第12話 昔の夢を見る

 夢を見る。

 夢を見る。


「羅紅! なにか方法はないのか?」

「教えてくれと言われてもな……クリスタル・ドラゴンの呪いを解く方法なんて……」

「……無いの?」

「そもそも何故、ドラゴンの解呪など……」

 四人の人物が話し合っている。

 一人は背が高く、図体が大きい。二人目は傷だらけで無精髭が生えている。三人目はふわんとした女性。四人目は――莉花に、どこか似ていた。

「お花が、見たんだ」

広嗣ヒロツグ?」

「俺らの息子が、呪われるところ」

 ――え?

 透弥は訳が分からなかった。

 両親だ。

 透弥の、親だ。

 でもなんで、そんなところを知ってるんだ?


「……ケモノは瘴気によって動物が変化したものだ。余が知ってるのはそれくらいよ。竜神の里に向かえば話は違うだろうけどな」

「……できるだけ、はやく戻らなきゃいけないんだ。どういうわけか、あの国の神の力が弱まってる」

「私達の山には新しい神様が生まれたから平気だけど……麓の村は、分からない」

 山には時雨がいたから、今まで襲われてなかった? だとしたら、時雨は。

 嫌な予感が駆け巡る。

 二人は顔をしかめた。母は首から下げた石を握る。透弥の目の色と同じ黒曜石を。

「……透弥」

「花。大丈夫だ。大丈夫。きっと、あの村も皆一緒に、救えるから」

 まだ見ていたいのに、ゆっくりと視界が落ちていく。その光景はまるで水晶を通した世界のように変化していってしまう。手を、伸ばしているのに。

「待て! 待てよ! 親父、お袋! なあ、なんで……俺のことっ、俺のことを! 捨てたんじゃねぇのかよ!!」


 そのままくるくると落ちていく。その脳裏に焼き上げるような憎悪が迸った。手から、頭から、足の先まで。

「……どうしてだ。どうして、こんな時に」

「すまない……本当に、すまない……お前を、裏切ることになって……」

「だからって、こんな時にッ……」

 暗闇のなかで一枚の光景が輝く。血が地面に飛び散っている。ひとりの男が剣を地面にさして嘆いていた。

「…………憎むぞ」

「ああ」

「俺は、お前を憎むぞ。いや、お前達を憎むぞ! 俺にこんなことをしたお前達を! 俺は――憎むぞ!!」

 焼け付くような黒い炎が胸の内を焦がした。憎い、憎い、憎い憎い憎い。男はそう叫ぶ。人が憎い。世界が憎い。

 なんで自分は存在してるのか、もう分からない。

 憎い。

 憎い。憎い。憎い。



「透弥!」

 目の前に、莉花がいた。

「……なぁに泣いてるんだよ」

「ばか、ばか、ばか……死ぬとこだったんだぞ? それなのに、なんで、平気そうに笑ってるんだ」

 死ぬところだった。言われるまで分からなかった身体の痛みが途端に襲ってきて透弥は身体を丸くした。

「透弥! 術師様を――」

「いいえ、大丈夫です。彼は竜の呪いを受けています。肉体の修復スピードは我ら皇族に勝るとも劣らず。これ以上の呪術は不要です」

「……かあさま?」

 入り口に立っていたのは夢の中で羅紅、と呼ばれていた男性と共に両親と議論していた女性だった。シワが増えてはいたが、それでも色褪せぬ美しさがそこにはあった。

「透弥様。礼儀は抜きになさいましょう。それで、私から話がございます」

「……莉花の、お母さん……」

 后妃である莉花の母親――春鸞は唇の端を持ち上げた。彼女が淡々と話したのはこの国の現状だった。それには莉花も知らない事実が多く含まれていた。


 例えば、愛人を寵愛しているように見えた彼女の父である羅紅は、元々その愛人……名を湖李と名乗る女性に莉花の姉である蘭花を殺されたと思いその化けの皮を剥がすために演じているらしい。

 その時間稼ぎの間に春鸞は湖李と辺境で噂になっている先の巨大猿が繋がっていることを発見していた。

 弟の浩然は二人から急ピッチで公務の引き継ぎを行い、両親がダメになったと見せかけて公務の練習を行っていたらしい。

「な、何故教えてくれなかったのだ!」

「だって貴方は顔に出ますもの」

 確かに莉花は演技が苦手そうだ。

 だってよくも悪くも愚直なのだし。


「それで、俺に話って」

「お願いがございますわ、透弥様。あの巨大猿……猿鬼を殺してはくれませんか?」

 ハゲ丸が透弥の耳元でなにかを囁いた。その内容に透弥は同意と思い頷いた。

「で、それに俺達にどんなメリットがあるんだ?」

 その言葉に后妃は高笑いを溢した。

「おほほほほほ! 素晴らしいですね。それだけきちんと駆け引きが出きるならばヒロツグやハナ――貴方のご両親も満足でしょう」

「…………両親は、ここに、来たんですね」

 后妃はなにかを断ちきるように扇子を畳んだ。それから入り口の護衛に目を向けると、護衛達は一枚の青銅鏡を持って現れた。


 その側に小さな少年もいる。

「母上。これで、よろしいですか」

「浩然……」

 少年はにっこりと笑った。

 その笑みは子供が親しい相手に向けるものだ。無邪気で、打算の無い笑み。それが村にいた子供達を思わせて、胸が軋んだ。

「りふぁ姐様は、自分のなさりたいようになさってください。だって、姐様がしたいことは、いつだって誰かを救うことだから」

「……」

 莉花は手を握り締めた。后妃はそれを見届けると口を開く。

「この鏡は【火竜の鏡】。竜の呪いを解けると聞いて入手しました。貴方には猿鬼の討伐の対価にこの国宝を譲りたいと思います」

 后妃の言葉に透弥がどのような返事をしたかは、言うまでもないだろう。


***


 猿鬼が住むのは津の国を囲む七霊山の一つ、炎乃実山だ。透弥は早速、そこへ向かう旅支度を始める。

《全く、オレサマの担い手は自由人のお人好しすぎるぜ》

「嫌か? なら鞘はずっと外しとくが」

《……いいや、全然。嫌じゃないぜ》

 黒炎丸の柄をそっと撫でてやる。と、部屋を仕切る簾の向こうから力無い声が聞こえてきた。

「透弥……入るぞ」

 声の主は莉花だった。白いジャスミンの花のような服を纏った彼女は何故か、肩から両手剣を下げていた。

「莉花?」

「透弥。私も、一緒に連れていってほしい。足手まといにはならないようにする。するから……」

 俯いてしまった。

 彼女のような花の美女が俯いているとそれだけで大変絵になる。が、暗い表情は苦手だ。

「良いぞ。ただ、危なくなったら絶対逃げろ」

「……うん! ありがとうな、透弥!」

 花が咲いたように思えた。

 それほど、彼女の笑みは美しかった。


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