第2話 朽ち果てた殿舎
夕闇溶けた竹林を、璙雲が一人寂しく歩いていると
(……はあ、面倒なことになった)
空から降ってくる竹の葉を鬱陶しそうに払いつつ、内心では大きなため息をつく。皓月の売り言葉に、つい
「ほら、鬼は夕暮れにでるそうだ。早く退治してきてくれ」
無事に璙雲を言いくるめることに成功した皓月はほくほく顔で、どこから拝借してきたのか璙雲の愛刀を押しつけてきた。政務があるから後日、と璙雲が断っても「なら私がしてあげるよ。最終段階は君がすればいい」と言われてしまった。
(鬼など
後宮には正妻である皇后を頂点に、三千を超える美女が集う。眞王の寵愛を得るべく、また得た寵愛を目移りさせないために彼女達は血で血を洗うような醜い戦いを繰り広げてきたため、後宮にまつわる話は多岐にわたる。美しい妃が眞王の目に留まらないように顔の皮を
これは全て前王朝が滅び、その後の千年間に実際に起こった出来事だ。
璙雲が即位して早一年。後宮入りした女人の数は両手の指でも足りないが、璙雲が平等に接しているのと、まだ誰も懐妊していないこともあって平穏そのもの。皓月がいう〝後宮の鬼〟が本当にいるとは思えない。
(そのような噂が流れないように、取り壊すべきだろうか?)
心当たりが一つある。後宮の外れに建設された
前王朝時代に罪を犯した妃を幽閉するためだけに造られたその殿舎は、千年が経とうというのに取り壊されることなく
「ここが幽寂宮、か……」
前方が開いたことで群青と
石造りの門はひび割れ、
(これほど荒れ果てているのに、なぜ取り壊さない?)
風に混じって湿った土と腐敗した木材の臭いが辺りに漂い、璙雲の
(鬼すら住むのも
心の中で苦笑し、扉に手をかけようとしたその時だった。
——ギィ……。
璙雲の武骨な指先が触れる前に門扉がわずかに開いた。風に押されたわけでもない、不自然な動きだ。璙雲は眉をひそめ、扉の隙間から中を覗き込む。
(気のせいか?)
右手に刀を、左手に燭台を。皓月が見たら指をさして笑いそうな姿だが、意を決して扉を押し開ける。
(……やはり、誰もいないな)
静かに歩を進めながら璙雲は周囲を見渡した。腐った床には積もりに積もった
もう帰ってしまおうか、と璙雲が考えた時、どこからか微かに水滴が落ちる音が聞こえた。その音が、不気味な静寂を一層際立たせている。
「誰かいるのか?」
璙雲の眉がわずかに動く。ここ数日、天気は良好。幽寂宮の池は
——ならば、この水滴が落ちる音はどこからするのだろうか?
璙雲は
「……ねえ」
軽く背中を叩かれて、璙雲は背後を振り返り、直後、叫声をあげた。暗がりの中、鬼が璙雲を恨めしそうに睨んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。