第3話 喋る剣、その名も

「邪聖魔天剣ダークフレイムエターナルバスタードサマ…………」

 思わず口に出してしまった。

 後半の意味合いは分からないけど、前半は分かる。邪悪で聖なるで悪魔で天使?? みたいな?

「……………………………………詰め込みすぎじゃね?」

《ひっ、ひでぇえええ! それが人間の言うことかよ!》

 剣のだーくふれいむえたーなるなんちゃらの言葉に透弥は唇を噛む。

《急げよ、トーヤ。オマエが早く選ばないと、村の人も、あの幼馴染みのキュートガールも、そこのちびっこボーイも、みぃいいんなコイツに殺されちまうぜ》

 でも、その剣を抜けば。

 この剣を抜けば。

 だってこの剣は。


 白國村は決して大きな村ではない。だからこそ幾つかの掟が定まっている。

 村の外に出てはいけない。

 真神様の御神域に足を踏み入れてはならない。

 水は独占してはならない。

 そして――村の中央にある剣城を抜いてはいけない。


 これを抜くというのは透弥が両親と同族なことだと証明するようで。

 その躊躇いを見透かしたように嘲笑う。

《ふーん。そのくっだらない柵とか掟とかのがオマエの大事な村のニンゲンの命より大事なんだ》

「っ…………」


 時間はない。

 あの猪はもう自分と一夜に狙いを定めている。もう一度はかわせないだろう。きっともう無理だろう。

《サァ、サァ、サァ、サァ! 時間は無いぜェ!》

 剣は煽るように透弥の頭のなかで喚く。

 命と、ルールと。

 どっちが大事なんだ?


 そんなの決まってる。

「命より大事なものなんざ、この世にある訳無いじゃないかっ……!!」


 剣の柄に手を掛ける。黒くて、しっかりと透弥の手に食い込む柄。

《よしきた! もし救いたいなら、オマエの身体の半分を寄越せ! そうすれば、オレサマのチカラの半分をやる!》

 何かと何かが外れる音がした。

 それと同時に、頭の中の精神の箍みたいなものが外れた。熱く、冷たく、苦しく、痛々しく――どこかで誰かが吼えている。

 何かが耳元で砕けていく音がする。


 餓えが、身体を襲う。

 渇きが、身体を襲う。

 多くの人に裏切られた――苦しい。

 多くの人に憎まれた――辛い。

 憎しみが、憎悪が、恨みが。

 胸のなかを渦巻く。


 ……。

 …………。

 ………………違う。

 憎いのは人じゃない。この、世界だ。理不尽にその命を蹂躙しても尚、平然としていられるこの世界。それが、憎いんだ。

 自然も人も、互いを思いやれないのか。

 いいや、それどころか。

 何故人は人同士で憎みあわなければいけないのか。


(…………いや、違う)

 氷水の中で息を吐いた。気泡が水面に向かって上っていく。仄暗い水中を照らすのは一筋の光だ。それに向かって大きく水を蹴る。

 手を、伸ばした。


 水面から顔を出したと同時に、感覚が現実に押し戻された。身体の半分が妙な物に覆われている。だがそれに気をとられている時間はない。

 透弥は地面を蹴った。

 あれほど喧しかった剣は実に静かだ。滑らかな動線で生き物の急所――喉仏を狙う。

「ふっ……」

 息が口からもれる。

 突撃してくることを理解した透弥はほぼ無意識に剣を水平に構えた。草履の鼻緒が食い込んで、指の間が擦りきれて血が出ている。

 でも、痛みなんて言うのはどこか遠くにあった。

 剣なんて使ったことはない。でも、そんなのはどうでもいい。理論も、理念も、やり方も、今はどうでもいいんだ。

 今はただ。


「にいちゃぁあああん!!」

 鼻に剣を刺す。それと同時に建物に打ち付けられた。内蔵が飛び出るかと思ったが、剣を離す手を緩める気にはならなかった。

「お、れが……」

 熱が迸る。

 助けたい。助けたい。

 ここは透弥の故郷だ。

「俺が、この村を、守るんだぁあああ!!」

 ケモノは嘶いた。

 叫びと同時に透弥は更に奥まで刺す。刺して、刺して、刺して。死なないなら死ぬまで刺すだけだ。

「あああああ!!」

 一際、大きな手応えが伝わってきた。顎の下に押しやられた透弥はそのまま腹部を袋開きにした、らしい。熱湯のような血が透弥の身体を濡らす。

 その巨体が、静かに崩れた。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 息が収まらない。汗がポタポタと地面に落ちた。血も肌を濡らす。

 勝ったのか?

 ……勝った、のか? 本当に?

 さっきまで棒切れみたいに軽かった剣は、今は鉛の塊のような重さだった。

「おにいちゃん、おにいちゃんっ!」

「だいじ、ぶ、だ……イチヤ……もう、だいじょう」

 気が緩んだのか、目の前が急に暗転した。だけどそれに抗うことはできないほど、透弥の身体は疲弊していた。


***


 夢を見た。

 優しい夢だった。


「透弥」

 柔らかく微笑む女性が立っていた。

(……お袋)


「透弥」

 窶れているが気の弱そうに笑う男性がいた。

(……親父)


 二人は透弥を置いて村を出た。透弥は捨てられたと思った。だから、二人を思い出すのは久しぶりだった。

 優しく、慈しむように透弥の頭を撫でる。

「頑張ったねぇ、偉いねぇ」

「さすがはうちのせがれだ」

 なんでこんな夢を見るんだろうか。

 こんな風に愛された覚えなんて無いのに。なんで二人は自分を愛してるように接するのだろうか。


 傍にはあの黒い剣があった。


 自分は村の人たちを守りたいから、あの剣を抜いて掟を破った。なら、両親もなにか理由があってこの村を出たのだろうか。

 どんな気持ちで出ていったのだろうか。

 嫌いになったのか。それとも、なにかやむおえない理由があったのか。


 初めて透弥は、知りたいと感じた。


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