第11話 運命の再会

 教団《逆目さかめ円蛇えんじゃ》を壊滅させるため、第一位アルフレッドから蛇教徒マーシャ捜索のめいを受けた俺たち。


 目撃情報を集めるため、聖令都市オルセートを出発して歓楽都市カディノに向かっていた。


 崩壊したアジトは、確かカディノの外れの森にあったはず。あの街のギルドになら何か情報が集まっているかもしれない。


「……」


 クレアの足取りが重い。大聖堂でカリンに突き放されたのがショックだったのか、それとも。


 途中で共同墓地に立ち寄った影響か。


 封印魔法の人目の餌食えじきとなったペトラ。その墓を設置するために寄り道したのだが、あれから妙に顔色が悪い。

 

 そういえばアルフレッドやカリンには打ち明けていないからな。本題はあくまで蛇教徒のマーシャについてだったし、アジトの崩壊で俺たちが閉じ込められた話もしていない。


 ──アジト崩壊の話はあえて言わなかったのだが。ヴァンパイアの力で脱出した、なんて口が裂けても言えない。


 俺たちは互いに秘密を握っている。


 その秘密でクレアが苦しんでいるなら、どうにかして元気付けたいところだ。


『ヴァンパイアにでも血を吸われたか?』という冗談をひらめいた。昔、妹がケガして泣いていた時は大体これで何とかなった。


 よし──ダメだ。魔族のジョークが人間に通じるか全く分からない。



「……あいつを。マーシャを百人目として盛大に封印してやろうな」


「ふふ……。はい……!」


 くっ……! むしろ気をつかわせてしまった。

 クレアは微笑んでみせたが、嘘だ。こんな引きつった表情がこの子の笑顔であるはずはない。


 思い返せば、クレアが心から笑ったところなんて見たことないな。何かきっかけが……わずかでも希望が見えれば明るくなるだろうか。未来も、表情も。


 とにかく、今は目の前のことに集中するしかない。


 余計なことを考える暇がなくなれば、クレアもこれ以上神経をすり減らさなくて済むかもしれない。



 ──などと考えごとをしている間に、歓楽都市カディノに着いていた。


 冒険者ギルドは賑わっていそうだ。近づいただけで、中から声が聞こえてくる。よし、ひたすら聞き込みまくろう。クレアに余計なことを考えさせない。俺は今から、マシンガントークの能力を開花させてみせる。


 期待に胸を膨らませて扉を開けた、その瞬間。




 



 俺たちの希望は、今まさに。





 ──地に落ちた。





▪︎▪︎▪︎は!! ペトラは▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎!!??」



 な……に……?



 受付嬢に泣きついているのは。


 守護聖徒──第三位《内召うちのめし》、カリン。

 大聖堂で別れたばかりの、紫髪の少女だった。



「……残念ですが、は依然として行方不明でして……」


 妹……! ペトラはカリンの妹……。


 なんてことだ。


 封印された冒険者にも家族はいる。なぜ気付かなかった……。



 と、俺たちが入り口で固まっていたところで。


「あ、クレアさん! ちょうど良かった」


 それに気付いた受付嬢が、悪気もなく親切に事態を悪化させてきた。


「カリンさん、彼女がアジト崩壊の報告をして下さったんです。お話を聞かれてはいかがでしょうか? 些細なことでも、何か手がかりになるかもしれません」



「クレア、どういうこと……? 何か、知ってるの……?」


 駆け寄ってきてクレアの肩をつかむカリン。髪に隠れた右目からもあふれるほどに、涙を流していた。


 クレアは冷や汗を抑えきれず、下を向いてガタガタと震えている。固まっていた俺はようやく今、口を開くことができた。


「込み入った話になる。一度、外に出よう」


 冒険者の封印を他人に知られるわけにはいかない。俺たちはギルドから少し離れた森へ移動した。

 たいした距離ではなかったはずだが、無言で歩いた時間は無限に続くように感じた。




「そう……ペトラは封印、されてしまったのね」


 カリンは思いのほか冷静だった。取り乱すこともなく、食い入るように俺たちの話に耳を傾けてくれた。


「すみません、本当に、何て言ったら良いか……」


「俺も、もっと慎重になるべきだった。本当に申し訳ない」


「良いのよ」


 カリンは優しく微笑んだ。初めて彼女の守護聖徒らしい一面を見た気がする。不幸中の幸い、なんてことは決してないが、カリンも守護聖徒だったのはせめてもの救いだ。クレアの使命にこれほど理解のある者など滅多にいないのだから。


「本当に、すみません……」


 何度目だろうか。クレアが頭を下げるたびに、長い髪も一緒になって重力に従う。


「もう、良いのよ」


 カリンはクレアへ手を差し伸べた。


 良かった。敵に回したらどうなることかと思ったが、味方になってくれるならば心強い。これで、あの女を──マーシャを倒せるかもしれない。


「カリンさん……!」


 クレアも一歩前へ踏み出し、両手を差し出す。これまでの重い足取りとは違い、大きく前へ踏み出すための貴重な一歩だ。


 

 希望をその手につかみ取るための、固い握手が交わされる。





 ──


 少なくとも、俺とクレアは。



 カリンの手はクレアの両手をくぐり抜けていた。


「もう、良いのよ……」


 腹のあたり。黒いシスター服が、カリンの手を中心としてさらに黒く染まっていく。



 ──カリンの手には、いつの間にか刃物が握られていた。


「──《内なる手刃てやいば》──」


「う……あぁ……!」


 クレアが悲痛な声を上げたところで、俺はようやくことの重大さに気付いた。


「ぐぅっ……うあぁあぁああ!!」


 カリンが乱暴に刃を引き抜き、悲鳴を上げるクレアへ再び襲い掛かる。


「ま……待て……待ってくれ!!」


 俺は無我夢中でカリンへ飛び掛かった。そのまま押し倒し、刃物を持つ彼女の手を背中に押さえつけてドレインを放つ。


 クレアは腹を押さえながら膝をつき、地面に崩れ落ちた。二人の顔が向かい合う。


「どうして!? どうして封印なんかしたの!? ねえ、どうして!!??」


「ごめんなさい……! ごめんなさい……ごめん、なさい……」


 カリンがもう片方の手でクレアの髪をわしづかみにしている。押し倒され、地面に顔をこすりつけた状態で。


 全力のドレインで吸い取っているのに、なかなか力が衰えない。なんて魔力量だ……!


 しかし、吸い取られている間は新たに召喚魔法を使えないようだ。そうでなければ、今ごろクレアの首に第二の刃が突き刺さり──


 俺はカリンを殺していたかもしれない。


「あの子は! 丸一日も閉じ込められてたんでしょ!? おかしいと思わなかったの!? 様子が変だと、思わなかったの??」


「ごめん、なさい……」


 やめてくれ。


「あの子は! ああ見えて寂しがりなんだから! あたしのこととか、呼んでたんじゃないの!?」


〝な、なんで守護聖徒がこんなところに……〟

〝ま、待ちなさい、おね──〟


 ……呼んでいたのかもしれない。


「あたしが前線で命を懸けてんのに! なんでアンタはペトラを……手にかけたの……??」


「返してよ……ねえ、返してよ! ペトラを……あたしの妹を! 返してよおおおおお!!!」


 やめてくれ……。

 クレアの瞳はもう光を失っている。

 この子の心を刺し殺すのは、もうやめてくれ……。


「返してくれないなら……あたしがアンタを封印してやる!!!」


 マズイ。封印魔法は詠唱するだけで使える。もしも残っている魔力で使えてしまうなら──


 俺は暴れまくるカリンの手を片手で押さえながら、もう片方の手で彼女の口を塞いだ。


「痛っっ……!!」


 カリンが俺の指を思いっきり噛んでくる。だが、絶対に放すわけにはいかない。俺は力の限り、彼女の魔力に喰らいついた。


「~~~~~~~~~~!!!」



「~~~~~~~~!!」




「~~~~~~!」



「~~~~」




「……」




 どれほどの時間が経ったか。


 ようやくカリンは大人しくなった。


 信じられない魔力量で手こずったが、その魔力のおかげで。

 クレアの傷を何とか癒すことができた。傷付けた本人の魔力を借りるというのは、何ともおかしな話だが。


「はぁ、はぁ……落ち着いたか?」


「どきなさいよ、変態」


「クレアの髪を、放してやってくれないか?」


 クレアは虚ろな目で口を震わせている。俺がカリンの背中から降りると、彼女は渋々クレアから離れた。


「アンタこそ、いつまで手をつかんでるのよ」


 すでにカリンの手からは刃が消えていたが。

「クレアには……手を出さないでくれ」

「分かってるわよ。マーシャとかいう女を殺さないといけないんだから」


 一応、目的は見失ってなかったか。殺すのではなく封印するんだが。


「そいつを殺した後で──」



「アンタたちを殺す」


「……」


 何も言えない。何か言い返せば、再び怒りを燃え上がらせる気がした。ここは飲み込むしかない。


「もうすぐ日が落ちる。今日のところは宿屋で休もう」


 森から出るため、俺は倒れたままのクレアを背負っていくことにした。耳元から何かが聞こえる。

 クレアの口を震わせていた言葉の正体は「ごめんなさい」だった。



 ──宿屋へ着くと、クレアをベッドに寝かせた。いつの間にか気を失っている。

血が流れすぎたせいか? いや、早めに回復はさせたはずだが……


 ガチャッ。


 一緒にいたカリンが、無言で部屋を出ていく。


「……ちょっと。なんでついてくるのよ?」

「どこへ行く?」

「お風呂よ、お・風・呂! ついてきたらぶっ殺す」

「そ、そうか」


 俺はそそくさと部屋へ戻り、クレアが目を覚ますのを待つことにした。





「──あれ、ここは……?」

「宿屋だよ。もうとっくに夜中だが」


「カリンさんは……?」

「アイツは、もう大丈夫だ。ちょっと正気を失っていただけだ。マーシャ探しに協力すると言ってくれた。もう風呂にも入っていたし、たぶん隣の部屋で寝ている」

「そうですか……」


 クレアはホッと息をつく。久々に普通の顔色を見た気がする。


〝そいつを殺した後で──アンタたちを殺す〟


 あの言葉は、聞こえていなかったか。そのほうが良い。問題を先延ばしにするだけかもしれないが、今は休息の時間が必要だ。


「ずっと、手を握っていてくれたんですね」

「いや、そんなことは──」


 あった。あれ……? いつの間に……。


「……あ」

「ど、どうした?」


 クレアは手を引っ込めると、おもむろに立ち上がった。

「おい、どこへ行く」

 部屋を出ていくクレアを追いかける。


「あ、あの、えっと……お風呂に」

「そ、そうか」


 またこのパターンか。ため息をついて部屋に戻ったところで。

 不覚にも俺は目を閉じてしまった。




◆◇ ◆◇


 ──真夜中の大浴場にて。


 血で汚れたシスター服を脱ぐプリーストがいた。

 そこに、予想外の先客が姿を現す。


「カ、カリンさん⁉︎ どうして……もうお風呂に入ったのでは……」


 思わず服で身体を隠すプリースト。


「だからこそ、よ。だからこそ気付いたの」

 少女がハラリと胸元を見せる。

「な……⁉︎ そ、その▪︎▪︎は……」


 少女の胸元、心臓のあたり。

 四つの黒い丸がサイの目状に並んでいた。


「やっぱり、これを知っているのね。ペトラにこんなものまで使わせるなんて……」


「あたしは気付いたの。毎日お風呂に入るたびに嫌でも目に入る。この刻印が、あたしに嫌な記憶を思い出させる。決して忘れさせてはくれない」


「他人のアンタは。加害者のアンタは! どうせ忘れるクセに!」

「……! わ、忘れません! ペトラさんのことは絶対に、忘れません!!」


「何を、何を根拠に? そんな綺麗ごとを言えるの⁉︎ ねえ、教えてよ!!」


「や、やめて下さい!」

 少女がつかみかかると、プリーストが抵抗する。

 手を離れ、支えを失ったシスター服がヒラリと床へ舞い落ちた。




「ひっ……⁉︎」

 声を上げたのは、乱暴なほうの少女だった。


 ──右腕に二十。


「な、な……」


 ──左腕に四十。


「何よ、それ……」


 ──両足に三十八。


 プリーストの手足には▪︎▪︎▪︎の切り傷が残されていた。


「……冒険者の封印とは、その人の人生を奪うことですから。決して忘れてはいけません。罰として、お守りの▪︎▪︎▪︎は欠かせないのです」


「……う……そ……」


 両手で口を覆った少女が何よりも驚いたのは、昼間に刺した腹の傷──などではなく。


 その隣、はるかに悲惨な傷痕きずあと


 ためらいながらも幾度いくどとなく刺したと思われる、自傷のあと──▪︎▪︎▪︎回目の傷痕きずあとだった。


「あ……ぁ…………」


 昼間は我を失うほどに怒りくるっていた少女が、完全に言葉を失ってしまった。


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