第23話 龍族、到来。
二人が歩くのはエメラルドで出来た道だ。
「……これが、シュア・リ・メア……龍の産道。なんだか神秘的だな」
透弥はそう言いながら柔らかく笑った。
「セオじいさんはなんで、龍神の里に向かってるんだ?」
「わしか? わしはのぉ、あの里に運命と出会うために来たのじゃよ」
「なんだそれ」
あのあと。さんざん泣いた透弥はセオと共に龍の産道を歩くことを決めた。なんだか疲れてしまったと言うのもあったし、なんとなく、村長に甘えているような気持ちになったと言うのもあった。
「運命じゃ。わしはホビット族の鍛冶師での。ホビットの中でも一際大きいのがわしなんじゃが……ある日、長に言われたのじゃ。わしにできることがあると。龍神の里に住まわれる龍神様は予言ができての」
「それを聞くために行くのか」
「そうじゃ。透坊はなんのために行くのかの」
「……龍の呪いを解くためだ」
透弥はフードを外して顔の右半分をセオに見せた。彼はその顔を見ると優しく頭を撫でてくれた。
そうこうしているうちに、シュア・リ・メアに終わりが見えてくる。
「……すごいな、これは」
全て白い石で作られた家が並んでいる。その中央には銀と金で縁取られた美しい神殿が佇んでいた。街のなかを走る運河の青い光が反射して、白い建物が白波の模様を持つ、淡い蒼の建造物に見える。
「そうじゃの。さて、龍神様はあの中心の神殿――ル・シュアにおられる。早速行こうかのう」
「……ああ」
神殿の扉に手を掛ける。透き通った白い石の扉は少し力をいれるだけで動いた。
《……トーヤ》
黒炎丸が不意に声をだした。セオの前で黙っていたのに、急に。次第に開き行く扉の向こうを剣が見据えている気がした。
《来るぞ》
刹那、肌が弾けた。扉の向こうから感じる強烈な殺気に、体が痺れる。
「セオじい!」
離れてろ、までは言えなかった。
神殿の奥から飛んできた一筋の弾丸の首を穿つ。衝撃波が地面に広がった。やってきた男は重心を鮮やかにずらして蹴りを繰り出す。
「ふっ……」
神殿前の芝生の上を転がった。何とかガードした腕は激痛に痺れている。透弥の頭に足が乗せられた。
「ダメダメだ。謁見者としての資格を微塵も感じられぬ」
「あ、あんたは誰なんだ……!」
「ふん。でき損ないが大きな口を叩くものだな。勇者でありながらそれを受け入れられぬ癖をして」
透弥は芝生に力の全てを走らせた。黒い炎から逃げるように男は後ろへと下がった。透弥は起き上がる。
その男は頭から一対の角を生やしていた。手は鱗と凶悪な爪を持ち、眼光は獣をすくませる蛇のように鋭い。
「私は龍族の一人。近衛騎士のブレイブだ。でき損ない、貴様の名は?」
「……透弥」
「では透弥。これより先、龍神様に謁見したくば……全精力をもって私と戦え。出なくば先には進めんと思え」
そう言ってブレイブは両手剣を抜いた。己も黒炎丸を抜く。二人の視線が交差した。その瞬間にどれほどのやり取りが行われたのか。
木の葉が枝からひらりと落ちた。
その葉が地面につくよりも先に、背後に回り込んだ。黒い炎が空中をちらつく。頚を落とす前にブレイブの剣が透弥を弾き飛ばした。
剣を地面に刺して勢いを殺しつつ、砂埃の中から気配を探る。それはまるで水底に落ちた針を探すに等しい行為。しかし、気配を掴んだ透弥は一気に距離を詰めた。
手を伸ばす。鋭利に尖った爪はブレイブの喉を掠めた。
「なっ……!!」
かわされたと理解した透弥の頭がなにかを叩き出す間でもなく、その体を宙でくるりと回転し足を叩き込んだ。
「ヴアアアア!!」
「っ……! 邪竜化?!」
黒い炎が渦巻く。ブレイブが透弥の様子になにか検討を付けるよりも前に飛びかかった。尖った牙が目の前に迫る。
一歩後ろに飛び退いた。目の前で凶悪な龍の顎が閉まったような錯覚を覚える。
「……踊れ」
何かが削られる音と共に落ちてきたのは水晶の杭。それを辛うじて良ける。
「舞え」
今度はより曖昧な指示だ。無数の水晶の糸がブレイブの身体に触れる。触れた箇所はその糸の魔力の濃さに出血した。
「……素直に称賛しよう。異国の龍よ。最早ここまで上り詰めていたとは。だからこそ、このままは終われない」
ブレイブは一気に距離を詰めた。握り締めた拳は透弥の顔面を撃ち抜く。その事に怒り狂った彼はそのまま回し蹴りをブレイブに食らわせた。
吹き飛ぶブレイブまで距離を詰める。その強烈であろう肘鉄をかわすことは諦めた。代わりに掌底を食らわせてやろうと構える。
空気の糸が張り詰めていく感覚。
音も風も温度も無くなったような気がした。
ゆっくりと相手の腹部に手を当てる。それと同時に肘が顎の骨を砕く。その瞬間、時間の尺度が元に戻った。
凄まじい速度で吹き飛ぶブレイブと、内蔵を魔力で打ち抜かれて血を吐く透弥。
「……っくそ、また理性がなくなってやがったぞ」
「どうやら自我を取り戻したようだな」
袖で鼻血を拭いながらブレイブは立ち上がる。口の血を舐めとれば口内には苦い味が広がった。
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