第17話 勇者??
「ちょっ、ちょっと待て! ゆ、勇者ってなんだよ……」
震える透弥の声に気絶したアーノルド以外の視線が集まった。
冗談じゃない。
自分が、勇者?
なにかの間違いではないだろうか。だってそんなことがあり得るはずがないのだ。自分はただの、白国村の農夫だ。
「勇者って言うのはかんたんなことデス。多くのヒトを救う救世主。勇敢にも巨大な敵に退治するモノ。それが勇者デス」
「わ、訳が分からねぇ。俺が勇者? そんなわけ無いだろ……」
起き上がったアーノルドは首を横に振った。意味を理解して血の気が引く。手がガクン、と地面に落ちた。
「アナタ様はまごうことなき勇者。勇敢なるモノ。アーノルドの眼は誤魔化せません」
「…………」
勇敢なる者。勇気のある人間。勇猛にも厄災に立ち向かう人間。確かに透弥は村で猪を倒したし、津の国では意図せず猿鬼と妲己を追い詰めた。
でも、それだけだ。
流里では間に合わず、妲己の首は羅紅がはねた。猪に対峙した時は村の掟と命とを勘定にかけた。猿鬼だって莉花の手柄だ。
「……俺じゃないよ。それは」
「ならばワタシにとっては貴方が勇者デス」
何を言ってもそれを譲らなさそうなアーノルドにため息が思わず出た。
アーノルドに連れられてやって来たのは湖――凍り付いた湖が見える、いわゆる湖畔の城だった。王様は勿論魚人だった。簡単な謁見を行いすぐに通されたのはアーノルドの私室だった。
彼の名前はアーノルド・デッケルフォン。
城で文官をするそこそこ偉い立場らしい。
「ワタシはここで何年も予言に聞く勇者の存在を待ちわびマシタ。何故ならば、この国が『厄災』に見回れると分かっていたからデス」
「厄災?」
アーノルドは難しい顔で頷いた。
「今、この国は厄災に見回れてマス。それがあれ……『氷結地獄』デス」
凍り付いた湖。霜の降る広野。白く、冷たく、果てしなく命を奪う。辺境の村は全てあの氷結地獄に飲み込まれた。……しかし。
「この王都だけは飲み込まれなかったのデス。デスが周りは全て凍り付き、外界との連絡手段も絶たれました。国王陛下にお伝え申しても『放っておけ』の一言デシテ……」
「……外界の情報なら、俺と莉花が持ってるぞ」
「なんと。それをいただきたいのですが生憎対価を私は……」
「いや、無償で良い。代わりにその氷結地獄についての話を聞きたい」
「お安いご用デス」
何から話すべきかと考えている時だった。莉花がそっと手を握ってくる。彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。なんだろう。とっても嫌な予感がする。
「私がアーノルドと話し合っておこう」
「え、で、でも……その……」
「少し休んだ方がいい。疲れてるだろうし。色々、あったでしょ?」
あろうことか莉花は壁に立っていた女性に頷いた。薄青の肌を持つヒトに見た目の近いそのメイドは頷くと透弥を立ち上がらせる。
「勇者様。こちらでございます」
「えっ、ちょっと待て、俺だって話聞いてた方が効率が良……」
「いいから、休め」
その気迫になにも言葉を返せないまま、透弥は客間へと拉致されたのだった。つまるところ、あろうことか追い出されてしまったのだ。
「我々は退室します。なにかありましたらそのベルで私どもをお呼びくださいませ。それでは」
メイドの言葉と閉じる扉を放心状態で見てしまった。
広々とした客間。そこに一人連れ去られた。しかも莉花に休めとすら言われてしまった。
「……そんなに俺、ひどい顔か?」
尋ねた言葉の答えはもう分かっていた。嫌がらせのように目の前に鏡がある。憔悴しきった顔と、鱗に覆われた顔の半分。目の下のクマ。
ひどい様だ。だけど。
「……」
答えがでない。答えが見つからない。
自分は何故、ここで生きてるのだろうか。
自分は何故、存在しているのだろうか。
それだけならいい。だけど、その上自分が勇者?
笑わせるな。
勇者ならばどうして、自分には。
《悩んでるのか?》
悩まないはずがない。
そもそもなんで、黒炎丸は勇者の剣だと早く教えてくれなかったのか。
《……分かるだろー、普通。石に刺さってる剣といえば勇者の象徴だろ……エクスカリバーとか、しらない?》
「……知ってると思うのか?」
《んま、そーだよな! それにオレサマ、説明したつもりになってたし!》
「なってるなよ」
ふう、とため息が溢れた。
《少しは落ち着いたか?》
「まあな……んで? なんか話でもあるのか?」
《……おう。不必要なことだと思うけどよ、魔王ヌマーサについて話しておこうと思ってな》
ベッドに身体を倒しながら楽な姿勢で話を聞く。黒炎丸はボソボソと話し始めた。
《魔王ヌマーサ。それはこの世界に瘴気をばらまく張本人だ。猪や猿やら動物が瘴気を吸い込んで豹変するとケモノに変貌するんだ》
「……ケモノは一体なんなんだ?」
《さぁな。ただ勇者の恋人もケモノに殺された》
「…………勇者ロベルト、か」
観察していて気が付いたが、良く見れば黒炎丸の柄のところには顔らしき模様がある。それがニタニタと動くのだ。
《勇者ってのは神様に選ばれて特別な武器を下賜されるんだぜ。オマエ、知らないだろ?》
「じゃあ俺は勇者じゃないな」
《なんでだよ。オレサマとオマエの出会いは神様の巡り合わせだろーが!!》
剣がじたばたと動く。
……前から思っていたけど、なんというかこいつは剣の癖にリアクションが豊富なのだ。下手したら透弥より表情豊かだ。
「そんなわけあるか。俺とお前は神様なんかいなくたって、であってたよ」
《………………》
「黒炎丸?」
急に黙った黒炎丸に声をかける。
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