第16話 勇者?

 雪原と化したハッパ高原から二日も歩くことになった。理由は簡単で、雪原地帯が商人が確認していたよりも広くなっていたのだ。

『わるいなぁ、あんちゃん。これ以上は馬の具合を見ても近付けそうに無い……』

『いえ、良いんです。ここまで迎えに来てくれてありがとうございます。その、帰りを頼むときはこの鷹に手紙をくくりつけて……』

『お! ありがてぇなあ! これからもファトス商会を贔屓に!』

 ガハハハハ、と豪快に笑いながら商人達は街へ戻っていった。彼らと別れて二日。一度野宿を挟み歩いてきた訳だが。

 ……正直、商人達が防寒着を格安の値段で売ってくれなければ今頃野垂れ死んでいただろう。心のなかでお礼を言っておいた。

 モコモコで暖かいし肌触りがいいし、ぼったくられたかと思ったがこれは多分『キゾクヨウ』と言う奴だろう。だとすればあの値段にも納得だ。

 普段はパタパタ翔んでいるハゲ丸も、ポンチョのようなものを着せられて頭の上でうとうとしている。曰く、冬眠とのこと。

「……あ、あれかもな」

 見えてきた村の光景に目を見張った。


 半魚人、と言うものを透弥は知らなかった。馬車のなかで暇潰しに聞いた莉花の話によれば、ダゴンと人間とのハーフらしい。

 ダゴンは末端の神に属する。なので種族全体で魔法に長けている。粘性の体液を身に纏い、蛙と魚と人間を足して三で割ったような感じの見た目をしているのだが。

「……本当に魚だな」

 圧倒的に魚なのだ。なんと言うべきか。ここまで魚とかあり得るのか。もっとお洒落な感じで妖精とか神様とかそれに近いのかと思えば、隠すこと無く魚人だ。

「ん? ダガン種は透弥の国にはいないのか?」

「ああ……へー。可愛いような……そうでもないような」

 愛玩動物を見るときのような顔になってる透弥を白けた顔で莉花は見た。その可愛いは女の子に向けられるようなものではない。


 だが、気になったのはそれではなかった。

 村の周りは氷の丘が広がっている。あまりにもそれは分厚すぎて中で草木が凍り付いていたくらいだ。それなのに、この村は氷どころか雪の気配すらない。

 なんだか妙だ。

《だな。そしてオレサマもこの辺りで妙な気配を感じるぜ?》

 どう言うことだろうか。

 だが黒炎丸がなにかを言うよりも先に、話し声が耳に飛び込んできた。

「ヒレ無しだべ」

「なんちゅーこっちゃ……」

「ヒレ無しなんて最近は滅多に来なかっただに」

「なんで急にそんな……」

 ひそひそと陰口が行き交う。

「……歓迎されてないみたいだな」

「それは仕方ないだろう。亜人種からしてみればヒレ無しなんて災いを持ち込む面倒なものだ。できれば関り合いになりたくないだろうよ。ましてや人間には亜人を奴隷にするような奴もいるからな」

「……」

 奴隷。自由を持たない人間のことだ。透弥は多くを知らない。白国村のあった国にはそういう文化はなかったし、津の国もそうだ。


 と、思っていた矢先、先程話していた農夫らしき人々が近付いてくる。

「おんさおんさ、聞きたいことがあるんだべ」

「なんだ?」

「あんさんは【龍剣の担い手】だべ?」

「……りゅう、けん?」

「んだんだ。その腰にかけちょる剣。黒い炎だす勇者の龍剣だべさ」

 思わず表情が凍り付いた。


 勇者の龍剣。

 ふっと頭に浮かんだのは昨日、酒場で聞いた勇者ロベルトの逸話だ。クリスタル・ドラゴンの加護を得ている剣。それを龍剣と呼ぶ、と言うことなのだろうか。

「透弥……?」

「あ、でも、アーノルドが勇者じゃないと言ったら違う人間だ」

「んだ。ならアーノルドに見せるだ」

「んだんだ」

 透弥を抜きにしてダガン達は話し合っていく。と、その時だった。


 バサ、と紙が散らばった音がした。そちらを見ると、放心状態の魚人が経っていた。なにやらお城にいる文官のような格好をしている。

 だが特徴はそれだけではない。

「あ、アーノルド。ちょうど良いとこに来たべさ。このあんさんのことを」

「…………さまだ」

「んだ?」

 小太りの魚人が首を傾げた。アーノルドと呼ばれた魚人はその瞬間、高速移動で透弥に抱き付く。

「え?」

《うおお!?》

「ぎゃぃ!?」

 粘液が服をぐっちょりと濡らす。アーノルドからの熱い抱擁に真逆の冷や汗が流れた。大人しかったハゲ丸も思わず声を出し、黒炎丸も驚いてる。

 倒れる。

 魚人に、押し倒される。


 なんて嬉しくないシチュエーションなんだろうか。だがそんなのは無視。抱擁された当人が放心状態なのを良いことに、アーノルドは叫んだ。

「お待ちしておりました、勇者様! アナタこそが私めの未来を照らす勇者にございマス!」

「え!? は!?」

「ああ、なんと言うことでショウ。生きていながらアナタのような勇敢なる、勇猛なるヒトに逢えるなんて。私の幸せ……ゲコゲコ。どうかこの沼をお救いくださいませ勇者様! ゲコゲコ」

「は? え?」

 蛙の鳴き声を真似しながらアーノルドは気絶した。透弥の背筋に汗が滴る。嫌な予感がする。龍剣が黒炎丸なら。勇者が透弥なら。

 ここで自分はどうしなければいけないのか、考えるまでもないはずだ。

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