第5話 外
透弥は汗を溢しながら山を降りていた。
林、と聞いていたはずなのに何故かどこまで降りても木と斜面が続いている。どちらかと言えば樹海のような体になってきた。
肝心の水先案内人ことハゲ丸もぐったりとした様子で透弥の頭の上に乗っかっている。
《くひひ、こりゃすごいな、おいおい。これだけの神木を植えても尚、ケモノは中に入ってきたのか》
「……起きたのか」
《おうよ! 悪いな! 放ったらかしにして》
「全くだ。なんであの時急に黙ったんだよ」
話し始めた剣に思わず相槌を打つ。それくらい、透弥は飽き初めていた。樹海攻略に。
《その事なんだけどよォ! オレサマってば鞘から抜かれるとお喋りできないシステムなんだ! だからまあ、精々一人で頑張ってくれよな!》
「早くそれを言ってほしい」
てっきり戦闘面でもアドバイスをもらえるものだと思っていたから。
《まあまあ良いじゃねぇか! なかなか良かったぜ? こう、ポンコツっぽくって》
「それ、誉めてないだろ……ああ、あと。お前に名前を付けたぞ」
《はぁ?? 名前ならあるぞ。オレサマの名前は邪聖天魔剣のダークフレイム……あー……エターナル……あー……》
「忘れてるじゃないか。あと、その名前ダサい」
静寂。
剣の柄からスゥ、と息を吸う音が聞こえてきた。そして。
《だああ!! もう、分かれよ! かっこいいだろ! カッコいい! もうすごいロマンに満ちてるじゃねぇか! あと、忘れてたのたまたまだから! ほんっとたまたまだから! オレサマ、別に百年近く話し相手がいなくて拗らせてた訳じゃないから!》
どう考えても拗らせている。
正気でないと言うか、頭おかしい。
《最低だな!》
でも大丈夫だ。
だーくふれいむうんちゃらかんちゃらよりも相応しい名前をきちんと付けたから。
《お? なんだ? オマエがもっとカッケェ名前を付けてくれるのか?》
「………………
《えっ?》
「黒炎丸」
《………………
黒炎丸は黙った。透弥も黙った。
しん、と静まり返った空間には透弥が小枝を踏み砕く音だけが響く。
《この山の麓には何があるんだ?》
「一つ里があると商人が教えてくれたことがある」
《どんなとこなんだ?》
「
川と温泉の有名な土地だと聞いている。白国村がある神之山は源泉があるとか無いとか……ぼんやりと小夜から聞いた気がする。
「温泉か……ここ何回か野宿だったしな……温泉に是非とも入りたいなぁ……」
そう言った透弥は、汗と土と血の混ざった煤を腕で拭った。
《なんでオマエ、そんな汚れてるの?》
「…………あれから、何度か実はケモノに遭遇した」
山を降りる最中のあちこちで、それらは存在していた。大概は白国村のしめ縄が無い場所や、倒木、土砂崩れの場所にいた。そして、やはり神木よりこちら側へは入ってはこれない。
ならなぜ森の中にいるのかは謎だが、いるのはやはり開けた場所だ。
「その過程で主様は煤まみれになったのでございます」
「ああ。食料は減るし、かといって見過ごして村が襲われたら目覚めが悪いし……あー……食べ物食べたいな。木の根とか、木の実とか、飽きた」
《オマエ、サバイバルに対して適正高過ぎない!? 木の根とか食べるの!?》
水分を取ることができる。木の根を傷付けて吸えば水分補給ができる。これは村で一度だけ鹿狩りに連れていかれたときに教わった。
《……ってん? 今なんか、一人多くねぇか?》
「それはワタクシのことでございましょうか」
「……え?」
ハゲ丸はハタハタと羽を広げて揺らしていた。それから器用にお辞儀をする。
「ワタクシ、村長付きのハゲ丸にございます」
「……禿丸?」
「違います。貴方達を導くように村長より言い付けられました。そう呆然としてしまうのもしょうがないこと。何せ、普通の鳥は喋りませんからな! まあ、ワタクシも人語を解する以外は立派な普通の鳥ですが」
ここまでお喋りが悠長な鳥は、多分普通の鳥とは言わないと思う。黒炎丸も同意見のようで二人は黙ったまま歩を進めていく。
「まあ、皆様の旅が少々騒がしくなったとお思いくださいませ」
「……これじゃあ俺は多分、頭の可笑しな人間だぞ」
それから数日間。
三人――正確に言えば一人と一羽と一本の下山はただ淡々と行われていた。
ハゲ丸曰く『世界地図は把握している。そしてこの山――神之山は広大で、星の位置で把握しているから問題はないが、降りるのにはまだ時間がかかる』とのこと。
剣に剣の扱いを鞘に入れたまま教わったり、ケモノが食べられることを教わり解体して焼いてみたり、そう言う風に過ごす事、村を出てから約一週間。
ようやく下山できた。
道無き道を歩いていた透弥は平らな地面に感動すら覚えた。
「もう決めた。美味しい飯と温泉だ。流里で今までの貯金を散財してやる」
「……ほどほどになさってくださいね、若様」
《ニヒヒ。まあ、早く行こうじゃねぇか》
「もうケモノの硬質な肉は勘弁だ」
透弥はそう言うと流里に向けて歩き出したのだった。
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