第6話 目的地:大聖堂
瞬間移動使いのマーシャを拘束した俺は、クレアから謎のお願いを受けていた。
「アルカンテ大聖堂まで一緒に……とは?」
真意を測りかねた俺は思わず聞き返した。
「この人を大司教様の下へ連れて行きます。
《
逆目の……何だって?
「いや、初めて聞いたんだが」
「地下都市の中でもタチの悪いと噂の新興宗教ですよ?」
「……?」
「……?」
クレアが不思議そうに見つめてくる。
「俺は黒髪だが、地下都市の出身ではない……ぞ?」
「あ、あれ……? 失礼しました……!」
ハッとしたクレアは、コホンと気を取り直す。
「《
一つは〝蛇の力〟を使うこと。
もう一つは、教祖が信者……いわゆる『
洗脳、だと……。
「得体の知れない教団ですが、おそらく蛇教徒と思われる彼女を捕らえた今なら……大司教様に洗脳を解いて頂き、アジトの場所を吐かせれば制圧できるかもしれません。」
……なるほど。目を覚ましてから聞き出そうと思っていたが、洗脳されているなら本当のことを話さないだろう。大聖堂に連れていくのが得策か。
要するに、クレアのお願いとは。
『この女を大聖堂まで
俺たちは聖令都市オルセートに戻ることにした。
──守護聖徒の本拠地、アルカンテ大聖堂を
遠くないとはいえ、人を背負っていくのはなかなかの重労働だったが。
マーシャの目を覚まさせないようにドレインでコントロールしつつ。道中でジャルメラの墓を共同墓地に設置し、ついに大聖堂までたどり着いた。
「守護聖徒の名において、今一度命ず。──結界よ、我らを迎え入れよ」
詠唱したクレアが扉に手をかざすと、
広い空間。天井画の天使たちが頭上から見守る一方で、奥には端正な顔立ちの女神像が
こいつ、間違いない──
「ク・レ・ア・ちゃーん! ワシに会いに来てくれたのかの⁉︎
じつはワシもクレアちゃんのことを考えていての。赤い毛糸でマフラーを編んでおったのじゃ!
はっ! 『運命の赤い糸』の語源って、もしかしてワシ……?」
──変質者だ!
「はい、大司教ドルトン様。お話があって参りました」
なんだ、ただの日常会話だったか。
「そうかそうか! ──して、そちらの黒髪の陰湿な青年と可憐な少女はどちら様かの?
見たところ、青年のほうが敵じゃな」
失礼なことを言ってくる大司教にクレアが淡々と応じる。
「クラウスさんは協力して下さっている方でして……むしろこの女が例の教団の蛇教徒と思われるのです」
気を失っているマーシャを床に下ろすと、大司教が近づいてきた。
「そうじゃったか。人は見かけによらぬな」
大司教はマーシャの顔に手を当て、ゆっくりと
「こ、これは……!」
「やはり洗脳でしょうか⁉︎」
「人形のように美しい漆黒の瞳……まっさらな白目とのコントラストで強調されたその瞳は、吸い込まれそうなほどに
「……」
声に出して言うやつ初めて見たな。
「──じゃが。瞳の深層からは
大司教は両手を重ね、ゆっくりと息を吸う。
「《アンチ・カースドブレイン》」
「……ぁ……うああぁああぁああ!!」
よほど強力だったのか、悲鳴を上げて目を覚ますマーシャ。
「こ、ここは……? な、何コレ⁉︎ なんで縛られて……」
自身の置かれた状況に戸惑っている。どうやら洗脳が解けたようだ。
拘束を解いて事情を説明すると、マーシャは《
「ま、まさかドルトン様の暗殺を
驚きを隠せないクレア。
「一番弱い守護聖徒を捕まえて洗脳し、結界を破らせて大司教を襲う。そこで邪魔になりそうな俺は殺そうとしたわけか」
「ご、ごめんなさい! 何て謝れば良いか……」
マーシャは目をつむり、申し訳なさそうに手を合わせる。
「っ……!」
一瞬、クレアの表情がこわばった。このポーズにトラウマを持つ彼女は、頭では分かっていても身体が反応してしまうようだ。
大丈夫だ。今回は消えていない。マーシャは俺の目の前にいる。
「ひとまず脅威は去ったようじゃな」
大司教が安堵して口を開いたが、マーシャは首を横に振った。
「気を付けて。やつらはどちらにしても明日必ず仕掛けてくる」
「どういうことだ? 結界を解かなければ入れないだろう?」
「下っ端の私には分からないけど、教祖ベルモンド……あいつは言っていたわ。守護聖徒は捕まえても捕まえられなくても『どっちでも良い』って」
「なるほどのぉ。ベルモンド……あやつには何か考えがあるようじゃ。
よし分かった。アルフレッドを呼ぶとしよう」
クレアが言っていた守護聖徒の第一位《全導師》か。しかし──
「やつら、たぶん総力戦を仕掛けてくるわよ」
「なに、魔族化していなければ厄介なことにはならぬ。むしろ一網打尽にできるチャンスじゃろう」
「わ、私もお手伝いします!」
面倒なことに、話がヒートアップしているな……。
ここまで大きくなるとは。記憶が確かなら、他の守護聖徒は魔王軍幹部と交戦する機会が多いはず。ここで関わり合いになれば、厄介ごとに巻き込まれるリスクが増えるかもしれない。平穏な冒険者ライフが遠のいてしまう。
「いや、クレアちゃんには別のことをお願いしたくての」
しかし大司教は思いのほか冷静だった。
「マーシャちゃん、と言ったか。おぬし、まだ瞬間移動は使えるな?」
「え、ええ、たぶん」
マーシャが手を合わせて「ふぬぅ!」と意気込むと、女神像の側に瞬間移動した。さらに、今度は目を閉じて手を合わせると。俺たちの目の前に現れた。
「使える! 見た方向だけじゃなくて、
「つまり、やつらのアジトにも飛べるわけじゃな」
「──クレアちゃん。明日、もぬけの殻となったやつらのアジトへ乗り込んでくれんかの?」
なるほど、クレアはあくまで極秘裏に動く暗躍担当ということか。
「は、はい! お任せ下さい!」
両手を胸の前で構えたクレアが決意の表情を見せた。どうやら他の守護聖徒と接触せずに済みそうだ。
「まあ、そういうことなら付き合おう。マーシャ、協力してくれるか?」
「もちろん! 罪滅ぼしのためにもね。じゃあいったんオルセートの宿屋に飛ぶわよ。何か身体がすごくダルいし」
ドレインで吸い続けていたからな……。
「気を付けるんじゃぞー! 特に黒いローブの男には!」
大司教との別れ際。最後まで俺は目の敵にされていた。
◆◇ ◆◇
──同時刻。《
荒々しくせり立つ岩壁に囲まれた暗い空間に、一人の男がいた。
無造作に切り分けられた銀髪、全身に彫られた蛇の刺青、手には骨で作られた不吉な指輪。
そして──吸い込まれそうなほどに
「──
「
「貴様が大司教などあり得ないのだ……俺の家族を
男の外見で何より特筆すべきは。
目を疑うほどの、魔族の証であった。
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