第19話 怪鳥チーチ
透弥の眉間に刻まれた皺は海峡のようだった。
ベッドの上であぐらをかいて、頬杖を付いている。あまり楽しそうな雰囲気には見えない。当たり前だ。もともと彼は教育を受けていない。これは大したことがない。彼は農民な訳だから。
その透弥にマンツーマンで鬼畜レッスンをして文字を教えたハゲ丸は天才だろう。おかげで彼は今、勇者ロベルトの英雄譚を読めている。
「……ふう」
本を閉じて息を抜く。
本を読むのは疲れる。元々読めなかった、と言うのもあるわけだけど。
本を読んで分かったことがある。
英雄ロベルトは、スゴい人間だ。英雄の中の英雄だと思う。尊敬に価する。
「透弥。したくができたぞ」
「ん? おー……」
現れた莉花は白銀の鎧を身に付けていた。彼女は髪を耳にかけた。ところどころにジャスミンの花の意匠が施されている。
「似合ってるぞ、莉花」
「あ、ありがとう……神聖ヴェナ国の鎧らしい。津の国にはあまりない形だな。透弥も見繕ってもらったらどうだ? 氷の加護がかけられていて寒さが平気なんだ」
「あー……あー……あー……俺は、良いよ」
気まずくて目線を反らす。莉花は首を傾げた。頭を掻きながら、辿々しく説明する。
「実はさ、アマル=ダガンに入ってからその……寒さ、感じないんだ」
「……それは」
クリスタル・ドラゴンの鱗に覆われた手を反対の手でなぞる。爪先は氷の中を歩いてきたせいで赤く悴んでいる。それなのに、全く寒さを感じない。
それは多分、おかしなことだ。
だけど今まで全く気が付かなかった。火山のなかにいたときは熱さを感じていたけど。よく考えればそれだって、常人は全く耐えられないような熱さだったんじゃないか?
「ま、気にすんな。とにかく、そのチーチとやらを倒しに行こうぜ」
二人は話しながら外に出た。そこで待っていたのはアーノルドだった。アーノルドは傍に巨大な犬のような物を侍らせている。
「お二人とも。チーチの元にはシュパを使って行きましょう」
「おお、犬か!」
「………………犬?」
シュパの鼻を撫でていた透弥は驚いて振り返る。
「犬。知らないのか!?」
「……え、う、うん」
「そんな! 犬は天才的に可愛いんだぞ! 犬を知らないなんて!!」
あり得ない、と言いながら頭を抱えた。透弥は犬派だ。圧倒的犬派だ。ちなみに、透弥は今シュパに食われている。気にしてないけど。
シュパのソリはとても速かった。
雪道でもその速度が落ちることはない。聞けばシュパは三日月湖付近でしか捕獲できない動物らしい。それをメイン商業にすればきっと儲かること間違いなしだろう。
お金って大事だよな。
旅に出て透弥はそうだと学んだ。お金って大事だ。命の次くらいに。
「……この辺りがチーチのいる辺りデス」
「なんで知ってるんだ?」
「生け贄を出している貴族を捕まえて吐かせマシタ。座標まで細かく吐かせマシタ」
アーノルドは有能だけど所々怖い。なんというか亜光速と言う感じだ。三人は雪山の中に入っていく。雪を踏みしめる感覚はとても新鮮だ。
「誰ザマス! アテクシの域を荒すのは!」
大声が響き渡った。雪が天井から落ちてくる。
「走るぞ!!」
「ああ!」
雪が落ちてくる洞窟を走り抜ける。明るい光の差す方へと走り抜ける。
走り抜けた先にあったのは、白銀の洞窟。それを照らし出す青い光だった。思わず息を飲んだ。白く、優しく、淡く。幻想的な雰囲気は神殿を思わせる。と言うよりも。
「……ここは、神殿か」
神に祈りを捧げるための台を見て透弥は納得した。そして、同時に凄まじい怒りを感じる。それは、本来ならば祭壇があるべき場所に寝転がる鳥に対してのものだった。
《気を付けろ。あれがチーチ。万物を凍らせる、原初の魔法の持ち主だ》
「……わかった」
鞘から黒炎丸を抜き放つ。
「なんでござんす? アテクシに歯向かうつもりザマス!? それとも、その魚人を貢ぎに来たザマスか?」
「……貢ぎ?」
「そうザマス! アテクシ、魚人をつるんと飲み干すのが大好きザマスのよ!」
飲み干す。つまりこいつは、魚人を丸のみに。透弥は地面を蹴った。雪の煙が舞い上がる。
「っ、てめぇえええええ!!」
黒い炎が雪の中で確かな起動を描く。鋭い斬撃はチーチの作り出した氷の壁に阻まれた。透弥はすぐに神殿の壁に着地する。
「莉花!」
「任せろ! 燃えよ、火龍!」
炎を乗せた大剣がチーチの作り出した氷の壁を破壊する。透弥はその霰の中を飛行しながらチーチに接近した。
「ハエ風情が!」
「ッ……!」
チーチの二つ目の頭が、こちらを向いた。
刹那、羽で吹き飛ばされる。
「透弥様!」
「くっ……」
岩にぶつかった拍子に肩の骨が折れたかもしれない。だがそれはドラゴンの力ですぐに治る。問題は莉花だ。
「莉花!」
「……平気だ。たまたま雪の上に落ちた」
二人はそう言ってチーチを見た。
チーチ。
双頭の鳥がその嘴で喧しく囀ずっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます