは――落胆、だった。

(……え?)

 信じられずに透弥はその落胆をもう一度、理解しようとしてしまった。だがそれなのに疑問が止まらない。


 これっぽっちの矮小な存在に震えていたのか。

 たかだかこの程度。

 この国を納める程度の力しか持ち得ない龍に。


 どうしてかは分からないけれど、確かに思っている。その事が信じられなかった。それに対して龍の王は緩慢な仕草で頭を地面の上に置いた。

「……よもや、これほどまでとはな」

「? なんの話だ?」

 龍神はため息を付いた。何かに呆れているようだが一体何に呆れているのかさっぱり分からない。

「お前が、クリスタル・ドラゴンか?」

「……いかにも。余がそうである」

「なら頼みがある。この呪いをかけたのはあんただろ? ――解けよ」

 龍はなにも言わなかった。

「は、はは、はははははは!!」

 その言葉に男は笑った。

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