第二章 火の竜の国 津
第9話 火の国の王女
津の国は四方を火山で囲まれた国だ。この国の皇族は誰もが火竜の加護を受けている。その為、竜の伝承が一際多いのだ。
そして、津の国の皇女である
「莉花嬢! また抜け出してきたのか?」
「市政視察だ。将来、私がこの国を治めることになるのに何も知らないとは恥だとは思わないか?」
「はは、莉花嬢は立派だな。そんで? 本音は?」
「闘技場とは面白いな!」
肉巻き棒を売る店の男の声に素直に返せば高らかな笑い声が聞こえてきた。それと同時に肉巻き棒を渡された。
「莉花様。今日もまた降りてきたのですか?」
「ああ。今日は金は持ってきてないから、冷やかしにな」
「かか、構いませんよ。皆、姫様のことを心待ちにしておりましたから」
「ありがとう」
老婆の声にも冗談を交えながら莉花は答える。
莉花はそのまま、露店のカウンターに座り込んだ。金を置けば代わりに酒が出される。
「あまり衛兵を困らせるなよ、お嬢」
「大丈夫だ。金を握らせて遊ばせてる」
「……大丈夫じゃないよな、それ」
莉花は酒に口を付けながら今日のエントリーシートを見ていた。別にお気に入りの剣闘士がいるわけでも無いので、つまり本当にただ見に来ただけなのだ。
「皇帝陛下がお困りになられるぞ」
「しないだろう。上姉様の葬式以降乱心なさって女狐に良いように使われている皇帝と、その状況を用いて国庫に手を付けている后妃。公の場でそのような有り様なのに父と母として私になにかできると思うか?
「それ、は……」
莉花は自嘲気味に笑う。
「税は取り立てる一方。豪遊する母と愛人につぎ込みダメになった父。私が私財として幾分か頂戴し街に返さねば税ばかりが重くなってしまう。そして、そうそうに街はダメになる。改革を推し進めてはいるが……それに、弟の
中央ですらそれなのだ。地方では、どうだろうか。考えたくもない。年々、浮浪者が増えていると言う報告も耳にする。
「それに、王宮には私の居場所はない……ここだけだよ。私の、居場所は」
酒の水面に移った莉花はずいぶんと情けない顔をしていた。仕方がないとは思わない。自分のせいだ。父も母もあの女狐も止められない自分の。
不意に、隣に男が座った。彼は乱雑に金貨をカウンターへと放り投げる。
「これは、使えるか?」
それはたどたどしい我が国の言葉だった。莉花は思わずキョトンとする。
「使えますよ、お客様」
「助かる。飲み物を、なにか」
その言葉に俊熙は果実の飲み物を出した。フードを被った男はそれを口にする。それを飲むだけ飲むと男は去っていった。
なんだったのだろうか。まあ、明日にはいないとは思うが。
……だが、その日以降、莉花はその男と会うことになる。
男は、決まった時間に酒場を訪れて必ず果実水を飲んで帰っていく。なにかについて調べているらしく、飲んでいる客に何かを尋ねていた。
それ事態は珍しくない。
酒気が入れば口が軽くなる。浮気をした夫に妻は酒を贈ることがこの国ではしばしあるものだ。
だが、異様なのはその出で立ちだ。
彼は必ずフードを目深く被っているのだ。大きな剣を持ち、フードを被り素顔を隠す。肩に鷹を乗せている。初日以降はかなり流暢に我が国の言葉を発していた。
莉花は美しい顔立ちで、貴族の子息や、諸国の皇太子に求婚されることもままあった。けれども色恋腫れた惚れたよりも武芸や
その莉花の心が僅かに傾いていた。
或いは、僅かに惹かれていた。
フードを目深く被った異邦人と思わしき男。その男の素顔を莉花は、知りたいと感じていた。
***
その日、公務を終えてようやく自由な一時間を手に入れた莉花は迷わず酒場に足を踏み入れた。いつもならカウンターに座るが、その日は違った。
窓際で男は空を見上げていた。莉花は近付いていくと、その隣の窓辺に座った。
「こんばんは」
ゆっくりと顔を持ち上げられた。フードの中の闇のせいで顔はやはりみえない。
「……こんばんは」
「毎日通ってるな」
「見てたのか」
「いつも隣に座るからな」
思ったよりも低い声だった。男は果実水を口に含む。
「邪魔をしていたか?」
「いいや。そんなことはない。むしろ最近では、お前を探しているくらいだ」
その言葉に、男の雰囲気が驚いたものに変わったのが分かった。莉花はかすかな優越感を感じて口元に笑みを浮かべた。
「私は莉花。お前の名前は?」
「…………透弥」
「トウヤ……東の島国の方の出か?」
「ああ」
透弥はぶっきらぼうに莉花にそう返した。剣を持った男達がそれぞれ現れる。今日は人気剣闘士同士の戦いだ。きっと熱くて燃えるような戦いになるだろう。
「……言葉、流暢だな」
だけどなんでか集中できずに、莉花は言葉を紡いだ。
「宿屋の婆が教えてくれるんだよ。中々難しいけど……様になってるか?」
「とても美しい発音だ」
周りがとても静かな気がした。或いは、酒場の喧騒がどこか遠くのもののような気がする。二人きりのような、甘く親密な時間。
「なんで、この国に?」
「……龍を探してる」
莉花は驚いて彼を見た。
龍はとても神聖な生き物だ。竜とは違う。それを探してるだなんて。
「この国にはいないぞ。西の方にある『ル・シュア』に行かねば逢えん」
「! そこに行けば逢えるのか!?」
「あ、ああ……」
彼はそれを聞くと安心した様子だった。どうやら彼は中々情報が得られずにこの国である意味、足止めを食らっていたらしい。
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