第三章 魚人アーノルド
第15話 アマル=ダガン
二人が火楼を出てからおおよそ五日が経っていた。
ここは、大陸の北側にあるリグデンの街。一年中ほとんど雪が降っているらしい。そのリグデンの町の酒場は、いつも通りの盛り上りを見せていた。
「これより始めますは勇者ロベルトの冒険譚! 悲劇にして勇敢なる偉大なる勇者に敬意を表して、ここで語らせていただきましょう。時は数十年前の話にございます」
仰々しい語り口と共に義勇詩人が切ないバラードを奏で始める。透弥は肉を切り分けながら首をかしげた。
「勇者ロベルト?」
「む? 透弥は知らんのか?」
「知らないって言うか……」
莉花は肉を飲み込んでから得意気に話し始めた。
「勇者ロベルトって言うのは魔王ヌマーサを倒した偉大なる英雄だ。ほら、聴いてみるといいよ」
義勇詩人は大袈裟に竪琴を掻き鳴らすと声を張り上げた。どうやら場面はいつの間にかクライマックスに至っていたらしい。
「偉大なるロベルト。彼はクリスタル・ドラゴンの加護を受けし剣にて魔王の頸を一太刀にて断ち切った。愛しき皇女ルマの命奪いし魔王に慈悲など無く。かくして彼は瘴気の元凶を絶ち、この世に幸福をもたらしたのであった」
瘴気、の言葉に目を見開いた。ケモノの発生理由に関わってるらしい瘴気。呪いとは関係ないものだが、実に気になる。
「五宝を世界に散らばして、以降勇者はその影を眩ませたのであった」
《なぁ、透弥!》
義勇詩人の言葉を無視して黒炎丸が透弥に語りかけてきた。そういえばコイツを抜いたせいでクリスタル・ドラゴンに呪われたんだよな、と思う。
《お前の体の半分を寄越せ。そうすれば》
「断っとくよ」
《あー!?》
黒炎丸の中で魔王ムーブか来ていてやたらその台詞を乱用することを知ってる。だから敢えて交わしておくことにした。
《んなこと言って良いのかよ! オレサマは五宝が一つ。お喋り邪聖天魔剣、ダークファイアージェラシックバスタード……なんだったか。とーにーかーく! 黒炎丸なんだぞ!》
「さらっと黒炎丸って名前に馴染んでるなよ……」
《うるせぇ! オレサマは偉大なる五宝だっつってんだろー!!》
「そんなこと言って。あんなド田舎に邪聖天魔剣があるか……」
「いや、あると思うぞ?」
二人の喧しい(端からみたら頭のおかしい)やり取りに口出ししたのは莉花だった。莉花は食べきったらしく、ハゲ丸にサラミをあげている。
「五宝の一つである火竜の道鏡は霊山の地面に埋められていた。おいそれとそうとは分からないようにな。だから、ロベルト殿が白国村に剣を持ち込んでいた可能性はある」
「……無いだろ……」
その時だった。後ろに数人の商人が座った。そのうち一人がため息を付く。
「弱ったなぁ……まさかこんなことになるなんて」
「うーん……このままじゃあシュア・セーダに行けないぞ」
「でもなぁ」
莉花と透弥は目線を合わせて頷いた。
シュア・セーダ。竜神の言葉で『竜の尾』を意味する都市は大陸でも一つしかない。
「すみません。お話を聞かせてもらえませんか」
「ん? 嬢ちゃん達もシュア・セーダを目指してるのか?」
「ええ。なんでシュア・セーダに向かえないのでしょうか」
商人達は切羽詰まった様子の莉花のために色々話してくれた。それを聞いた莉花は顔をしかめた。
「透弥」
「なんだ?」
莉花が手に持つのは商人たちから借り受けた地図だ。その表情はかなり険しい。広げた地図の一点を莉花は示す。
「私たちはこの北にあるリグデンにいるのだが、ここからだと海沿いは雪が険しくて商人は使わないらしい。だからこの迂回路である三日月湖の傍にあるアマル=ダガンを通るのだが、このアマル=ダガンの付近で鳥のような獣が暴れまわり一帯が凍り付いているらしい」
「なあ、莉花。それって……」
「十中八九、ケモノだろう。そして凍り付いているから三日月湖には近付けず、商人や旅人は困ってるらしい」
二人は頷いた。
急いでいる旅だが、それでもここで迂回するよりも困ってる人を助けたい。その思いが勝ったからだ。
「俺達が、アマル=ダガンに向かいます。教えてくれてありがとうございました」
「おお、気を付けろよ坊主」
「なんなら俺らの馬車に乗せてってやるよ。アマル=ダガンの手前、ハッパ高原までだけどな。そこなら氷が迫ってきてないから」
「そこからならアマル=ダガンまではどれくらいかかるんだ?」
「んー……一日で付くと思うぞ」
ただなぁ、と商人達は目を伏せた。
一日で着くならそう問題はないはずだし、その誘いを断る理由はない。むしろそこまで送ってもらってありがたいくらいだ。透弥は矢翔馬のことを考える。山の主らしいけど良いのだろうか。
「アマル=ダガンに住まうダガンの一族は半魚人なんだが、とても何て言うのかな……とても閉鎖的な一族なんだ。だからその、どう転ぶか」
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