第10話 緊急招集

 教団の地下アジトから脱出した俺たち。

 そこへ守護聖徒の第一位、アルフレッドから伝令魔法が届いた。


 ──大司教が封印された。


 マーシャの言っていたことは本当だったか。


 長い間地下にいたことで時間感覚が麻痺しているが、確か俺たちが大聖堂を出たのが二日前。一晩休んでアジトへ乗り込んだのが昨日。

 そして、落石で閉じ込められている間に日付が変わり、今日に至ったのだろう。

 今まさに日が昇り始めていることから考えて間違いない。


 大司教が襲われたのはおそらく二日前だ。


 アルフレッドが翌日に駆けつける予定だったが、その前に《逆目さかめ円蛇えんじゃ》のメンバーが瞬間移動で大聖堂を強襲したのだろう。


 そして翌日──つまり昨日、アルフレッドが封印された大司教を発見し、他の守護聖徒に伝令魔法で緊急招集をかけた。


 しかし、届くの遅くないか?


 クレアがそれに気付いたのは今朝、というかつい先ほどのことだ。


「たぶん、地下にいたから伝令魔法が届かなかったんだと思います」

「そういうものなのか」


「ドルトン様……」

 クレアが肩を落とす。責任を感じているのだろう。マーシャを大聖堂に連れていったせいで、教団の連中を呼び寄せる羽目になったのだから。

 とはいえ、立ち止まるわけにもいかない。


「伝令が遅れて届いたということは、急いだほうが良さそうだな」

「はい。大聖堂へ戻りましょう」


 《逆目の円蛇》……信者を洗脳する教祖、か。マーシャがあれほどヤバいやつだったことを考えると、教祖の正体が《洗脳研者》ゼギルという可能性もあるのかもしれない。もしそうなら、正直関わりたくないが。


 ここでクレアを見捨てたくはない。



 俺たちは伝令魔法の方角を頼りにアジト跡地を出発した。どうやらここは歓楽都市カディノの外れの森だったらしい。途中でカディノのギルドに立ち寄り、簡単な報告を済ませた。


 蟲使いの冒険者ペトラについては、申し訳ないが行方不明ということにした。そもそも冒険者の封印自体が極秘任務だからだ。二度と過ちを犯さないためにも、俺たちは前に進まなければならない。


 そう意気込んだのだが……。


「俺、大聖堂に行って大丈夫だろうか」

「いまさら何です?」

「守護聖徒が集まるんだろ? 万が一、俺の正体がバレたらマズイかと思ってな」

「何で急に弱気になっているんですか? 一度ドルトン様にも会ったじゃないですか!」


 もちろん、今では瘴気しょうきのコントロールに自信がある。だが、他人の身体に触れた場合、勘の良いやつなら気付いてしまうかもしれない。相手が一人なら距離を取りやすいが、複数人が集まる場では何が起こるか分からない。


「私は冒険者の瘴気に敏感だからこそ、第四位《神隠し》として冒険者の封印を任されたんです。その私を騙していたんですから、他の人はまず気付きませんよ」


 そう言ったクレアは、突然表情を曇らせた。よく見ると胸元で何かを握っている。

 小型化したペトラの墓だ。自分で口にした「冒険者の封印」という言葉に敏感に反応してしまったのだろう。


 ──それに、今一人になるのは怖いです。

 クレアは小さい声で付け足した。





 結局、大聖堂まで来てしまった。


「守護聖徒の名において、今一度命ず。──結界よ、我らを迎え入れよ」


 広い空間。天井画の天使たちが今日も頭上から見下ろしてくる。一昨日も思ったが、この見られている感じはどうも居心地が悪い。


 聖堂の中を進むと、奥の女神像の前に二人の先客がいた。そのうちの一人がもの凄い形相ぎょうそうで俺をにらんでくる。燃えるような赤い髪、全てを見かすかのような鋭い目の男、こいつが第一位《全導師》アルフレッドか。


「おい、お前……」


 俺は瘴気しょうきを完璧に隠しているのだが、なぜか敵意とともに強烈なプレッシャーを感じる。まさか──



「ぶっ殺す!!」


 ま、マジかこいつ……!



「クレアに手を出したらぶっ殺す!」


 本気まじだ……! 別の意味で……!


「お、落ち着いて下さいアルフレッドさん! クラウスさんは、ふ、普通に協力して下さっている方です!」

 普通とは。

「ああん? じゃあ何でクレアがこんな辛そうにしてるんだ?」


「それは──」

 クレアは教団を大聖堂に呼び寄せてしまったことを簡潔に打ち明けた。

 マーシャを大聖堂に連れていったこと。アジトで出し抜かれたこと。それから逃げられたこと。


「なるほどな、それでジジイがこんなことになったわけだ」

 アルフレッドが後ろの墓に手を触れると、内側が透けて見えた。


「ドルトン様……本当に封印されて……私のせいで」

「お前のせいじゃねーよ。こんなもん、百対ゼロで相手が悪い!」


 清々しいほどにキッパリと言い張るアルフレッド。こういうところは見習うべきかもしれない。

「百がそこのお前な!!」

 俺が百……。



「あー、うっさいわよ! アンタさっきから!」


 急に、アルフレッドの隣にいた女の子が怒り出す。おとなしそうな子かと思っていたものだから、そのギャップに面食らってしまった。


 薄暗い紫色の髪は肩に掛からない程度の長さだが、小さな顔を包み込んだ上で右目まで覆っている。クレアの言っていた第三位《内召うちのめし》こと、カリンだろう。


 アルフレッドをにらみ付ける琥珀こはく色の瞳。くすんだ赤みが独特で、片目だけでも底知れぬ力強さを感じる。


「さっさと本題に入りなさいよ! まったく、こんな時にドルトン様がやられるなんて……」


 爪を噛むカリンは明らかにいら立っている。第一位のアルフレッドといい、前線に出る守護聖徒は全員こういう感じなのか?


 血の気が多すぎる。


 こうして見ると、同じ守護聖徒でも服装がずいぶんと違う。黒いシスター服のクレアに対して、アルフレッドは丈の短めな白いローブを身にまとっている。


 カリンが着ているのは一応シスター服なのかもしれないが、半袖で上下が分かれているあたり学園の制服を彷彿ほうふつとさせる。


 動きやすさを重視しているのだろう。


「お前も遅れて来たクセにうるせーな……」


 アルフレッドはやれやれと頭をかきながら、緊急招集の目的を話し始めた。


「教団をぶっ潰す。ただそれだけだが──」



「やつらのボス、教祖ベルモンドの逃亡先には心当たりがある。そっちにはクリストフのやつを向かわせた。第二位《千列せんれつ老師ろうし》のアイツなら問題ねーだろ」


「問題は、マーシャとかいう女だ。逃げたってことは、今は違うアジトにいるのかもしれん。コイツの捜索をお前たちに任せる。頼んだぞ、《内召うちのめし》に《神隠し》」


「分かった」


 アルフレッドの言葉を聞くや否や、カリンはスタスタと出口へ歩いていく。いや、分かったのか? 今ので? 行動が早すぎる……。


「あ、あの、カリンさん……!」

 クレアが思わず呼び止める。

「何?」

 振り返ってキッとにらむカリンに、クレアは「ひっ!」とひるんでしまう。怖いなコイツ。


「悪いけど、あたし急いでるから」

 クレアの制止を振り切って大聖堂を出たカリンは、天ける馬に乗ってどこかへ行ってしまった。

 ……何だ、あの馬⁉︎


「カリンさんの召喚魔法です。契約した神器や神の使いを、体内から呼び出せるんです」

 それで片目を隠していても眼力が強いのか、あいつ。


「仲、悪いのか? さっさと行ってしまったが」

「えっと、悪くはないのですが良くもないと言いますか。前線に出るカリンさんとはほぼ接点ないので……」

 うつむくクレアは後味悪そうにしている。あまり踏み込まないほうが良さそうだ。


「じゃあ、俺たちは俺たちで捜索を始めるか」

 アルフレッドが今もなお俺をにらんできて生きた心地がしないので、早めに大聖堂を出ることにした。ここは周囲の目が怖すぎる。

 天井画の天使にすら睨まれているような気がしてならなかった。





◆◇ ◆◇


 見守る天使は実在した。


 ──クラウスたちが大聖堂を出発した後。

 天井に描かれた天使の裏側、つまり天井裏にて。


 小さな穴から大聖堂内部を見下ろす男がいた。



 ▪︎▪︎▪︎にされた、教祖▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「おい、結局来なかったじゃねーか、マーシャのやつ」


 彼に語りかけるは赤髪の青年。


「その〝眼〟を通して来れるんだろ? せっかく▪︎▪︎▪︎▪︎守護聖徒の姿を見せてやったってのに、薄情なやつだ」


「やっぱ、あの時に娘ともども殺しておくんだったな、お前とマーシャを。厄介なことしやがって。おかげで、とんだ遠回りだ。あの女、どこにいやがる……」


「だが安心しろ。必ずあの女もお前と同じ場所へ送ってやる」


「じゃあな、この世界にお前は不要だ」


 大聖堂を見守る天使の目が、静かに閉じられた。

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