第4話 その夜はきっと終わらず
「……や…………と……や……とうや……透弥! 起きてよ透弥!」
透弥は顔を傾けた。
「……さ、よ……」
「ッ……とぅやぁ……」
涙をこれでもかと言うほどボタボタ流しながら小夜は透弥に抱き付いた。その背中を抱き締めようとした手を見て固まる。
透明な長い爪。薄青の鱗。
人のものではなく、どちらかと言えば伝承に聞いた龍の腕のようなそれにギョッと目を見開く。
「な、なんだこれ!?」
「それは龍神の呪いじゃ」
「村長!」
暖簾をくぐって現れた村長は傍の椅子に腰を掛ける。その後ろに並ぶのは数人の大人だった。それだけで何を言われるのか分かってしまう。
「……お前が気絶をしている間に長老会を開いた。透弥。すまんが……お主はこの村から出ていってもらわねばならん」
「なっ、なんでですか!!」
立ち上がった小夜は透弥を追い出そうとする村人達を睨み付けた。
「透弥がいなきゃ、私達、皆死んでました!」
「だが透弥の坊主は掟を破った」
「掟破りは本当なら死罪じゃ」
「っ……村の外にはあの化け物みたいなのがたくさんいるんですよ!? それなのに追い出して命を取らないだけマシ!? 違うでしょ! 自分達で殺すのが忍びないから、透弥を外に追い出すんでしょ!」
小夜の言葉に大人達は罰が悪そうに目を反らした。村長だけが唯一、ただ小夜を見つめている。透弥は、反論してくれた少女の肩を叩いた。
「もういいよ、小夜」
「よくない、こんなの」
「いいんだ……俺が出ていけば良いんですよね?」
透弥は真っ直ぐと村長を見つめた。彼は一つ頷く。
「すまなんだ、透弥よ……他の者は出ていきなさい。わしは、透弥と最後の話をする」
その言葉に大人達は透弥を睨みながら、小夜は案じるように見ながら、部屋を後にした。二人残された透弥は村長を見る。
「……透弥。村を救ってくれて、ありがとうのう」
「俺は当然のことをしたまでです」
「そうか……お前が立派に育ってくれて、わしゃ嬉しいよ。そして、こんなことになって、お前の母君や父君に顔向けができん」
父と母が出てきたことに透弥はとても驚いた。
村長は髭を弄びながら話を続ける。
「お主の両親もそうじゃった」
「お袋と親父が?」
「ああ。お前の両親は、村の結界が弱りつつあることに気がついておった。じゃから、幼いお主を置いて旅に出たのじゃ」
村長は杖を付いて立ち上がる。そして、透弥の布団の上に革でできた鞄を乗せた。
「わしにできるのはこれくらいじゃ。いろいろ、鞄のなかに入っておる。困ったときに使いなされ」
「村長……」
「それと、これじゃ」
白い布にくるまれた物を渡される。
透弥はその布をはいで驚いた。
黒い柄。革でできた鞘。
それは、あの剣だった。
「村長、これは」
「元よりそれで魔除けをしていたわけではない。林こそがこの村の魔除け。じゃから、餞別じゃよ」
そう言うと村長はお茶目にウィンクをした。それからどこからともなく現れた鷹が村長の肩に止まった。
「それからこやつは水先案内人のハゲ丸じゃ。お主を導いてくれるはずじゃろう」
「……ありがとうございます。でも、こんなにもらっていって良いんですか? 俺は」
「当たり前じゃ。透弥はの、わしにとっては孫の一人なんじゃから。むしろ、馬もやれずにすまなんだ」
「…………村長」
その腕に抱き締められる。
透弥は涙をこぼしながら、その背中に手を回した。祖父のように優しく接してくれた村長。細やかだが、確かな温もりがある村。
自分はそこから追い出されるけれど。
「俺、どこにいこうとも忘れません。この村のこと」
「お主がどこにいようとも、わしらも忘れんよ。勇敢な少年よ。そして、呪いが解けたら帰ってこい。いつになったとしても、わしらはこの村で待っとる」
とにかく持てるものを鞄に詰め込み歩き出す。徒歩しか移動手段がないのは辛いところだが、旅を続けていくうちにどうにかするしかないだろう。
村境の林に足を踏み入れようとした時だった。
「透弥っ!」
「小夜」
飛び込んできた少女を受け止める。鱗で傷付けてしまわないように気を付けながら、そっと抱き止めると小夜は顔をあげた。
「皆、あんな風に言うのなんてあんまりだよ! 透弥がいなかったら、私達死んでたのに!」
「……ありがとうな、小夜。そう言ってくれて」
「……ねぇ、透弥。私も付いていく」
小夜の言葉に透弥は。
どんな顔をすれば良いのか、分からなかった。
だから、その顔はどこか傷付いたような、拒絶するような、哀しそうな、色んな感情が混ざりあった慈しむような顔だった。
「駄目だ、小夜。連れていけない」
「ッ……なんで」
「ごめん。でも、連れていくわけにはいかないんだ。だって、これは俺の旅で、誰も巻き込めないから」
小夜は俯いた。どこか心の底で連れていってもらえるような、そんな甘い期待をしていた。だけど、現実はそんなに優しくなかった。
「……絶対、帰ってきて」
震える声で、やっとそう告げる。
「ああ」
「私、どんなになっても、この村で待ってるから!」
小夜の言葉に頷くと、透弥は踵を返した。僅かに留まりたい思いを振り払いながら、透弥は旅に出た。
終わることの無い夜を終わらせるためのような、そんな、果てしない旅に。
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