第6話 流里
――ひどい、ありさまだった。
家は軒並み踏み壊され、人がまだ瓦礫のなかに埋まっていた。それは温泉街としての姿を見る影もない、
「……これは」
遺体に口が付けられていない。綺麗な状態だ。だが、地震や津波、洪水の影響で半壊したわけでは無さそうだ。それに、あったのならば透弥が気づかないはずがない。
《こりゃケモノのやり口だぜ、透弥》
「……ああ。まさか、この里もやられていたなんて」
透弥は立ち上がると、歩き出した。音はしないし、周囲にケモノの気配は感じない。代わりに、半壊した屋奥から人の気配が伝わってきていた。
「おいっ、誰か、いないのか!?」
透弥の焦燥したような声に、戸惑いがちに目の前の長屋の戸が開いた。出てきたのは村長と同じくらいの男だった。
「……なんだ、旅のものよ」
屋奥から警戒するように里の者達がこちらを覗いている。透弥は何かをする気が無いことを伝えるために黒炎丸をおろして地面に置いて一歩下がった。
「俺は白国村の透弥と申します。故あり、村を出てきました。この里は一体」
『白国村』の名を口にした瞬間、ざわめきが広がる。里の長らしき翁は歯軋りをしながら透弥を睨み付ける。
「そうではなかろう」
「……はい?」
「貴様は! あの封じた村の名を騙り、私達から物をふんだくろうとしておるのだろう! 見ての通りなにも残っておらんわ!」
「いや、そんなわけ」
無い、と言おうとした声は最後まで出せなかった。
背筋が撫でられたかのようにゾウ、と粟立つ。轟く足音は地鳴りのようなものだ。何がきたのか分かってしまった。
林のなかで遭遇したケモノは、みんな透弥が村で殺したのよりも小さかった。だとしたら、これから来るのは村で見たのと同じ大きさか、或いは一回り大きいものになるだろう。
悲鳴が響く。
「隠れていてください」
「!? おい、小僧!」
黒炎丸を握りしめる。
《おいおい、オマエを侮辱したのに助けるかよ》
「でも、彼等は生きているだけだ」
《へいへい。ま、あれだ。練習の成果を遺憾なく発揮しろよクソ弟子》
お前の弟子になったつもりは微塵もない、と脳内で返しながら透弥は鞘を捨てた。
墨のように黒い刀身は光を反射して鈍く輝く。その残像は炎のように揺らめく。息を吐きながら一気に斬り捨てた。
瞬間、全身の力が抜けたような感覚に陥りながらも黒い炎がケモノの皮を斬った。大きさはこの前のと変わらないみたいだ。
突撃してきたケモノの鼻先を切り捨てる。血の洗礼にも戦う内に慣れた。そのまま、教わった通りにケモノの首をおとした。
血を凪払う。興奮した体を沈めるように息を吐いて汗を拭った。血に濡れてしまった黒炎丸の刀身を拭くと鞘へ納める。
どういうわけか、この鞘へしまうだけで刀身が綺麗になるのだ。仕組みについて聞きたくないわけではないが、あまり気にならない。
「すみません。お話の続きを…………」
振り返った透弥の声が詰まった。
恨めしそうに、憎そうに、里の者が透弥を見ている。その手には石が握られていた。
「…………何故、助けた」
「…………」
「誰も貴様に誰かを助けろとは、私たちを助けろとは言っておらん。なのに何故助けた」
「………………何故って、それ、は」
誰かを助けたかったから助けた。
なのに、それを口にすることができない。それを見抜いたのか翁は畳み掛けてくる。
「私達はここで天命を待っておった。ここにいるほとんどは愛するものが殺されたからな……ああ、お前がこんな風に倒さなければ、私らとて思わなかったさ」
なんで、こうなってしまうのだろうか。
「お前がもう少し、早く来てくれれば、誰も死なずに済んだかもしれんのに」
それは、誰も助けろとは言ってないと……そんな風に透弥へ告げるような言葉だった。それが引き金となり、透弥に石が当たる。
「…………」
「化け物ッ!!」
「もしかしたらお前があれを呼んだんじゃ無いのか!?」
「なあ、答えろよ! 化け物!!」
それは疎らな礫から、次第に雨へと変わる。ハゲ丸は石を投げられている透弥には近付けないのか、空をぐるぐると回っている。
「…………俺が、何をしたんだ」
石はただ投げられ続ける。当たりどころが悪くて、頭に当たった。血が滴る。
「………………俺が……」
何を、したのか。
村から追い出され、石を投げられて。
自分はただ、より多くの命に救われてほしかっただけなのに。
自分がやったことはみんな無意味だったのだろうか。意味がなかったのだろうか。価値すらも無かったのだろうか。
一際大きな石がぶつかった。
こんな風にされるくらいなら、助ける意味なんて無かったはずだ。こんな目に遭うと分かっていた、助けたりなんてしなかった。
《それは違うぜ、透弥》
そんなことはない。
《オマエはそれでもオレサマを、村人を、助けてくれたよ》
そんなことはない。
自分は英雄でもなんでもない、ただの村人だ。誰かに変わってほしいくらいだ。助けるのなんて荷が重すぎる。これくらいで泣き言を言ってたらしょうがないけど。そんなことは分かってるけど。
だけど。
それでも、誰かを救いたいと思っているから。
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