第2話 終末の棺Ⅱ


 § 1 §



 その日のアースガルドはこの空全ての雲を取り払ってしまったかのような、太陽を一切遮ることのない青天が広がっていた。下に住む人々の大地より少しだけ空に近い台地の空気は多少は薄いが、もはやそんなことを気にする余念などないほど澄んだ青い空はどこまでも続き、その下でアースガルドの住民はその日の一日を始めた。

 ある者は、窓から差し込む朝日に気持ちの良い目覚めを贈られ。

 ある者は、その天気の良さに真っ白なシーツを干して日光の下に晒した。

 ある者は、日光浴をする色とりどりの植木鉢の花たちに水を遣る。


 そしてある者は、『墓場』を目指す。



 如何にも育ちの悪そうな悪人面をした青年——ニドは、どこまでも高く、青い空を見上げながら思ったことを口にする。


「良い稼ぎ日和だぜ」


 その時は、本心からそう思っていた。しかし、その思いもそれから数時間後には一変することとなる。



 事の発端は、それから24時間前に遡る。


 アースガルドの中でも下層区に位置付けられる市街地『シグトゥナ』は、アースガルドの丸い台地をなぞるように広がり、中央の王族たちの居住区であるところの首都『イザヴェル』とは高い城壁によって隔てられている。そのシグトゥナもまた、高い壁で台地を外周するように囲まれており、『下界』ともいわれる『ミッドガルド』との唯一の通り道は、王族の門番たちが守る『虹の橋ビフレスト』のみ。故に、許可書のない者はアースガルドの土を踏むことすら許されない。

 絶対的安全が保障されている街であるが、ここ数十年は市街地の奥まった所では、ゴロツキやチンピラたちが堂々と闊歩するようになり、役人たちの悩みの種となっていた。


 その裏通りの中で、珍しく昼間から店を開けている酒場がある。奇特なその店の扉を開け、目の前に映るカウンターには、中央にドンと居座る男の背中が一番に目立った。

 傷の付いた小銃ライフルを2丁背負い、細長い指がロックグラスをクルクルと弄ぶ。額に巻いた奇抜な柄のバンダナが目元を隠しているせいか、ただならぬ雰囲気で人を寄せつけないその男の姿を目にして、入店して真っ先に近づいたのは、若い青年であった。


「よぉ、“ニド”。景気はどうだ?」


 快活な青年の声に、項垂れていた男は振り返り、ニヤリと不敵に笑う。


「よォ、“イルザ”。どうもこうもあるか。ここンとこ良い“エモノ”が見つからねェから、オレの懐は極寒だぜ」

「それはそれは。俺のお得意様を凍え死にさせないためにも、お仕事の情報をあげないとね」


 イルザは、カウンターの向こうの寡黙な店主に、ニドと同じものを頼むと、彼の隣に座った。


「まったく。裏街道の盗賊の中じゃ、1、2を争うニド様が、真っ昼間からこんな安酒場で飲んだくれてるとは。実に嘆かわしいねぇ」


 そう言って、大袈裟な身振り手振りを見せるイルザの小馬鹿にした態度に苛立ちを覚えつつ、グラスに残った度数の高い酒を一気に煽った。


「勿体ぶってねェで、さっさと話せ。オレの飯のタネ」

「へへっ。まぁ焦るなって。この話はまだ、他の奴等には内緒なんだからな」

「お、おう」


 まるでいたずらっ子のように笑って、人差し指を口元に添えると、店主に差し出された中身の同じグラスを同じように煽って、さっそく話し始める。


「俺たちの住むシグトゥナの街は、このアースガルドの円を描くようにあるだろ。その中心には『王族』たちの住む首都のイザヴェル。厚い壁に囲まれたあの中に入って、王族の屋敷に忍び込むのは不可能。そんなこと、この街の人間なら子供でも知ってる」

「あぁ、だろうな」

「だが、一つだけ忍び込むことのできる、王族の屋敷があるとしたら?」


 ニドは息を飲む。


「あるのか!?」

「あぁ。しかも、イザヴェルの壁の外。このシグトゥナにある」


 到底信じられない事実に、ニドは開いた口が塞がらなかった。

 一方で、思った通りの反応を見せてくれたことに満足したイルザは、意気揚々と話しを続ける。そんなイルザの顔は少し赤らんできたため、どうやら酔いが回ってきたらしく、舌がよく回る。


「シグトゥナの北の果て、平原にひっそりと建つ屋敷。その名も“フリングホルニ”」

「フリング ホルニ?」

「そう。俺の入手した話によると、かつてはあのオーディン様の嫡男、バルドル様の屋敷で、国民と近い所で生活したいっていう希望で建てられたらしい」


 イルザは詳細にその屋敷について説明してくれるが、残念ながらニドの脳内では、オーディンとバルドルの顔はぼんやりとしか浮かび上がらず、その話自体には軽薄な反応しかできなかった。そんなことに気づかず、イルザの舌は饒舌だった。


「でも、今バルドル様はそこに住んでいない。今や廃墟」

「何でだ?」

「なんでも、30年前の暗殺未遂事件が原因らしい。当時のことは俺らが生まれる前だから詳しくは知らないが、オーディン様の義兄弟の “ロキ” って奴が、バルドル様を殺そうとしたらしい。暗殺自体は未遂だったんだが、息子の身を案じたオーディン様によって、バルドル様の屋敷は首都イザヴェルに新しく造らせたんだ。だから、当事の屋敷は今も、そのままだ」


 屋敷の概要はよくわかったが、そこでニドが「だがよォ」とイルザの弁舌に釘を刺す。


「いくら無人でも、一応『王族』の所持する屋敷だろ。そう易々と入れるようにはなってないだろ」


 ニドの至極最もな疑問に、イルザは云々と頷く。しかし、大げさな動きで指を鳴らし、自慢げに答えた。


「しかーし! それが無人なんだよなぁ」

「あ?」

「見張りの1人もいないのさ。軽く有刺鉄線が張り巡らされてるだけで、人っ子一人いない」


 「ただし、」と、人差し指がニドの眉間を差す。


「屋敷の周りには、軽い“ルーン魔術式”が張られてるけどな」


 イルザの最後の注意点に、今まで前のめりになって耳を傾けていたニドは脱力し、大きく項垂れた。その姿を、完全に酔いが回ってニコニコとした笑みの張り付いたイルザがが見下ろしている。


「それ、一番無理じゃねェか」


 カウンターに突っ伏して、弱弱しくニドが泣き言を吐き始める。


「“王族”の作った魔術式なんか、オレじゃなくても解除できる奴なんて、イザヴェルの外にいねェよ!」

「えぇ、そう? だって、簡易な“人除けのルーン”だよ。簡単に破れるよ」


 ―――…は?


 ニドの呆けた声が、酒場の刹那の静寂に響く。

 暫く、酒に酔ったイルザのニコニコという擬音の似合う笑顔を、ただ呆然と眺めた後、ゆらり、と立ち上がって、その耳元で鼓膜が軽く破れてしまえばいいといった思いで、思いっきり叫んでやった。


「紛らわしいンだよ! この酔っ払い!!」


 一緒に渾身の鉄拳を一発、旋毛に喰らわせてやった。


 そこから、24時間後の出来事である。


 のちにニドは、この『船』に乗り込んでしまったことを後悔することになる。



 § 2 §



 アースガルドの北方の果てには、人の手のあまり加えられていない平原が存在する。青々とした草原が一面に広がり、見晴らしの良いその場所を、当時のバルドルはいたく気に入り、そこに自らの屋敷を建てさせ、妻子と共に暮らしていたという。

 しかし、当時のことを語る者はおらず、平原の中心に捨て置かれた屋敷からは、当事の栄光を読み取ることはできない。澄んだ青色であったであろう屋根の塗装は、見事に剥げ落ち、白い外壁は汚れてくすみ、豪華絢爛な枠にはめ込まれた窓ガラスはヒビ割れている。


 その無残な姿を野に晒す巨大な屋敷を取り囲むように張り巡らされているのが、有刺鉄線の柵である。刺々しいその柵の前に、1人の男が堂々と立っていた。この国では珍しい黒髪に混ざった金糸のメッシュが風に靡いて、太陽の下で光る。商売道具である2丁の小銃ライフルを担いだ男の名は――ニド。


 ニドは柵を前にして、有刺鉄線に直接触れるように手を伸ばし、瞬間。微弱な電流が空間を走り、ニドの手は触れることを拒絶された。


「なるほど。情報通り、“人除けのルーン”の結界が張られてるが、こりゃあ、素人でも作れる簡易なやつだ」


 ならば、とニドはまるで窓ガラスでも叩くように指で“見えない壁”を小突くと、その振動は波紋のように広がり、屋敷の周りを一周すると、小突いた箇所からその空間の景色が不自然に揺れ、亀裂が走る。そして、それはガラスの破片のようになって散った。その中に浮かび上がった紫色の『M《マン》のルーン』が、泡のように消えていった。

 すると、柵の向こうに手を伸ばしても、弾かれることはなくなった。それを確認すると、その柵を軽々と乗り越えて、敷地内の雑草を踏み締める。伸び放題の雑草を踏み分け、悠々と一歩ずつ屋敷へ近づいていく。

 近づけば近づくほど、屋敷の外装はボロボロだった。少しの強風で壁面の剥がれた塗装の欠片がパラパラ、と空中に舞い上がり、ニドはそれを手で払い除けながら、屋敷の玄関の前に辿り着き、錆び付いた両開きのドアノブに手をかけた。

 緊張の瞬間だ。思わず固唾かたずを飲む。


「へへ。さァて、どんなお宝が待ってるのやら」


 長年開かれることのなかった扉は固く閉ざされ、ドアノブを思いの外強い力で引かなければ、ビクともしなかった。ニドは力業で扉を思いっきり引っ張ると、錆び付いた金具が嫌な音で軋み、ぴったりと合わさった部分が少しずつ離れ、その隙間からぶわり、と埃の臭いが漏れ出す。

 ギシギシ、とあちこちが軋み今にも壊れそうな扉は、なんとかニド1人の力で開き、光りの届かない屋敷の内部が、西に傾きかけた太陽の光に照らされた。その照らされた内部は、やはりニドの予想通り、埃が層のように積もっており、どこかカビ臭い。ニドは袖口で鼻を覆い、何の躊躇いもなく足を踏み入れた。

 屋敷の部屋数や老朽化の状態を目視で確認しながら玄関を抜けると、右足が“何か”を踏みつけた。


 パキッと不穏な音に、恐る恐る足元を見下ろした。今、右足が踏みつけたもの。それは、砕けた白い物体。汚れて風化したその白い物体の質感に、ニドは息を飲んだ。

 ニドの視線が冷静になって屋敷内を見回すと、辺り一面、埃の積もった床の上に、大量のが転がっていた。一体、何人分あるのか、一瞬では見分けがつかない。 そして同時に、ニドはのだ。


トラップか!?」


 気が付いて振り返った時には、時すでに遅し。


 バタン――ッ


 ひとりでに重い扉が閉じ、扉にはくっきりと術式が浮かび上がった。刻まれた『N《ニイド》のルーン』に、ニドはあからさまに顔を顰める。


「盗賊用の“封印術式”か。家主の許可なしでは出られないやつか。くそっ。イルザの野郎、肝心な情報を忘れてるぜ!」


 畜生、と足元の木片を蹴飛ばすと、先程見つけた白骨の山へと戻った。落ちている白骨をよくよく観察してみると、それらは古く汚れたものから、目新しいものまで、多くの人骨が散らばっている。それを足元で転がしながら、ニドの中で『ある疑問』が浮かんだ。

 思い出したのは、イルザの言葉だった。


『この話はまだ、他の奴等には内緒なんだからな』


 ニドは知っていた。イルザは裏街道の中じゃ右に出る者はいない、と周りに言わせるほどの情報屋。現に、今彼の頭の中には、その脳内にしか存在しない情報だって数多く存在する。そのイルザが『他には内緒』と告げた情報を、他のカスみたいな情報屋が嗅ぎ付けたとは考えにくい。

 ならば何故、この屋敷の内部に人骨があるのだろうか。この人骨たちは明らかに、ニドより前に屋敷に忍び込んだであろう者たちのものである。

 そう、答えは一つ。


 “?”


「て、今ンなことどーでもいいか」


 考え出すと堂々巡りで歯止めがきかなくなりそうだったため、ニドは頭を振ってその疑問を払い除けると、それについては一時保留にしておくことにした。

 立ち尽くしていても埒が明かないため、とりあえず屋敷の奥へと進むことに。


「まずお宝を見つけて、脱出はその時に考えるか」


 危機的状況の割には、のんびりとしたことを言いながら、屋敷内を物色し始める。


 しかし、実際屋敷の中に残っていたのは、埃の積もった高価な家具が主で、これはあまりに大きすぎるため、運び出すのは難しい。かといって、目ぼしい貴金属類は一見して見当たらない。

 1階はボロボロの家具の並べられた客間、カビ臭いキッチン、脚の折れた食卓テーブルの置かれた食堂、そして何より目を惹いた、暖炉の奥。

 食堂に置かれた古ぼけた暖炉の奥の壁面は、よくある耐火煉瓦でできており、一見すると何の変哲もないが、中央部分の煉瓦に、小さく術式が刻み込まれている。そこには消えそうな光で『ⅩⅢ《13》』と刻まれている。


「文字じゃなくて“数字”ってことは、これは王族の中でも一部の奴しか使えないって噂の『ゲンドリルの術式』か。オーディンの秘術は、流石のオレでも破れねェな」


 それは、オーディン自ら編み出した、ルーン魔術の中でも強力な秘術『ゲンドリルの術式』である。そんなもの、並の魔術使いでは決して破れない。気にはなったが、ニドはそこの解除は諦めた。


 1階は粗方物色し、次にやたら軋む階段を昇り、2階の探索を始める。まず向かったのは、階段を昇って右廊下の一番奥の寝室。気軽な気持ちで扉に手をかけ、足を一歩踏み入れた途端、ニドは驚愕と後悔を同時に感じる。


 部屋の中央、ベッドよりも存在感のある、その黒い物体。長方形でベッドと大きさの変わらないを一言で表すとすれば、1つしかない。


「ひ、“ひつぎ”!?」



 § 3 §



「おいおい。こりゃ、何の冗談だァ?」


 いくらここが廃墟であっても、棺があることが異常だった。少なくとも、ニドは今までで一度も廃墟で棺にお目に掛かったことなどない。冷静になって考えてみれば、埋葬されていない棺が、“王族”の元屋敷にあることもおかしい。

 しかし、すぐに驚きよりも、好奇心の方が勝り、軽い足取りで床に無造作に置かれた棺に近づいた。

 一見して、トラップやルーンの気配はない。変な言い方ではあるが、極々、普通の棺である。試しに軽く叩いてみたが、勿論のこと、“返答”はない。たとえ、中に誰かいたとしても、既に物言わぬ死体。返事をするわけもなかった。


「にしても、真っ黒な棺だな。不吉すぎンだろ。ま、一応中を確認しておくか。カモフラージュかもしれねェしな」


 自問自答しながら、ニドは棺のフタに手を掛ける。長年開かれていなかったため、それは固く閉じられており、ちょっとやそっとの力ではビクともしない。相も変わらず、こういう時は力業。強引にこじ開ければ、フタは少しずつズレはじめ、やがて重みに耐えかねて手を離すと、重いフタは埃だらけの床に落ちて、埃がまるで綿雪のように舞った。

 ようやく、中身とご対面。何もなければそれでよし。あったらあったで、当たり前なのだが、少し困る。そう思っている時、大体は悪い方が当たるものである。

 棺の中のものを見て、驚かずにはいられなかった。中に入っていた“モノ”を目にし、ニドは驚きのあまり後退り、おまけに尻餅をついた。


「な、なんだこりゃ!?」


 中に入っていたもの。それは“人間”だった。

 人間が入っていることは、棺なのだからごく自然なこと。しかし、1つだけ違って いたのは、その人間が、ことであった。

 誰もいない屋敷に置かれた真っ黒な棺には、が入っていた。


 恐怖と困惑で立ち上がることすらせず、呆然としていると、足元をヒンヤリ、とした冷気が撫でた。白い煙を吐きながら、冷気が漏れ出しているのは、視線を辿れば、目の前の棺だった。

 よくよく目を凝らして棺の中を観察してみれば、棺の中は意外と科学的に出来ていた。触れただけで凍えるほどの冷気を放っているその箱は、世にも珍しい『冬眠装置コールドスリープ』であった。今の時代、魔術の方が目立つ昨今で、こんな科学的機械にお目にかかることも少ない。その1つが今、目の前にある。


 冷気のおかげか、少し冷静になってきたニドはゆっくり立ち上がり、改めてまじまじと棺の中を覗き込んだ。

 中で眠っているのは、10代半ばくらいの子供。見た目だけでは性別がわからないほど、顔立ちは中世的。大きな棺だというのに、膝を折り畳み、縮こまって眠っている。その周りをフワフワと伸びたプラチナブロンドの髪が、隙間を埋めるように舞い散っている。身に着けている服は、病院の病衣に似た白いワンピースのよう。

 ニドの第一印象は、美少女。

 子供は、ニドが興味本位で頬を突いてみても、目を覚ます様子はなく、未だ深い眠りの中にいる。


「いやァ。こりゃよく見ると、かなりの上玉だな。奴隷商に売ったら、結構な値が付きそうだ」


 冗談交じりにそう言ってみるが、謎の罪悪感でばつが悪く、髪をガシガシと掻いて誤魔化した。一息つくと、ニドは立ち上がり、子供から離れ、何もせず踵を返した。


「だが、人間の盗品はオレの専門外だ。命拾いしたな、ガキ」


 背を向けて、誰も見ていないがヒラヒラと手を振ると、その寝室を立ち去った。


 ニドのいなくなった寝室。やがて棺の冷気の発生が止まり、部屋も常温に戻りつつあった。

 静寂の部屋の中で、血の気のない白い指がピクリ、と動く。


 そして、硬直が完全に解けない唇が、一言呟いた。


「……“私は、バルドル”?」




 それから1時間後。2階をくまなく散策して、手に入れられたのは、そこそこ高価なアクセサリー類と懐中時計。思ったより少ない収穫量に、思わず舌打ちが漏れる。


「チッ。これっぽっちかよ。さて、あとはどうやって屋敷ここを出るか、だな」


 ニドは再度、1階の正面玄関に戻り、ルーンの術式の施された扉に触れてみる。ドアノブには何事もなく触れられたが、扉はピクリとも動かない。わかっていたことだが、今更この危機的状況に、冷や汗がこめかみを伝う。


「やっぱ、家主の許可なしでは開かねェか。仕方ねェ、別の脱出ルートを探すか」


 ニドが諦めて扉に背を向けた、その時。

 静かな屋敷内に、どこからともなくニドではない声が響く。


「そんな回りくどいことはしなくていい。ここから出たいのあれば、出してやるぞ。


 自分以外誰もいないことは確認済み。一体誰の声だ?

 ニドは警戒心を強め、身構えると周囲を見回す。声がしたのは自分がいる場所より頭上。ならば、2階の方からだ。慌てて振り返れば、2階へと続く階段の薄暗い中に、1人分の人影が立っていた。

 人影は、一歩ずつ階段を下りてきて、その姿は窓から差し込む夕日によって、徐々に露わになっていく。


 病的なまでに白い足、腰まで伸びたプラチナブロンド、骨ばった不健康な腕、そしてニドを見下ろす、碧眼の光。


 ニドは見た。

 そこに立っていたのは、あの棺の中にいた子供だった。



 開けてはならない棺、それが開かれたその時から、世界の運命と2人の結末は自ずと決まっていたのかもしれない。


 そう、後に誰かが語った。

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