第12話 復讐の始まり

 守護聖徒の第三位、カリンと手を組むことにした俺たち。

 ──あくまで表面上の話。蛇教徒マーシャという共通の敵を倒すためだけの関係だが。


 一晩休んで体力も回復したところで、俺たちは宿屋を出発した。

 俺が眠ってしまった後は、一応何事もなかったらしい。二人とも無事だ。


 目的地は聖令都市オルセートの共同墓地。

 マーシャの捜索を開始する前にペトラの墓参りをしたい、というカリンの意向だ。


 少し距離はあるが、カリンの召喚した天駆ける馬なら早く着くらしい。

 三人の縦一列の並び順は言うまでもないが、クレアとカリンを離すべきだ。二人をくっつけたら何が起こるか分からない。

 俺たちはカリン、クレア、俺の順に乗り込んだ。


 ……あれ?


「わわっ」

「ほら、ちゃんとつかまってなさいって!」

「は……はい!」


 ……あれ??


「なんか仲良くなってないか?」

「べ、別に! 許したわけじゃないんだから!」

「ただガールズトークをしただけですよ」


 そうなのか。……それにしては、目が赤いようだが。二人とも。



 そうこうしているうちに、共同墓地へたどり着いた。

 クレアが今まで封印してきた冒険者たち。九十を超えるその数の多さに、カリンも言葉を失っている。手前から三列目、左から四番目……迷わず目的の墓を見つけたクレアが手を触れる。内側がき通ってゆく。


「ペトラ……泣いてるのね」


「……カリンさんのことを想っていたのかもしれません」


「必ず……必ずかたきは取ってあげるからね……!」


 カリンの涙が墓の表面を滑り落ちる。ペトラのもとには届かない。



「うむうむ」




「美しい涙じゃのう」




「クレアちゃんにカリンちゃん」




「「……え?」」



「ド、ドルトン様?」


 ありえない……。


 大司教。


 なぜここに? 封印されたはずでは……。


「ご無事だったんですか!?」


「無論じゃ! ほれこの通り!」


 豊かな白髪の老人が筋肉を見せつけてくる。意外と肉体派だ。


「ど、どうやって封印から抜け出したの?」


「ふっふっふ、聞いて驚くでないぞ? 天使が舞い降りたのじゃ」


「おかげでワシは救われた。神に祈りを捧げなくてはの」


 大司教は静かに手を合わせると、先程までの軽々しい振る舞いとはうってかわり、ゆっくりとおごそかに言葉をつむぎ始めた。


慈悲じひ深き我らがしゅよ。

 願わくば、刹那せつなの輝きを与えたまえ。


 《ジ・ユーダ》


 の者たちを──」



「」



「────」



「──【    】──」




「──【────】──」




「…………は?」


 意味不明な言葉に、頭が真っ白になった。同時に、周囲が深い闇に包まれる。

 なんだ? どうなっている?


 疑問に答えるかのごとく、唐突に訪れた夜が一斉にけた。



 ──二つ、三つ。

 黒い煙が立ち上る。



「なに……なんなの……?」


 ──九つ、十。

 暗雲が立ち込める。


 ──二十九、三十。

 神聖な墓地が汚れてゆく。



「えっ……え……?」


 ──八十九、九十……。


 百にせまる墓の全てが、瘴気しょうきを放っている。


 封印されていた冒険者たちが姿を現す。


 彼らはすでに、人間をやめていた。


 闇堕やみおちの証、黒い瘴気。


 彼らは一人残らず、魔族と成り果てた。


 共同墓地──人間の街の一角に、突如として魔王軍が誕生した。



「ほうら、▪︎▪︎様のおかげで▪︎天使が舞い降りた」



 は……?

 なぜ…………?


「なぜ、魔王軍の勢力が衰えぬのか知っておるか?」


 大司教の声色が変わった……。


「名だたる冒険者たちとともに幹部を封印して回っておるのに、なぜだろうなぁ? ──カリン?」


「嘘……わけ分かんない……わけ分かんない……!」

 カリンから血の気が引いていく。


「貴重な幹部を、だ。無礼ぶれい者」

「封印しておけば、いつでも復活できるのだから」


 邪悪な笑みを浮かべる大司教。なんだコイツ……何が起きた?


「ではなぜ、どうでも良い冒険者をわざわざ封印させたと思う? ──クレア?」


「……ぇ……?」

 クレアの瞳から生気が失われていく。


「魔王様の後継者を育成するため、だ。おろか者」


「邪神様の封印魔法……画期的だろ? ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎が魔族へと昇華させる」




「人間の魔族化……▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎奇跡を可能にしたのだ!!」


 あり……得ない……奇跡……?


「しょ、正気を、う、失うから魔族になる、です、よね……?」

 クレアがわらにもすがる思いで問いかける。


「はぁ……。人間は愚かだ。もしもそうならば、そこら中が魔族で満たされておるだろうに」


「人間ごときがッ! 何の代償もなくッ! 誇り高き魔族になれるはずなかろうが!!」


 ……俺たちは魔族を減らすためではなく、増やすために封印してきた……ってこと、なのか……?


 俺たちは悪魔に手を貸していたのか……?


「うっ、うっ……ぐす……。で、でも、転生を……阻止するには、ふ、封印する必要があるんですよね……?」

 クレアは涙をこらえながら、必死に正気を保とうとしている……。自分の今までの行いが悪ではなかったと、わずかでも信じることで。


「……いや驚いたなぁ。▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎、まだ信じておったのか。死んだら生まれ変わるとでも? ロマンチストな聖職者の考えることは恐ろしい……。ああ邪神様、人間の頭はやはりおかしい」


「第一、転生するという仮説を立てたとして。そんなこと、どうやって確かめるのだ? 『前世は冒険者です』と名乗る魔族を、貴様は見たことがあるのか? 無いだろう、馬鹿者!」


「う……うぅ……」

 くそ、クレアは限界だ。これ以上傷付けば……。


「あ、あ、アルフレッドさん、なら、何か──」


「ああ? 呼んだか? 役立たずが」

 第一位アルフレッドが茂みから現れる。コイツも……グルかよ……。



「……ぁ……あぁ……」


「……ぁあ……」


「あああぁあぁああぁぁぁああ!!!」


 無慈悲な言葉が刃のように襲いかかり。

 クレアの理性の糸が切り刻まれる。


「クレア、しっかりしろ!!」

「いや、嫌あああああああああ!!」


 ダ、ダメだ……カリン、カリンは?


▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎、どうしてわたしを助けてくれなかったの??」

「ペトラ、ち、違うの、違うのよ……!」

 魔族と化したペトラにすがりつくカリン。

 こっちも理性を失っている。くっ、俺がなんとかしなければ……!





「ふう、やっと邪魔者なしで話せるな、クラウス──いや、《▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎》」


 なん……て……?


「どうした? そんなに驚いて。ワタシだよワタシ」


 俺の呼び名……コイツは、《洗脳研者》ゼギル……?

 まさか、大司教になりすまして? いや、そんなはずは……そんなはずはない!


 目の前にいる大司教は豊かな白髪。

 だが、アイツは──


 髪がなかったんだぞ!


 変身の技術だって確立されていないはず。


 はっ……しまった、▪︎▪︎……!

 まるで髪があるかのように思い込まされているのか⁉︎

 コイツの身体から瘴気が出ていないように見えるのもその影響か?


「大聖堂では悪かったなぁ。好きな子にはツラく当たってしまうものだろう? ずっと、タイミングを見計らっておったのだよ」


「なに……?」


「人間の魔族化──《▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎》。そもそもこれは、お前のために考えたものでなぁ。プレゼントできる日を待ち焦がれていたのだ」


「何を……言っている……?」


「この魔族たちを、お前の配下に加えてやろう」


「じつは魔王様の余命がな。残りわずかなのだ。早く新たな魔王様を選出せねばならぬ。」

「そこへ、お前が百名近くの冒険者を魔族として。手懐てなずけて。魔王城に戻ったらどうなると思う?」


「賞賛の嵐だ。お前はもう、魔王軍の英雄だ。素晴らしい。なんて素晴らしい!」

 感動して手を叩く大司教──の姿をしたゼギル。


 お前は何を……言っている……。



「本当は手っ取り早く洗脳するか、封印して連れ帰りたいところだったのになぁ。魔王様が駄目だとおっしゃる。『魔王たる者、心の底から魔王であれ』……代々伝わるお言葉だ」


「だからお前には、自らの意志で魔王軍に戻ってほしい。──ところで魔族と人間、どちらが美しいと思う?」


 とぼけたように手を広げる悪魔。


「見ろ、ここにいる魔族たちはこんなにも姿勢を正しておる。理性を保っておる」


「それに引き替え、そこの人間どもはどうだ? 無様ぶざまに泣きわめき、理性を失っておる。ああ汚らわしい、なんてみにくい。邪神様、魔族に生まれたこと、感謝致します」


「あ! そこの小娘、汚い身体で美しき魔族に触れるでない!」


 カリンがペトラに殴り飛ばされる。

「痛っっ! や、やめてペトラ……!」


 ……。

 俺は普段、感情をコントロールしている。怒りに身を任せることなんてまずない。ドレインでの制御を忘れてうっかり瘴気を漏らしてしまえば、死活問題に繋がるからだ。

 アジトでマーシャとやり合った時だって、冷静さを忘れなかった。


 ──だから今、俺は。過去最高に、うっかりしているに違いない。

 

「ふざけるな。どの口が……どの口が言ってる! お前は……何も分かってない!!」


 確かここは神聖な墓地だったが、関係ない。

 かまわずに瘴気をふるい立たせる。


「す、すまないクラウス! お前を怒らせるつもりはなかった!」


「許してくれ! ワタシは、ワタシはなんという過ちを犯してしまったのか。──こんなことでは▪︎▪︎▪︎▪︎と。そう言いたいのだろう?」


「……は?」


「ワタシとしたことが罪深き人間を生かしておくとは。老ぼれてしまったものだ。封印されていた者たちの気持ちに応えなければ!」

「よしお前ら──れ」


 ゼギルが手を叩く。


 瞬間、空気のきしむ音が聞こえた。何かが横を通り抜ける感覚。嫌な予感が〝振り返れ〟と叫んでいる。


 ──クレアの身体がつらぬかれていた。

 凄まじい衝撃で飛ばされ、小さな身体が宙を舞う。


「うぁ……あぁ……あ……」


「よォォオ、▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎ども……」


 やり使いの、デュラン……。


「さあ、皆の者。復讐の始まりだ!! フハハハハ!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る